愛と友情の天主塔
毎日毎日…どうしてこんなに忙しいんだろう…。
それでも桂花が来てくれたおかげで、ずいぶんと楽にはなってきてるんだけど…。
守天は小さくため息をつくと書棚のところから1冊の本を取り出した。
これは、最近守天自らが綴ったものだ。
疲れたとき、いつでも愛するものを思い出し心が癒されるように…。
梔子の香りがそうであるように、いまはこれを見、これに新たに項目を増やすことが、一種の精神安定剤でもあった。
それは言葉を一定の順序に並べる人界の「辞書」に近いものが…あるかもしれない。(…ないかもしれない)
ちなみに。
「ア」行のトップはもちろん「アシュレイ」。
「ア」の次が「シ」だなんて細かいことには拘らない。
アシュレイに関する愛の辞書なのだから、アシュレイへの愛の赴くままに綴られている。
そして、今日もまた新しい項目が書き加えられた。
「したばき」
愛するアシュレイを包むもの。
これは、いままでで1番アシュレイにとって大事なものかもだ。
いいとこに気づいたな、私も。ふっ。すべて愛のなせる技だよ、アシュレイ。
守天はしみじみと心の中で恋人に語りかけた、そのとき。
「こンの変態が――――っっっっっ!!!!!」
怒声とともに、鉄拳が飛んでくる。
バキッ!!
鈍い音をたてて守護主天の頬が3倍に膨れ上がった。
「アシュレイ…」
…守天はうっとりしている。痛くはないのだろうか!?
痛みをも超越する…、これは愛か、それとも彼が守護主天ゆえだからなのだろうか。
「まさか会えるなんて…。嬉しいよ」
と、恋人へ1歩踏み出し手を差し伸べたところでそれはあっさりと振り払われた。
「ティア…。てめー、それはなんだっ!」
「あ………これ!?」
ふふっ、と守天殿は大事そうに胸に抱いていたものをアシュレイから隠そうとした。
「駄目だよ。おまえには見せてあげない♪」
ふわっと微笑んだその麗しさに、一瞬毒気を抜かれかけたアシュレイだったが、さすがは南の武将。そんな色仕掛け(?)には惑わされない。
守天からさっさとそれを奪って中を見る。
「……………てめー、変態だ変態だとは思っていたがっ、ここまで変態だったとはっ」
怒りで顔を真っ赤に染めるアシュレイの、なんと可愛いことか。
アシュレイの怒りなどどこ吹く風で、守天は相変わらず腐ったことを考えていた。
バタンっ!
そこへ、柢王と桂花が入ってきた。
「よぉっ! ヘンタイヘンタイって、なんの騒ぎだ!?」
カラカラと笑って柢王が訊いてくる。
その隙に、さっさと守天はアシュレイからブツを取り戻すと、焼却されては大変と大事に胸にかかえこみ、念の為守護術までかけてしまう。
…これでアシュレイにも手出しはできない。
ほっと一安心の息をついた守天とは反対に、アシュレイは心底悔しそうに舌打ちすると、大暴れしながら執務室から出て行った。
「…そのふざけたヤツ、絶対生かしちゃおかねーからなっ!」
もちろん捨て台詞も忘れずに。
「なーなー、変態って、おまえなにやったんだ!?」
楽しそうに柢王がまた訊いてくる。
「…困ったな。なにもしてないよ。それに、そんなに誉められても…」
誉める!?
誉め言葉なのか、天界ではっ。
ギョッとした顔で桂花が守天を見ると、
「それに、いくら私でも柢王の好きものぶりには敵わないよ、ねえ桂花(苦笑)」
…守天殿、暗に吾にケンカ売ってますか…?
