『世界の童話:人魚姫』
ある夜の事です。人魚の慎吾君はやっと許してもらえた海面への散歩にでかけました。
「うわぁっ! 月があんなに光ってる! 海の底でみるのとではやっぱり違うんだな」
と感動しているところへ一隻の大型船がやってきました。
見上げると甲板には髪をなびかせた青年がいます。
「…なんだかかっこいい人だな…」
慎吾君は見とれてしまいました。その時です。
一瞬のことでした。
甲板にいた青年が風に吹き飛ばされて海に転落したのです。
慎吾君は我も忘れて青年に近づきました。
この嵐では人の力で泳ぐのは無理です。岸辺まで送り届けるつもりでした。
「ちっくしょう! いきなりこんなシケるかー?」
海にぷかぷか浮きながら青年(健さん)は怒っています。
船からは縄梯子も降りてくる気配がありません。
「あの、大丈夫ですか?」
健さんの前に姿を見せます。
「…んだ? おめぇは」
「慎吾といいます、ここにいたら船にあたって怪我をしてしまいます。岸辺まで送りますから掴まって下さい」
それもそうかと思い健さんは慎吾君に岸辺まで送ってもらうことにしました。
「悪かったな。…へぇ、お前人魚なんだ」
慎吾君の体をみて健さんはぽつりと言いました。
「俺は健。あそこにいる。海側が俺の部屋だから気が向いたら声かけろよ」
そういって海のすぐ近くに建っている王宮を指差しました。
海の城へ戻った慎吾君は健さんのことが頭から離れません。
「逢いたいな。ずっと一緒にいたいな」
慎吾君は意を決して人になることに決めました。そして魔法使いの高槻さんの元を訪れたのです。
「人間になりたい? 他ならぬ慎吾君の頼みだから聞いてあげるけど、君の兄貴は知ってるの?」
その言葉にぶんぶんと首を振ります。
「…そうか…でも逢いたいんだね?」
高槻さんは薬を渡してくれました。
「他の人なら声をもらったり、成就しなければ泡になったりするんだけど、慎吾くんだからサービスだよ」
と笑ってくれました。さぁ、あとは健さんのもとへと急ぐだけです。
海の中から健さんの部屋に向かって声をかけます。
「シン、どうした?」
「俺、人間になるから! そしたら健さんの側にずっといてもいい?」
健さんは笑って頷きました。
岩場に腰かけ、瓶の蓋をぽんっと取ります。側には健さんもいます。瓶を口へ近付けたその時。
「慎吾! 止めろ!!」
兄の貴奨さんが海面へと姿を表しました。高槻さんもいます。
「ごめん、バレちゃって」
「なにを考えているんだ、お前は!」
瓶を取上げようと貴奨さんが手を伸ばしますが、慎吾君が薬を飲み干す方が先でした。
「うわ、苦〜っ」
顔をしかめている慎吾君の腰から下のウロコやヒレなどが消えすらりとした2本の足になっていきます。
その様子を側で見ていた健さんは嬉しそうです。
「おおっ、こりゃまた…」
鱗も消え、すっかり人間になった慎吾君を抱き上げ、
「よしっ! これから結婚式をあげて、今夜は初夜だ!」
と慎吾君を王宮へと連れ去りました。
「待て!! 高槻! あの薬を俺にも寄越せ! このままでは慎吾が何をされるかわからん。俺も人間になる!」
無理矢理高槻さんから薬を奪い取るとぐいっと飲み干し、貴奨さんは健さんと慎吾くんの後を追いました。
「しょうがないな。じゃあ私も行こうかな。海の中だけの生活っていうのも飽きてきたし…」
高槻さんも3人の後を追いました。
高槻さんは結婚式を止めようとする貴奨さんに言いました。
「好きあっている二人を無理矢理引き裂くなんて野暮だよ、芹沢。それに相手が誰だろうと、お前は反対するんだから」
「俺、健さんじゃなきゃ嫌なんだ! 邪魔なんかしたら、一生口なんてきいてやらないからな!」
そう言われれば、極度の弟想いの貴奨さんも引き下がるしかありません。
嫁ぐ娘を持った父親の気分を味わっている貴奨さんの耳元に高槻さんが囁きます。
「私が慰めてやる。まぁ、慎吾君のかわりにはならないだろうが、な」
貴奨さんは慎吾君と健さんに邪魔はしないと言い、高槻さんと街へと消えて行きました。
そして慎吾君は健さんの胸に飛び込んで行ったのです。
二人の初夜が甘くて濃密だったことは言うまでもありません。
その後、健さんの国は、賭博施設とホテルが充実した海辺の大リゾート地となって栄華を極め、慎吾君と健さんは幸せに暮しました(高槻さんと貴奨さんも幸せのはずです、たぶん)
と、昔話はここで終わりです。でも、その後のお姫さまや王子様がどうなったか気になったことはありませんか?
