恋一夜〜
シャワーの水音が響いて、気怠い事後の空気に余韻を沿えている。
備え付けのミニボトルのブランデーは一種類しかなかったが、別段嫌いな銘柄でもない。
グラスに氷と共に放り込むと、一気に煽った。
煙草が欲しくなったが、生憎手持ちはない。
白いバスローブに見を隠した青年が、ぺたぺたと素足で歩いてくる。
「スリッパは?」
「なんとなく……素足のほうが気持ちいいから」
青年が、脱ぎ散らかした服のポケットから煙草を取り出す。
「一本もらえるか?」
差し出された箱から摘み取る。
投げられたライターに眉をしかめた。
「つけてくれないのか」
「そこまでサービスはしない。俺はホステスでもないし、貴方はお客じゃない。でしょう?」
濡れた金色の髪から零れ落ちる雫を鬱陶しそうにタオルで払いながら、言う青年に、貴奨は苦笑を返した。
「ずいぶんと、気位が高い」
「そう? これくらいじゃないとやっていけない。俺は男娼でもないから」
勘違いするバカはずいぶんと多いのだと言外に滲ませて。
「楽しみたいだけなのに、ね」
肩を竦ませる青年の言葉が、どことなく嘘。
けれど、そこまで指摘はしない。そんな仲ではない。
「名前を聞いても?」
「一樹。それ以上は秘密です。貴方は?」
「芹沢。俺もこれ以上は言えないな」
一夜限りの相手にするには惜しいと感じながら、けれどお互い口には出さない。
それが、大人のルール。
「さて。俺はそろそろ出るが」
「俺は朝まで寝ていきます」
「そうか。じゃあな」
「ええ、じゃあ」
また、とは言わない。次の約束はしない。
機会があったら会うだろう。
気が向いたら、俺も彼も、またあの店に足を運ぶだろう。
時期が来れば、そのうち会える。
そんな予感に近い感覚を覚えながら、貴奨は背中に扉の閉まる音を聞いた。