約束
「明日は1日オフなんだ」
ティアがにっこり笑って水のなかから伝えてきた。
南領にいるアシュレイと天守塔にいるティアランディアは遠見鏡と水晶を落とした水場を使い、言葉を交わしている。
ティアの言葉は久しぶりに二人でゆっくりできるよ、と言っているのだ。
「そ、そっか。わかった」
そっけない返事を返して交信を終える。
久しぶりにゆっくり出来る…。疲れている恋人を休ませてあげたいという気持ちと、一緒にいたい気持ちが混ざり合って、アシュレイは悩んでいた。
でも、悩んでいても始まらない!
アシュレイは城の中のある部屋へと走っていた。
「なんか残ってっかな…」
冷蔵庫を覗いて適当にあるものを放り出す。
たまごとりんごとハムと。菜っ葉とパン。
料理長が、「アシュレイ様のお腹がすいたときに」と言ってよく作っておいてくれたサンドイッチ。
それなら自分にも出来そうだ、とアシュレイは思った。
ティアはたぶんリンゴのサンドイッチが一番好きかも…。
リンゴをバターで炒めて、ほんのすこしハチミツを入れて甘くする。
ちょっと甘いかもしれないけど、果物はティアも好きだから…。
アシュレイはティアを人間界に連れていこうと思っていた。
ここ最近は魔族が出たという話しも聞かないし、自分が絶対彼を守る。それにあっちだったら誰にも邪魔されず、二人でいられる…。
「なっ、なんか女々しいぞ、俺」
そんな自分に腹を立てながら、だけど、そう思う気持ちに嘘はない。
向こうでゆっくり出来るんだったら、食事の用意も必要だな。
あっちは味付けが濃いからティアはあまり食べれないだろう…。
そう考えたアシュレイは調理場に直行し、慣れない料理をしているのだった。
出来あがったサンドイッチをバスケットにつめて、アシュレイは天守塔に向かった。
ティアの私室に入ると、すっかり身支度を整えたティアが「おはよう」と微笑んで迎えてくれた。
いつもより軽装に見えるティアも、もしかして外に行こうと思っていたのだろうか。
こっそり天守塔を脱け出して、アシュレイがティアを連れてきたのは人間界の海辺だった。
太陽が海に当たって、まぶしいくらいキラキラしている。
海風がきつくて、アシュレイのストロベリーブロンドの髪も、ティアの月色の髪も、風に乱れていた。
ここで食事にしようと思っていたのだけど、ちょっと無理そうだとアシュレイは思った。
「柢王に、この風ゆるめてくれって頼んでみようか」
ティアが自分の髪をかきあげながら言う。
「ますます強くされそうだぜ」
アシュレイが笑いながらそう返すと、違いない、とティアも笑った。
どうしようかと迷っているうちに風がやさしくなった。
海辺の岩場にマントをティアがひいてくれたので、そこに二人で座った。
バスケットを開けると、ティアは目を丸くして驚いて、そのあと、すごく嬉しがった。
「おまえが作ってくれたの!? もしかして、眠ってないんじゃないのか!? ああ…でもすごく嬉しいよ」
なかなか上手にパンが切れなくて、ボロボロになったサンドイッチをティアは愛しそうに見ている。
「か、形は悪いけど、味はけっこういけるぜ? 食べてみ…」
アシュレイがそう言いかけると、ティアはアシュレイの切り傷のある手をそっと包み込む。
包み込むティアの指先から、「ありがとう」という気持ちの光が伝わってきて、アシュレイの頬が赤く染まった。
ティアはリンゴのサンドイッチを気に入ってくれたようで、アシュレイは嬉しかった。タマゴはちょっと辛かったみたいだけど、それもおいしいと言って食べてくれた。
(まあいざとなれば目の前は海だ、聖水に変えて飲めばなんとか…とティアが思っていたかどうかは定かではない。)
「ちょっと眠くなったな。いい?」
ティアはそう言ってアシュレイの肩に頭をのせた。
アシュレイは黙ってティアの体を自分の体の前にして、後ろからそっと抱きしめた。
これが一番安全な体勢だ。もし何かあってもすぐにティアを守れるし、自分の腕の中ならティアも安心して眠れるだろうから…。
自分の胸に力を抜いて体を預けているティアの寝息が聞こえてきて、アシュレイもほっとした。
さっきまで眩しかった太陽も、今はすっかりオレンジ色に海を染めている。
海風が気持ちよくて、腕の中の体温が心地よくて。
月色の髪にそっと頬をよせて、アシュレイは思った。
「ずっとこんなふうにいられたら…」
何年たってもずっとこのままでいられるだろうか。
自分の気持ちはきっと変わらない。ティアの気持ちも…ずっと変わらないって信じている。なのに、今、こんなに嬉しいのに…なんで泣きたくなるんだろう。
「どうしたの?」
しばらくの間眠っていたティアが目を覚まして、アシュレイの顔を下から見上げた。
「な、なんでもねえっ。」
「…嘘。泣いてるのに?」
「砂が入ったんだろっ」
そう言って目をこすろうとしたアシュレイの手を止めて、
ティアはアシュレイの頬に自分の頬を寄せた。
そうされただけなのに、さっきまでの泣きたい気持ちが消えていく…。
そのとき、自分の指に、そっと指輪がはめられたのにアシュレイは気がついた。
「ずっと一緒にいようっていう約束」
いつもおまえといられるように、と言いながら、ティアはアシュレイを抱きしめた。
「でもまさかおまえが今日のこと覚えてくれてるとは思わなかったな」
「へ?」
きょとんとした目でアシュレイはティアを見た。
「初めておまえと海の岩場のうえで…」
「??」
「可愛かったよ、すごく。こんなふうに岩の上にマントを敷いて」
首をかしげて聞いていたアシュレイははっと思い出した。
そういえば海の…岩の…うえでこいつと…!!!
「さすがにまだ明るいからね、再現はこの岩の上で…」
「するかーっっっ!!!」
慌てふためくアシュレイを「照れちゃって♪」と押さえ込もうとするティアの顔はとても他の人に見せれるようなものではなく…。
何年たってもこの日は二人で過ごそう、とティアは言った。
アシュレイは憎まれ口を返してしまったけれど、本当は嬉しかった。
自分もそう思ってるから。同じ気持ちでいるから。
同じくらいやさしくは出来ないかもしれないけど…。
同じ形じゃなくてもいいよな…? そうつぶやいたアシュレイにティアは「うん」と微笑んだ。