卒業
「ここにいたのか」
生徒会室の扉が開いて、朝井が顔をのぞかせた。
「何やってたんだ」
「私物の整理」
短く答えて、室内付属のロッカーの扉を閉めた。
汗をかいたときのための替えのシャツ、筆記用具、暇つぶしの本。
俺はこの程度だけど、朝井やほかの生徒会役員はもっと生徒会室のロッカーを私物化している。
先生はさすがにこういう特別教室のロッカーはチェックしないから、それをいいことに見つかったらヤバイものを隠している。
私物の少なさは、そのまま俺の学校に対する執着のなさを表してるみたいだった。
「ああ、俺も片付けなきゃいけないな。面倒だな・・・」
この部屋で、朝井と学校生活の後半のほとんどを一緒に過ごした。
生徒会の仕事は大変で、勉強や二葉たちとの付き合いの両立はなかなかに難しかったけれど、それでも、充実したものではあったと思う。
「朝井、こんなとこにいていいのか。答辞読むんだろう。打ち合わせあるんじゃなかったか?」
「もう終わったよ。ったく、卒業式なんて校長や来賓の話聞いてるだけで軽く二時間はかかるから嫌なんだ」
「そうも言ってられないよ。俺たちが送られる立場なんだし」
卒業か。
正直、あんまり実感がない。
今、振り返ってみても、思い出されるのは学校生活のことよりも、小沼と一緒にいたことや、校外のこと―――二葉や一樹さんとのことばかりだ。
学校に対していい思い出があるわけじゃないから・・・。
「池谷。今言っとく。俺はおまえと生徒会やれてよかったと思ってるよ」
朝井の言葉に、俺は笑った。
「何あらたまってんの。いまさらだろう?」
朝井も笑った。
「だな。いまさらだよな。それでも、言いたかったんだ。俺はおまえに感謝してる。おまえがいたから、ここまでやってこれた」
真剣な言葉だった。
そう言ってくれる友達がいる。
それだけでも、ここに通っていた価値があったと思う。
「留学するんだろう? 連絡先教えろよ。俺はおまえとはこれっきりのつきあいになるつもりはないからな。おまえの親友は小沼だけど、学校での親友は俺だからな。覚えとけよ」
強引な物言いに思わず笑った。子供みたいだ。
「分かってる。・・・連絡するよ。ありがとう」
ありがとう。
朝井とのつきあいは長い方ではないけれど。
それでも。
俺を親友だと言ってくれた。
ありがとう。
そして。
二葉。
怒りながら、一緒に喜びながら、俺を支えてくれた。
俺の高校生活は、いつも二葉と一緒にあった。
ありがとう。
卒業式後、後輩の声をBGMに、俺はこのあとの謝恩会への出席を断って、学校を出た。
『卒業、おめでとう』
そんな声が聞こえた気がした。
俺は振り返って、学び舎に深く、深く敬礼した。
俺はこれから大人の庇護のもとを飛び出して、社会で生きてゆく。
怖くはない。
二葉がいるから。
そして、ここで培ったすべてが、俺を助けるだろう。
―――ありがとう。
呟いた声は、風に消えた。