桂月
月には天人が住んでいるという。
白金の柔らかな光の国。
天に住む美しい男神を桂男(かつらお)といい、月の国にある芳しき花の木は桂であり、そも月の異称を桂月という。
李々は、目の前の子供に、それを思い出していた。
魔界には珍しい、光が差した明るい場所。白い髪が、光を受けて淡く発光しているかのような印象の幼子。
それで、決めたのだ。
この拾い子の名を。桂花、と。
そして子供は桂花という名を得た。
彼女と出会ってから別れるまでの間、いったい何度呼ばれたことだろう。
とても綺麗な名前。
桂花、と呼ばれるたび、嬉しくて誇らしくて。
李々が世界のすべてだった。彼女がつけてくれた名を呼んでもらうたび、世界が広がった気がした。
あの頃は、自分の世界は限りなく広がっていくものと思っていた。
白い髪と、紫微色の肌をあらわにした自分を、桂花と呼ぶものがいるとは、全く思っていなかったのだ。
・・・あの天界人。
名前を聞かれたから教えた。李々が呼んでくれるのでなかったら、誰に呼ばれてもなんの意味もないと思っていた。
それでもあの天界人は、大切な宝石ででもあるかのように、桂花、と呼ぶのだ。
桂花のほうは、まだ彼の名を呼んだことはないけれど。
・・・いつか、自分が彼の名を呼ぶこともあるのだろうか?
「・・・」
そっと桂花は、その名を呟いてみた。