投稿(妄想)小説の部屋

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No.191 (2001/02/17 22:59) 投稿者:かき

秋思清冽

 吹く風の中に、冬の気配がありありと感じられるようになりました。
 あの人が姿を消してから、すでに一年が経とうとしています。
 手に一葉の手紙を握りしめて、この人が駆け込んできた日から。
 その日もちょうどこのような風が吹いていました。
 この人の、蒼白な顔を見たのは、後にも先にもこの一度だけ。
 飛び込んでくるなり、こう言いましたっけ。
「桂花を探してくれ」と。

 あの人とこの人の間に何があったのかはわかりません。
 ただ、あの人が姿を消す数日前に、二人の間に何か諍いがあったというのは、聞いていました。
 ぽつぽつと話すこの人の話から、何となく想像がつきました。
 嬉しいことも、悲しいことも、真っ先に話しに行くこの人が、あの人に関することだけは唯一話せないことでした。
 ですから、あの人に関する話を聞くのは、私が相手でした。
 もともと、あの人の話が、この人の口に上らなかった日はなかったのですが。

 ・・・自分に、誰かの面差しを重ねるようになったあの人が、どうしても許せなかったと。
 そうして、剣を突きつけてしまったと。
「俺を見ようとしない桂花は、すでに、罪だ・・・」
 ・・・押し殺した、血を吐くような呟きでした。
 この人の普段からは想像もつかないような、昏い、感情。
 そして、なんと幼く、なんと激しい、熱い感情であるのか。
 ・・・あの人は、だから姿を消したのかもしれない。
 もろともに、焼き滅ぼしてしまうような、この人の激情から。

 あの人はこの人を何にも変えがたいように大事にしていました。
 けれど、時折、この人を見つめるまなざしが、まるでこの人の成長を厭うように、悲しいものを含んでいることに私は気づいていました。
 そうして、少しずつ、この人から距離をおき始めたことも聞いていました。

 なぜでしょう。
 あの人はこの人の成長から目を背け、この人はあの人と並ぶために、早く大人になろうとした。
 互いのことしか考えていないはずなのに、なぜ、すれ違ってしまったのでしょうか。

 ・・・あの人を殺すおつもりだったのですか、と私が聞くとたよりなく首を横に振られました。
 あの人を殺して、想いが成就するようなら、
 この人はとうにそうしていたでしょう。

 ・・・一度だけ、柢王という方のことを占ったことがありました。
「死んでも桂花を離さない男だよ」
 この人はそう言いました。
 この人はそう感じるのでしょう。
 私はむしろ、あの人が離さないのではないのかと感じました。
 柢王という方が亡くなった時、愛した人の魂を追って、あの人の魂も彼岸の世界に行ってしまったのでしょうか、あの人はこの世界に両足で立っていながらもどこか空虚で。
 この世にいながら、この世のものでないような。
 ・・・けれど、その空虚が一種のあやうさとなり、かえって人を惹きつけてやまないのかもしれません。

 ・・・私の中にも、同じような空虚があります。
 物心がつく以前から、ずっと感じていました。
 まるで私が生まれる以前に、何か大事なものを置いてきてしまったような、そんな空虚が。
 その空虚な部分があるから私は不完全なものであり、けれど不完全であるがゆえに、私はこのような力を授かったのではないか、と思うのです。

 もちろん私はすぐに占いました。
 けれど、水晶には何も映りませんでした。
 ・・・いいえ、映らなかったというよりは、映さなかったといったほうが正しいでしょうか。
 水晶は、材質をアラバスターに変えてしまったかのように、真っ白に染まりました。
 何度占いなおしても、その都度水晶は白く沈黙しました。

 ・・・白。
 それは、あの人に感じる印象そのもの。
 光を透して『色』は、初めて色としての認識を得る。
 あの人は、光をはらんでその内部を見せる透明色ではない。
 白は光を透さない。
 一点の汚れも許さず、光を浴びて輝きながらも、その内部は決して見せようとはしない。
 どこまでも冷たく、なめらかで、硬質な、秘黙の白・・・。

 ・・・占い方を変えねばなりませんでした。
 この広大な大地に逃れた、一人の薬師を見つけること。
 絞り込める情報が、使えず、ただ、漠然としたイメージだけで探すことは、並大抵のことでは出来ません。
 占いは、力を消耗します。
 幾度となく繰り返した占いは、確実に私の命をそぎ取りました。
 この人は、もういい、やめてくれと言いました。
 それでも私はこっそり占い続けずにはいられませんでした。
 占いのほかに、この人に私がしてあげられることは何一つないのですから。

 出迎えた私に笑みを向けるこの人は、すっかり落ち着きを取り戻しているように見えます。
 けれど、今一番この人の近くにいる私にはわかるのです。
 この一年、この人が、あの人のことを思わなかった日は、ないでしょう。
 時折共にする寝台で、あの人の名を耳にしなかった日は、ないのですから。
「桂花」と。

 ・・・私が、『女』になる日は来ないでしょう。
 この人を愛している、それゆえに。
 これは、直感。
 ・・・女の、第六感・・・。
 私の中の空虚は、子宮に宿っているのかもしれません。
 命をつなげる気はなくても、月ごとにくる障り。
 ・・・だから、この人が私を愛していないとしても、悲しむ必要はないのです。
 悲しみは空虚に吸い取られ、やがて流れ去るのですから。

 この人が差し伸べる手に、わたしはそっと自分の手を重ねます。
 伝わってくるぬくもりに、時々泣きたくなります。
 他人から見れば、私たちは仲むつまじい夫婦のように見えるでしょう。
 この人の幸せを一番にのぞみながらも、私は、この真似事を、もう少し続けていたいと願ってしまうのです。


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