守りたい微笑
やさしい風が髪をなで過ぎてゆく4月。
満開の桜は、華やかに咲き乱れているはずなのに、押し付けがましいことなくその風景の一部をかたどっている。
その下に佇む、薄いブルーのスーツ。
桜を見上げているその髪を、ふわりと風が揺らした。
自分の存在に気付かず、ただ桜に見入っている。
出会いも、桜の下だった。
最初は気にもとめていなかったその存在を、意識しだしたのはいつだっただろうか。
あいつの身体だけでなく、心を手に入れたいと思ったのは。
幾度も、その心がつかめなくて、歯がゆい思いをした。
あいつが考えていることがわからなくて、何度も傷つけた。
やっと心を開いてくれたとき、どんなにうれしかったか知れない。
ただひたすら、その心の扉が二度と閉じないようにと祈っていることを、あいつは知っているのだろうか。
ふいに、ひっそりと立つその姿が、そのまま風景に溶け込んでしまいそうな、そんな漠然とした不安に襲われる。
思わず手を伸ばして、呼び止める。
「絹一!」
その声に、ゆっくりと振り向いたあいつは、ふんわりと、桜に負けない華やかさで微笑んだ。
自分にしか向けられることのない極上の微笑み。
それに安堵して、伸ばしかけた指を下ろす。
その微笑が自分に向けられている限り、彼を失うことはない。
自分の中に溢れる暖かな思いに、自然と笑みが浮かぶ。
何に変えても守りたい。その笑顔を。