ついに・・・
それは、いつものような晴れた日のことだった。
俺は、今日は遅番で入る事になっていたから、ちょっとだけゆっくり起きた。リヴィングを通りキッチンに行くと、貴奨がきちんと洗っていった食器が乾燥機の中に入っている。貴奨の奴今日は早番だって言ってたからなぁ・・・そういえば、昨日も俺より遅かったし、ちゃんと寝てんのかな、まったく俺の事はいろいろ言うくせに自分の事は全然なんだから・・・。
俺は、パンとミルクティーで軽く朝食を採り、ホテルに向かった。
行く時、ちょうど桜の木が両側に並んでる通りを通るんだけど・・・すっごい綺麗だった。・・・健さんにも見てほしいなぁ・・・うん。
ホテルの、従業員用更衣室で制服に着替え喫茶部に向かおうとした俺を、ちょうど向こう側からやって来たレセプションデスクの○○さんが呼び止めた。
「慎吾君! 何で内緒にしてたのよぅ。そりゃ、チーフに口止めされてたのかもしれないけど、こんなことなら、ちょっとくらい教えてくれてもよかったのに・・・。」
「えっ? な・・・んのことですか?」
「何の事って、もしかして慎吾君も知らなかったの?チーフのこと。」
「はい。貴奨の奴・・・どうかしたんですか?」
俺は急に不安になった。
「それじゃ、慎吾君今日チーフにも会ってない?」
「はい。昨日も、俺のほうが先に寝ちゃって・・・」
「あ、そうなんだ。今日って確か、全員出席のミーティングあったわよね。」
「・・・ええ。」
「それじゃ、教えないでおくわ。その時のお楽しみね。ふふふ。」
「えっ、ちょちょっと待ってくださいよ、あ〜・・・」
俺の声に振り返ることもなく、彼女は楽しそうに歩いていってしまった。
俺は、その後ミーティングの時まで気になってしかたがなかった。
貴奨も今日に限ってまだ、一回もレセプションデスクに姿を現さないから余計に…そして、ミーティングの時間になり、俺も他のティールームの人達と会議室に向かった。
しかも、貴奨の姿はここでも見られなかった。
いろいろといつものように、報告やらなんやらがあっていつもはここで解散なんだけど今日は、ここで阿栗さんがでてきた。きっと貴奨のことだ!俺は、どきどきしながら阿栗さんの声を待った。
「皆さんの中には、もうご存知になっていらっしゃる方も居られるかもしれませんが、この度レセプションデスクのチーフである芹沢さんが正式にコンシェルジェに就任しました。この知らせと一緒に、コンシェルジェの制服も送られてきましたので、これから芹沢さんにはこの制服を着て仕事に当たってもらいます。それじゃ、芹沢君ひとこといいかしら。」
なっっにー!!! そんな事ひとっ言も聞いてないぞ俺。
何かそれって、ちょっとひどくないかー! ひと言くらい・・・
て、なんかざわざわしすぎじゃないか。そう思った俺は、あいつが入ってくるはずの扉に目を向けた。
そして、次の瞬間。俺は(俺だけじゃないけど)貴奨に見とれてた。
真っ黒な、膝までありそうな長いジャケットに身を包み、両襟には正式なコンシェルジェの証である交差した鍵のバッジを付けていた。
何か、今までスーツを着ていたのが想像出来ないほどめちゃくちゃ似合ってる。ホント、もともとバランスのいい体をした奴だったけど、この制服こいつのためにデザインされたんじゃないかって思うぐらい。
女性はもちろん、男性のスタッフまで感嘆のため息ついてるよ。
そのうえ悔しいのは、俺もその1人だってことだ。
くそ〜〜! 後で、何で教えてくれなたっかんだって問いつめてやる!
そんでもって、ぜっったい、いつか俺もあの制服着てやるからな。