アイドル伝説 クール・ざ・トリオ(番外編)VOL.2
寒さに唇を紫色にしたアイドル達が勢ぞろいした中、3時間番組のうちのたっぷり2時間を使って、アイドル達の歌の披露と協賛会社からの優勝商品が紹介され、やたらとCMの多い開会式が延々行われた後、ついに水泳競技が始まった。
この水泳大会は、今回キッス・エフエムチームとクール・ざ・トリオチームに分かれ、リレー方式で競う。
第1泳者になったのは、キスエフチームが桔梗、クールチームに貴奨が名乗りをあげ、飛び込み台に上った。
ホイッスルの音と共に、二人一斉にスタートを切る。
「桔梗〜〜、頑張れ〜〜!!」
「貴奨ー!いつもどおりでいけば勝てるぞ!」
すぐさまグループのメンバー達の応援の声があがるが、それをかき消すように大きなどよめきが起った。
「あ、あれは…!!」
ひたむきにビートバンでばた足を続ける桔梗の隣で、水中から純白の羽根を閃かせる貴奨は、どう見ても泳いでいるようには見えず、まるでゆったりとした居心地の良いソファに軽く横たわっているかのような状態で、しかし猛スピードで桔梗を引き離し続けているのだ。
「どういうことでしょう!」
「あの優雅な立ち(泳ぎ?)姿は、まるで…、そう、まるで白鳥そのものだ…!!」
興奮に震え、そう呟いた○本の声は会場内に響き渡り、シンと静まり返った。
「…美しい…」
誰かが呆然と呟き、いたるところで感動のあまり涙し、洟をすする音が聞こえてくる。
「美しい姿というのは、すべからく人の心を捉え、感動させるるものなんだね…」
いつもふざけてばかりいるコメディアンの司会者もハンカチで目頭を押さえていた。
「あ、水中カメラの映像が入ったようです」
「…!!」
そこには、またもや信じがたい光景が展開されていた。
水上では、あくまでも伸びやかに優雅に、恍惚と心地よさそうな表情をした貴奨だが、水中にある足は、恐るべきスピードで、自転車を漕ぐように猛回転していたのだった。
最初はあまりに早過ぎて、足のところが肌色の円にしか見えなかったのが、スローモーションにしてようやく、間違いなく貴奨の足である事が確認された。
「一見優雅に見える白鳥が、その実水中では凄い勢いで水を掻いて移動している。 彼はまさしく…気高きスワンだ…っ」
ついに最後まで息一つ乱さずに泳ぎきった貴奨に、歓声と拍手が襲いかかる。
羽根を毛繕いする彼の元へ、感想を聞きに走ったカメラの前をすっと追いぬき、それまでじっと見ていたプリシラが走り寄った。
「プリシラ、トッテモ、感動しましたネ。貴奨、アナタ、ガンバル。凄いヨ。プリシラ、家族と分かれて日本で一人暮らす。寂シイ。でも勇気モラッタ」
がっちりと握手を交わす二人の姿がアップに写し出される。
感動的なシーンの連続に、会場は異様な熱気に包まれた。
「よし。慧嫻、上手いぞ。その調子でもっとアピールするんだ。名前を売って、K・Fのプロヂュースを勝ち取れ!」
関係者席で見守るプロダクションの社長萩原は、頼もしい思いで頷くのであった。
その後、貴奨からバトンを受け取った光輝が更に優雅に背泳ぎをし、そのスピードによる水圧から背中の羽根が取れるなどのアクシデントはあったものの、クールチームはまだ泳いでる桔梗を順調に抜きつづけ、香からついに最終泳者のプリシラ(慧嫻)にバトンが手渡された。
飛びこみが怖いプリシラは、上半身を飛びこみの形に構えながらも中途半端に足から飛びこみ、盛大に腹ウチしたが、不器用な犬掻きで、いまだ遅々とした泳ぎを続ける
桔梗を着々と追いつめていった。
「桔梗ーーー!せめてそいつにだけは抜かれるなよーー!」
「プリシラ。いけ〜!あとちょっとだー!」
それらの応援を聞いた桔梗は、半泣きになりながらも最後の力を振り絞り、重い足をばたばたと動かす。
永遠に思われた25メートルが、ついに目の前に現れたと思ったその時。桔梗の足に何かぬるりとしたものが触った。
「ん?」
目をやると、そこにはどこから紛れこんだのか、舌をちろちろと覗かせた蛇が桔梗に寄り添うようにそよそよと泳いでいた。
「〜〜〜〜!!!」
声にならない叫びをあげ、固まる桔梗の横をすりぬけプリシラがゴールする。
途端、「クールチームの優勝!!」と司会者が叫び、大きな花火があがった。
ファンファーレの音とともに花吹雪が舞い上がる。
「なんと言っても優勝チームのアンカーをつとめたプリシラさん、お疲れ様でした!今のお気持ちは?」
「25メートル、トッテモ長いネ。プリシラ、スゴク疲れた。でも、プリシラ今までなんでも諦めてた。今回のコトで、プリシラもやれば出きる。そう分かった。プリシラの成長、香港の両親、きっと喜んでくれる、思いマス」
「そうですか!感動的ですね!最後まで諦めないで頑張った、プリシラさんにもう一度大きな拍手を!!」
プリシラコールが響く中、ぐったりと放心状態の桔梗にインタビューをするのを諦めたアナウンサーは、もう一度「プリシラさん、本当にお疲れ様でした!」と叫び、CMへと繋いだ。
まだ大きな歓声を背負うプリシラは、CM中にトイレを済ませると言って、不自然な形にふくらんだタオルを抱え持ちながら、控え室の方へと走ってきた。
部屋に誰もいない事を確認すると、ロッカーの中から小さなツボを取り出す。
「デイジー、慣れない水泳をさせて悪かったな。しかし良くやった。最初は貴奨にもっていかれたが、これで今回のヒーローは私だな。この勢いで名前が上がれば、一樹もそろそろプロヂュースする気になるだろう」
流暢な日本語で呟くと、片方の口角を上げ、くっと笑った慧嫻はペットのアナコンダをいつもの携帯蛇ツボに戻してやった。