紫煙
生ピアノの音が、ゆったりと更けて行く宵を彩るラウンジで、煙草に火をつけた途端に思いだし笑いをはじめた高槻に、貴奨は胡乱な目を向けた。
「すまない……」
くっくっと、心なし体を屈めて、それでも笑いを止めようとはしない高槻に、貴奨は問いかける。
「なにがそんなに面白いんだ?」
「いや…この間、煙草吸ってたら慎吾君が来てね」
「まさか、吸わせたのか?」
二十歳になったら禁煙、などと言う言葉が囁かれるくらい、今時の子供には煙草ぐらい珍しくはないが、高槻はそう言うことには少しばかり厳しそうな気がしていたので、貴奨は片眉を器用に吊り上げた。
「いいや。俺は吸わせていないけど。『メンソールの煙草って…』
そう言った後にこう続けたんだ。『歯磨き粉の味がしますよね』って」
何か、急に思い出した。
そう言って更に笑う高槻を、なんとなく面白くなく思うのは何故なのだろう。
「ガキの言いそうなことだな」
「可愛いじゃないか。俺はもっと別のことを言われるのかと思ったよ」
「ああ、あのくだらない風説か」
「まったくのデマだけど。まだそういう噂、あるのかな……」
ウイスキーのグラスを傾ける高槻は上機嫌で。
「さぁな」
ぼそり、と返した貴奨は、深く煙を吸い込んだ。
口の中に広がる爽快な味に思わず眉を顰めて煙草を灰皿に押し付けた。
「遠まわしに言わず、目の前で煙草吸われるのが嫌ならそう言え」
返されたのは、爆笑。場所を考慮してか、声こそ上げないものの、高槻は体を折り曲げて体を震わせていた。
「穿ち過ぎだ……芹沢……」
「…………帰るぞ」
席を立った貴奨の背中に、笑いを含んだ高槻の声がかかる。
貴奨は肩越しに振り返り笑いを残すと、その場を歩き去った。
「……煙草を吸ってるお前を見るのは………………か」
ちいさく、投げかけられた言葉を反芻しながら。