投稿(妄想)小説の部屋

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No.197 (2001/03/04 02:24) 投稿者:藤水 一世

Sweet

 久しぶりに帰宅時間が重なった。
 ここのところすれ違いが多くて、慎吾がきちんと三食摂っているのか、心配性の貴奨としては気になるところだった。
 いや、貴奨でなくても、近頃の慎吾の痩せぶりには眉をひそめる者も多いと思う。
 本人は夏バテで食欲がないだけだと笑っていたと、風間からは聞いているけれど。
 どちらにしろ、今日は一緒に夕飯を摂れるだろう。
 きちんと食べさせよう。
 貴奨はそう決めた。

「ごちそうさま・・・」
「もういいのか」
 カシン、と箸を置いた慎吾に、貴奨が静かに問う。
「うん・・・ごめん。なんかお腹いっぱいで。食欲もあんまりないし」
 慎吾の前の膳は半分も減っていない。
 貴奨は眉をひそめた。いくら食欲がないと言っても、これだけしか食べられないというのはおかしくないか?
「・・・おまえ、本当に夏バテなのか? どこか具合悪いんじゃないのか?」
「違うよ。ホントだよ。食欲ないだけだよ、ホントに。それに、夏はいつもこんなもんだよ」
 確かに顔色は悪くないし、無理している様子も見受けられない。
 追求するのは早々に諦めて、あとで知り合いにもらった中国茶でも淹れてやろうかと、貴奨はとりあえず自分の分を食べながら思った。
「貴奨ー!! 作るのやってくれたから、皿洗いは俺がやるよ! 食べたら流しの水につけといて」
 居間から慎吾がそう、声を投げてくる。
 わかったと返事しようとしたそのとき、ついでのようにぽつりと呟かれた声に、貴奨は思わず口元をゆるめた。
「・・・ごめん、せっかく作ってくれたのに、残して・・・」

 貴奨が小さな盆片手に居間に入ったとき、慎吾はフローリングの床に寝そべり、上半身だけ起こすという体勢で溜まっていた新聞を読んでいた。
「おい、腹冷やすからちゃんと起きて読め」
「いーんだよこれで。ラクだし」
「・・・」
 貴奨は持っていた盆を近くにあったローテーブルに置き、慎吾の後ろに回りこんだ。そのまま細い腰を遠慮なく両手でわし掴む。
 慎吾がはっと気付いた時には、もう細い身体は抱き起こされ、フローリングに座り込んだ貴奨の膝の間におさまっていた。
「・・・っだよ! 離せよ! ガキじゃねーっての!」
 うしろから抱きかかえられる形で、とんでもなく恥ずかしい。
 顔を真っ赤にして逃げようと暴れる慎吾を、大人の男の力でもって腕の中におさえつけて、貴奨は、
「食べろ」
 と、慎吾の口元に一口サイズに割った栄養食品のバーを差し出した。
「え? なんだよ、これ」
「いいから食べておけ。食事は無理矢理食べなくても仕方ないが、あそこまで食べないようじゃ最低限の栄養も摂れないからな。これなら腹も張らないから少しは食べられるだろう」
「・・・」
 もそり、と慎吾は貴奨の大きな指に掴まれた食品をかじる。
「俺、あんま好きじゃないんだけど・・・パサパサしてるし」
「我慢しろ、とりあえず二本分食べたら許してやる。ああ、茶も淹れておいたからそれで流し込め」
 そのままつづけて貴奨は二カケ目を口元に押し付けた。
「食うから押しつけんなよ、痛ーよ」
 ・・・貴奨は気付かなかった。
 いつもの慎吾なら、自分の膝の間に抱きかかえられ、あまつさえ自分の手から赤ん坊みたいに何かを食べさせてもらうなんてシチュエーションに、暴れて、それこそ殴ってでも逃げるだろうに、それをしなかったことに。
 とりあえず慎吾に、食べさせておきたい気持ちで頭が一杯だったのだ。
 だから普段の貴奨なら、簡単に推し量れただろう慎吾の気持ちに気付かない。
 自分に背を向けた形で腕の中にいる慎吾の唇が、やわらかくほころんでいることにも。
 そして慎吾も言わない。
 食欲がなかったのは、ただ夏バテなだけじゃなくて、貴奨のいない部屋でひとり、食事するのが嫌だったからだとか、
 自分の背中から伝わる貴奨の体温が気持ち良くて、しばらくこのままでもいいかなーと思ってたりすることとか。

 久しぶりの二人の空気は、やわらかく、そしてほのかに甘かった。


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