「あんなにすきだったきみなのに」
学校でも、先生とクラスの奴らとの板ばさみで気持ち的にまいっていた。
みんな自分の都合ばっかりで…人の気持ちなんて考えないんだ。
時々、自分は利用されてるのかなって思えて悲しくなることがある。
委員長なんて体のいい便利屋なんだ。
別にどうしても俺でなくちゃってものでもなくて。でもやる以上はきちんとしたい。
いまの俺は、誰も自分の苦労をわかってくれないって駄々をこねてるだけの子供なんだ、きっと。
わかってるけど…ときどきどうしようもなくつらくなる。
小沼がいればよかったのになって、こんなときつい考えてしまう。
そう考えること自体、小沼に甘えてるんだよな、俺…。
二葉のことにしたって。
悠とのホテルのことを訊きだしたときにあれほど後悔したのに。
二葉には二葉のつきあいがある、自分には関係ないんだっていうのも、頭ではわかってるのに、胃が痛くなるほど気になって、気になって、気になって…。
こんなことで落ちこんでる自分が本当にイヤで。
まるで嫉妬してるみたいじゃないか…。
なのに、二葉のまわりにはいつも元気で可愛い女の子たちが取り巻いてる。
学校でも、外でも、仕事場でも。(女の子ばっかりじゃないけど…)
そういう場面を見ちゃうと、俺のこと好きだって言うくせに、二葉のそばには俺の居場所なんかないんだって思えちゃって。
別に卑屈になって言うわけじゃなく、本当にそう感じるんだから、そうなんだ。
俺の居場所なんか、ない。
こんな気持ち、わかんない。二葉にはわかりっこない。
前にいろいろあって別れ話みたくなったとき、「心臓痛くなること、もう言うな」って二葉に言われた。今でもそうかな。今はもう…そんなこと、ないんだろうな。
俺、二葉にとってそんなに自分が大きい存在だって、やっぱり思えないよ。
もしいま「さよなら」って言っても、あのときほど二葉は俺のことで傷ついたりなんかしないんだ。二葉を傷つけたくてこんなこと考えてるわけじゃなく…。
ごめん。
俺がつらいんだ。
俺が。我慢できなくなった。
おまえにとっての俺が少しでもおまえのパワーになるものだったら、それでいいと思ってるのに。
やっぱり頭で考えるのと気持ちは別なんだよな。
こういうとこ、自分でも駄目だって思う。
こんな俺だから。二葉に比べたら全然つりあう人間じゃないから、二葉に愛想つかされても仕方ないと思ってた。
努力しても、どうにもならないことって絶対あるから。
たとえば人の気持ちとか。
欲しくても、絶対手離したくなくても、どうにもならないもの。
二葉のこと、きっと最初から好きだった。
一樹さんにも惹かれてたけど、それとは別に二葉はカッコよくてやさしくて自分がなりたい男って感じですごくすごく憧れて。きっと最初から好きだった。
でも、自分とは絶対合わないだろうなってもわかってて。
だから、二葉に告白されたときも、本当に信じられなかった。
すごく驚いて。からかわれてるんだと思った。
絶対冗談だって思って。信じることなんてできなかった。
でもだんだんと二葉の本気がわかってきて。俺も好きだからつきあうようになったん
だけど。でも。やっぱり。今でもときどき不安だった。
信じて…裏切られたら、こわい。
人の気持ちは、変わるから。
ずっと…、なんて信じられない。
信じてすべてを預けてから…幻滅されて失うのがこわくて。
はじめから手に入らないものなら見てるだけでいいんだ。
でも、もし手に入ったら…。
失ったとき、どうすればいいのかわからなくなる。
昨日まで友達だと思ってた奴が、今日には平気で敵になる。
隣で笑ってた奴が、突然俺をいじめる側に変わるのが現実。
そんな中で、どうして簡単に人を信じられるだろう。
どうして好きだなんて思えるだろう。ずっとそう思ってて。
それでも、二葉を信じたくて、二葉が好きだからいままでやってきたんだけど。
でも。二葉には悪いけど、俺は今でも二葉のことを本当の意味では信じきれてなかったのかもしれない。
だから、些細なことで気持ちが乱される。
俺、いま本当にどうしていいかわからないんだ。なにも手につかなくて。
とりあえず復習とか予習とか…塾の宿題とか…。
やることはあるからなんとなく本を開いてはみるんだけど。
集中できなくて、ちょっとしたことで涙が出たりして。
嫌いになればいいのかな、おまえのこと。
あんなに好きだったのに。
こんなに好きなのに。
嫌いになれるのかな。
でも、好かれてないなら、忘れられないなら、嫌いになったほうがいいんだよね。
そのほうが、つらくない。
もう…俺の言葉が届かないおまえなら…。
鬱々と考えこんでいたとき、突然真っ暗な部屋の中でケータイの軽やかな着信音が鳴り響いた。
二葉だ。
二葉と一緒に買いに行って二葉しかナンバー知らないんだから、絶対二葉からに違いなくて。でも。だから。出れない。出るのがこわい。
なにを話せばいいんだろう。
なにを聞けばいいんだろう。
こんなに…疑ってるのに…。
こんなに、二葉が信じられないのに…。
そんな俺の気持ちに関係なく、ケータイの着信音はある程度で切れたかと思うとまた鳴り出す。切れる、鳴る、の繰り返し。
電源切っちゃえば済むことなんだろうけど、そんなことしたらあいつきっと家まで来そうだし。
二葉の根性に負けて、とりあえずケータイを手に取った。
「忍?」
ヤバイ…。
お、俺、あんなにうざうざ考えてたのに、声聞いただけで目が熱くなってきたっ。
「忍…返事しろよ」
駄目だって。いま声出したら、絶対泣くっ!