その後のことも少しだけお話しておきましょう。
高槻さんは潰れかけのホテルを魔法で綺麗にし、貴奨さんとホテルを経営していくことにしました。
「ここなら慎吾君のことも見ていられるし、いいだろう?」
近くに賭博施設と海の側という立地条件も相まって、ホテルは大繁盛しました。
それから数年後のある時、王宮からの使者が手紙を携えてやってきたのです。
「王と王妃さまがお待ちです」
「芹沢、慎吾君達に子供が生まれたらしいぞ」
「なにっ?! 子供だとっ?? 誰の子だっ!!!」
貴奨さんは驚いて大声を出してしまいました。その様子をみて高槻さんは笑っています。
「向井君に決まってるだろう? 夫婦なんだから。おめでとう、おじさん」
「おっ、おじさんっ??」
「とにかくお祝いに行こう。慎吾くんも待ってる」
高槻さんに言われて王宮に向かいましたが、貴奨さんの顔はなにやら複雑でした。
王宮は大変なにぎわいでした。部屋に入ると慎吾君と健さんがいます。
「貴奨、高槻さん! 来てくれたんだね」
ひさしぶりに見る顔に慎吾君はうれしそうです。
「おめでとう、向井君、慎吾君」
「めでたいっていやぁ、めでたいんだがな…」
健さんは少し戸惑っていました。
「向井君、君は自分の子が生まれて嬉しくないのか?!」
貴奨さんが健さんに向かって怒ったように言いました。
「そりゃま、嬉しいですけどね。なんせ生まれたのがコレっすから。実感がないっつーか…」
揺りかごの中の毛布を取るとそこには虹色をした真ん丸の卵がひとつおいてありました。
「なんだ、可愛いじゃないか。少し、慎吾に似ているか?」
「そうかな?向井君にも似てると思うよ」
貴奨さんと高槻さんが揺りかごを覗き込んで口々に言います。
「うん、すごいカッコよくなるよね。きっと男前だよ」
と慎吾君は愛おしそうに卵を撫でながら言います。
「男前って…、コレ男なのか???」
健さんはまじまじと卵を見つめてしまいました。
「そんなこともわからないようじゃ父親失格だぞ。どう見ても立派な男の子じゃないか」
貴奨さんが健さんに向かって言います。
「フツー、わかんねーだろ…。卵の性別…」
そんなことを言っていた健さんでしたが、時間が経つにつれ卵にも愛着が出てきたようです。
「じーっと見てっと、なかなか、可愛いもんだよな、卵ってのも」
「よかった。健さん、ほんとは嬉しくないのかと思ってたんだ。だって卵だし」
慎吾君の言葉に健さんは慎吾君の身体を抱き寄せました。
「ばか、何言ってんだ。俺とお前の子だろ。可愛くねぇわきゃねーだろが」
「うん。早く大きくなるといいね」
二人の愛情を一身に受け、卵は日に日に大きくなっていきます。
最初手のひらに乗る程の小さかった卵も、今では人の頭ほども大きくなりました。
けれど一向に孵る気配がありません。
「まさか、このまま卵だけが大きくなってソレに手足なんか生えてこねぇだろうな…。そんなのから“お父さん”なんて呼ばれたくねーぞ、俺りゃ」
健さんはどきどきしたまま、待ち続けました。そして数週間後。
卵がぱっくりと割れ、中からは可愛らしい王子様が誕生したのです。
(よかった…卵のままじゃなくて…)
と健さんが思ったかどうかは定かではありませんが、とにかく無事に王子様がお生まれになったのです。
国中をあげてのお祝いが何日も続き、健さんも慎吾くんもとても幸せそうです。
そしてそんな慎吾くんを見ている貴奨さんも高槻さんもまた幸せそうでした。
その王子様は江端さんと名付けられ、日々たくましく成長なさいました。
江端さんは賭博場やホテルだけではなく、いろいろな事業に手を出し、国庫を充実させていきました。
歴代の王の中でも一番の働き者だったようですが、それはまた別のお話です。
(おしまい)