受難の日
執務室で、黙りこくっているアシュレイを横目で見ながら、ティアは内心ため息をついた。
・・・やっぱり怒っている。
いや、自分が悪いのは自覚しているが、それにしても、その・・・。
書類を眺めても、内容はさっぱり頭に入らない。早く桂花が来てくれないものかと、ティアはそれだけを念じていた。そのとき。
「よう、ティア!」
柢王が桂花とともに、執務室に入って来た。また彼は、人界にいくそうなのだ。
「桂花! 来てくれたか!」
思わず正直に安堵の声をあげてしまった。だが柢王も桂花も、机の上の書類の山を見て、ティアのこの反応ももっともだと納得してくれたらしい。
「相変わらず書類山積みだな、ティア。お、アシュレイも来てたのか」
「いってーー!」
ばん! と柢王がアシュレイの背中を叩くと、派手な叫び声があがった。
「なんだよ。そんなに強く叩いてねーぞ」
「うるさいっ!」
桂花はティアにだけ会釈して、お茶の用意をしている。
「怪我してんのか? だったらティアに治してもらえば・・・」
「うるさいっ! よ、余計なお世話だ!」
アシュレイが顔を真っ赤にして叫ぶ。その反応で、柢王は怪我の原因に勘付いたらしい。
「はーん、ティアと仲良くしすぎたんだな。その様子じゃ、草の上とかじゃないよなあ?」
「い、岩場で・・・」
「てめえは黙ってろっ!!」
アシュレイが絶叫した。
「そりゃすげえな。俺たちだって、岩場なんかじゃ」
「お茶が入りました」
桂花が遮って湯呑みを置く。
「で、どうだった?」
「落ちるかと思った・・・」
やけに真剣に答えているティアに、アシュレイは爆発寸前である。
「おまえら・・・」
「よっぽど狭いとこだったんだな。そういうとこでやるんだったら、もう少し気をつかわねーと。な、桂花」
「体重に差があるんだったら、重い方が下敷きになるのが理に叶ってますし、同じくらいの体重だったら、怪我を治せるほうを無傷で残すべきですね。サ・・・じゃない、アシュレイ殿がそうなったのは自明の理だと思いますが」
「嫌味ったらしく言い直すんじゃねー!」
「なんだよ、おまえ俺を布団にする気か?」
「吾はそういうのは嫌いです」
「嘘つけ、こないだ外で・・・って!」
柢王はすんでのとこで、飛んできた湯呑みをよけた。
「こら、んなもん投げるな!」
「ご心配なく、お茶冷めてましたから」
済まして言うと、桂花はお茶を淹れ直すために立ち上がった。
「ごめん、アシュレイ。私が悪かったよ。次はもう少しうまくやるから・・・」
「・・・!!」
アシュレイは真っ赤になって言葉も返せないまま、、憤然と席を立って
出て行ってしまった。
「あーあ。まったくあいつも照れ屋だよな」
「柢王、その、教えてほしいんだが、どうすればうまく・・・」
「うまく、怪我させないようにできんのかって? ・・・桂花」
「場所を選ぶか、あるいは怪我に気づかないようにさせるかのどちらかでしょうね」
「気づかないようにって?」
「手っ取り早いのは薬ですが。ま、自信があるなら、そんなもの使わなくても我を忘れさせることはできるでしょうけどね」
「ま、俺だったら薬なんざ使わなくても桂花を・・・」
柢王の顔に書類の束が衝突した。
「馬鹿なこと言ってないでとっとと行ってください。吾はここで、守天殿のお手伝いをしてますから」
「へいへいっと」
・・・柢王が行ってしまった後も、ティアは考え込んでいた。
「うーん、やっぱり私が未熟だから・・・でも・・・」
守護主天を放っておいて、桂花が書類の整理を終えても、ティアはまだ悩んでいた。
「・・・守天殿。仕事してください」
「ああ。うーん、でもやっぱり薬に頼りたくは・・・」