「忍?…忍、話したくねーんなら仕方ねーけどさ」
って、俺のバカっ。もう二葉のことはやめるんじゃなかったのかっ!?
「忍…」
「なー…忍って」
「しーのーぶ」
でも。
そうずっと名前を呼ばれてるだけで、とうとう涙が出てきちゃって。
泣いちゃいけないのに、もうこれからは甘えないって決めたのに。
最近いろんなこと我慢してたら、ため息ばっかりつくようになっちゃって。
泣くよりはマシかなって思ってたんだけど、ため息ばっかりも辛くて。
吐き出す息が、だんだん細く震えるようになってくるんだ。
でも、絶対泣きたくなくて。
いまこんなに涙が出るのは、おまえのせいじゃないから。
ただ我慢してたから、出ちゃうだけ。
おまえのせいじゃないから。
だから、そんなにやさしく呼ばないで。…おねがいだから。
「頼むから、もっと甘えてくれよ」
困ったように二葉の声が聞こえてきたかと思うと突然饒舌にしゃべりだした。
「おまえ、ほんっと、最初んころから変わってねーよな。なんでそんなにひいちゃうわけ?俺がおまえのこと好きだって知ってんだろ?なー、泣く前に俺になんか言えよ。つらいことあんなら俺ンとこ来いよ。そんなに俺、信用ねーのか?」
だーっもーっっ!!って自分の髪をかきむしるようにグルグルしてる二葉が想像できて、泣いてたはずなのにちょっと笑ってしまった。
でも、なんで二葉、こんなにタイミングよく電話なんか。
「キョウの説教、キャンキャンとうるせーのなんのって」
小沼…?
そういえば最近よく電話が入るけど…あれって俺を心配してくれてたんだ…?
俺…全然気がつかなかった。
みんな自分のことしか考えてないんだって思ってたけど、俺だってそうだったんだ。
小沼が俺のこと気遣ってくれててもちっとも気づかなくて。もっともっと小沼に頼ろうとしてた。小沼のやさしさは、ときどき目に見えなくて、だからすごく胸にくる。
言葉以外でそういうやさしさを持ってる小沼だから、小沼以上の友達はいないんだ。
「…いまから行くからな!」
「えっ!?」
「てめー、やっと返事したなっ」
い、いまから来るって、もう夜中だよ!?
「おまえさー、なんのために電話してると思ってんだ!? 声聞けなかったら、やっぱ会いに行くしかねーだろ!?」
「い、いいよ、もう遅いしっ」
「行く」
「ちょっ…」
「忍。言ってほしいこと、ないか?」
…?
「おまえ、不安なんだろ? また自信なくなったか?」
…なんでっ。
そういうこと、わかっちゃうんだよ…っ。また泣けてきちゃったじゃないかっ。
こっ、この涙は…っ、絶対…おまえのせいだからなっ!!
「忍。…忍。好きだからな。わかってんだろ、なっ?」
「………バ、カッ」
「よっしゃっ。おまえン家に着くまでずーっと『好きだ』って言っててやっからなっ。ケータイ切るんじゃねーぞ!」
明るく笑って二葉が言う。
もう…俺は涙で声が出なかった。
ただ、説明できない胸のつかえも、二葉なら言わなくてもいいのかなって気がしてきた。
これからもまた俺はいろいろとつまづいたりするんだろうなって思う。
でも、そしたらそのときまた悩めばいい。それくらい、いまの二葉が好きだから。
二葉を、二葉の言葉を信じなくちゃって思う。
それに、大事なのはまず自分の気持ちなんだから。
俺が二葉を好きだという気持ち。
なにを言えばいいのかわからなくても、とりあえず最初にこれだけは言わなくちゃ。
「ごめんね」より先に、「おまえが好きだ」ってこと。
その間も、ずっと二葉の「好き好き」コールは続いていたんだ。
―― おわり ――