と、桂花の胸のうちにも気づかず、柢王だって負けてはいない。
「なに言ってんだ! 俺の好きものは対・桂花用だからいんだよ、なっ桂花っ!?」
「………さぁあ?」
なに真面目にとってんですか、あなたも…。
と、呆れかえった桂花もツイッと横を向いてしまう。
「ふふっ…柢王、信用されてないようだけど?」
「参ったなー。ま、俺の話はいんだけどさっ。なななっ、なにやったんだよ、また」
柢王は、自分のとこはさておき、ひとんちの痴話げんかは楽しいらしい。
…たぶん昼メロ好きな奥さまたちと話が合うかもだ。(時代考証・完全無視)
「ああ、困ったな。本当になにもしてないんだって」
…でも、なんでこれの存在がアシュレイに知れていたんだろう…。
「あっ…」
と、桂花が守天の胸のものを見て小さな声を上げた。
「守天殿、それは…」
「なに? 桂花。…もしかして、これ、見た?」
ちょっと照れくさそうに守天が訊く。
「は、はい」
…もうしわけありません、守天殿。
守天殿がそれはそれは大切にされていていつも肌身離さず持っているもの。
仕方なく執務室に置いていかれる場合は結界を敷いていくほどのもの。
寝物語についそんな話を柢王にしてしまったのだ。
まさか柢王がそんなに興味を持つとは思わずに。
だから、見ようと思って見たわけではなく…。
柢王にそそのかされて…。
『ティアは守護主天として、信じられないくらいの負担を負ってる。俺は親友として、できることならその負担を少しでも軽くしてやりてーんだ。…もし、ティアが誰にも言えないほど悩んでることがあって、それをそいつに吐き出しているのなら…俺はそれを知りたい。そうすることで、少しでも陰からあいつを支えることができれば…。桂花…』
…だまされました、柢王に。
守天殿の宝を嬉々として開いた柢王の嬉しそうなことと言ったら…。(ため息)
「大切なものを…。本当に…申し訳ありませんでした、守天殿…」
心底つらそうに桂花は頭を下げた。
「いいんだよ桂花。別にね、見られたってかまわないんだ」
「でも、結界まで敷かれて…」
「だから、見られて困るからじゃなくて、ただ大切だからそうしておいただけなんだ。絶対なくしたくないなって思って…。でも…そうだね、アシュレイがあんなにいやがるんなら…やっぱり燃やしたほうがいいのかな…」
悲しそうに言葉をつむぐ守天に、桂花の罪悪感はピークに達した。
「…柢王が」
「…おいっ!」
慌てた柢王が止めるひまもなく桂花は言い切った。
「柢王がサルに告げ口しました」
ひ――――っっっ!!!
心の叫びが聞こえたらしい。
桂花は柢王に「自業自得です」と冷たく言いきると、柢王を後ろから羽交い締める。
「守天殿は、どんなにお腹立ちでも手を上げたりすることが出来ませんから」
桂花なりに、守天がどれだけアシュレイを大切に思い愛しているか、充分わかっている。
「ストレスを貯めこむのはよくないですからね。そうですよね柢王? さあ、どうぞ。…柢王はわき腹あたりが弱いようです」
桂花の自分を思っての申し出に守天は感動した。
ある意味、今まで自分の世界にはアシュレイと柢王のふたりだけだった。
柢王に連れられて桂花が天界に、ここに来たときから、それなりに友情めいたものは感じていたが。
それは、アシュレイと柢王に感じるものとは、やはり別物だったのだ。
しかし…。
いくら柢王に非があるとは言えここまで自分のことを考えてくれるなんて…。
それほど柢王に怒りを感じていたわけではなかった。
でも…。
桂花の気持ちに応えたい…。
ありがとう、桂花………。
守天は導かれるように柢王の前に立つと情け容赦なく彼をくすぐり始めた。
その日執務室から聞こえるひーひー言う声は、日がな一日天主塔にこだました。
(完)
*****後日談*****
柢王 「結局さーティアと桂花にゃこれでよかったと思わねーか!?
アシュレイのことだってさー、俺はティアがおまえのことをこんなに思ってんだぜー!?
って感じで話しただけなんだからなっ!?
…んとに、好意の行為つーのはなかなか伝わらねーもんだぜ。…ったく」
桂花 「………………シャレですか?」
守天 「柢王………。やっぱり柢王は私達のことを…。(感動中)」
アシュレイ 「バカっっ!! おもしろがられてんのがわかんねーのかっ!(真っ赤)」
…わかってない幸せな守天であった。