投稿(妄想)小説の部屋

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No.157 (2000/12/23 06:11) 投稿者:櫻樹

Happy Birthday to・・・(後)

「穐谷です。初めまして。この店にはよく来られるんですか?」
「芹沢です。以前はよく。最近は仕事が忙しくて来れませんが」
「どういったお仕事をなさってるんですか?」
 絹一は新たに置かれたカクテルグラスに口をつけながら、今度はゆっくりと相手を観察した。
 確かに、モデルでもやっていると言われるほうが納得できるだろう。堂々とした体躯に、きりっと整った顔立ち。服の上からでもわかるがっしりとした身体つきは、意志をもって鍛えぬかれたとわかるものだ。
 そのまま当り障りのない会話が続き、話し上手の貴奨に乗せられるように、絹一は杯を重ねていった。
 もともとあまり強くない絹一は、4杯目のカクテルを空ける頃には、酔いも手伝って話がずいぶんとプライベートな部分に食い込んでいた。
 もうすぐ誕生日なら・・・と、一樹と同じ理由で5杯目のカクテルをおごられた絹一は、とろりとした目で「ありがとうございます」と礼を告げた。
 その視線を受けて、貴奨はふっと息を漏らし、そっと絹一の頬に手をのばした。
「・・・・・・その瞳で見つめられて、おちない男はいないだろう」
 貴奨の親指が、ゆっくりと絹一の唇をなぞる。
「芹沢・・・・さん?」
 突然の行動に、絹一が目を見開く。そして、その瞬間に思い出した。一樹の言葉を。
『手、出さないで下さいね』
 つまり、出せるようなタイプ、ということだ。
 唇をたどった指が、ゆっくりと離れていく。絹一の視線は思わずその動きを追った。
「あなたとの約束を反故にするなんて、ずいぶんともったいないことをする・・・」
 囁くようにそう呟いて、絹一の唇に触れた指を、そっと自分の唇に押し当てる。
「残念だ。これから待ち合わせがなければもう少しあなたと話せたのに」
 その言葉に、はっと絹一は腕時計を見た。
 PM11:58。
 あと2分で、24日。絹一のバースデイだ。
「まあ、あなたのバースデイを最初に祝えるのだから、それで良しとしようか」
 あと、1分。
 ゆっくりと貴奨が、スツールから降り、そのまま絹一の傍に立つ。
 ピピッ。
 誰かの時計が、12時を知らせた。
「24日だ。Happy Birth・・・」
 dayと続けようとしたところ、この店の雰囲気には似つかわしくない勢いで、思い切りドアが開いた。 
「鷲尾さん・・・」
 驚いて振り向いた二人の視線の先には、少しだけ前髪を乱した鷲尾の姿があった。
 おそらく車を停めたところから走ってきたのだろう、少し息が乱れている。
「わりぃ・・・遅くなった」
 そうしてつかつかと歩み寄ってくるが、2人の一歩手前で足を止めた。
「誰だ?」
 貴奨にぶしつけな視線を投げながら、鷲尾は絹一に聞いた。
「あの、芹沢貴奨さんというコンシェルジェの方で・・・」
 絹一がしどろもどろになっている理由は、鷲尾と貴奨の交わす視線がずいぶんと剣呑なものに見えたからだ。
 一方、鷲尾の視線に不快感をあらわにしながらも、貴奨も鷲尾を眇めた目で見る。
「君が彼の・・・」
 上から下まで眺めてから、貴奨はフッと鼻で笑った。
「貴方だったら、もっといい男が手に入るでしょうに」
 いやみなその言い方に、今度は鷲尾が貴奨を睨みつけた。
「なんだと?」
「ちょっとお客様、店内で喧嘩はやめてくれない?」
 睨み合う二人の間に割って入ったのは、貴奨が立ち上がったのを見てコートを持ってきた一樹だった。
「一樹」
「一樹さん・・・」
 彼の出現に絹一が安堵した表情を、一樹は目ざとく見つける。
「ほら、穐谷さんが怯えてるじゃない」
 手にしたコートを押し付けて、二人の間に挟まれた絹一を引き寄せた。
「そういえばもう24日だね。Happy Birthday 絹一! 今年もよろしくね♪」
 そう言って絹一を抱きしめて、驚いている彼の唇に、自分の唇を合わせる。
「・・・・・・!」
 突然の行動に驚きで声の出ない絹一、苦虫を噛み潰したような鷲尾、先を越されたと舌打ちしそうな貴奨。その3人を見て、1人楽しそうな一樹。
「か、一樹さん!」
 絹一の抗議に「ごちそうさま」とにっこり笑って、その身体を放す。
「ほら、貴奨さん、もう時間じゃないですか? 高槻さん、怒らせちゃいますよ?」
 そう言うだけ言って、ひらひらと手を振りながら離れていった。
 残された3人は毒気を抜かれた表情でその背中を見送る。
 最初に立ち直ったのは貴奨だった。
 そして、鷲尾が睨みつけているのを承知で、絹一の肩を抱き寄せるとその頬に唇を押し当てた。
「Happy Birthday 絹一」
 視線だけで人を殺せそうな雰囲気の鷲尾を、少し上から唇の端を片方だけゆがめて見下ろしつつ、絹一の耳に何事かを囁く。
 一瞬の睨み合い。
 先に視線を逸らしたのは貴奨で、彼はコートを羽織ながらドアへと向かった。
「また来る」
 すり抜けざま一樹にそう伝えると、
「今度は、時間つぶしじゃなく、ちゃんと飲みに来てくださいね」
 苦笑したような一樹の声に手を上げて答え、そのドアの向こうへと姿を消した。
 鷲尾が舌打ちしつつその後姿を見送る。
「なんなんだ、あのヤローは・・・」
 滅多に他人から見下ろされることのない鷲尾は、そのことが不快な気分に拍車を掛けていることに気づいていない。
「鷲尾さん・・・?」
 貴奨の消えたドアをまだ睨みつけている鷲尾に、絹一はおそるおそる声をかけた。
「あ、ああ、今日は悪かったな」
 慌てて絹一のほうに向き直った鷲尾は、瞳を和らげて彼を見つめた。
 その言葉と瞳に、絹一は嬉しそうに微笑んで首を横に振った。
「いいえ・・・。来てくれたから、もういいんです」
「Happy Birthday 絹一。遅くなってすまない」
 2人も先を越されてしまって、内心では面白くない鷲尾も、自業自得と言えなくもないのでそれを表に出さない。
「ありがとうございます」
 そんな鷲尾に、絹一は極上の微笑を返す。
 彼にそう言われることが、誰に祝われるよりも一番嬉しいのだと伝えるために。
 それが伝わったのか、鷲尾も嬉しそうに微笑んで、二人は並んでカウンターを離れる。
「一樹さん、ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそごちそう様」
 会計を済ませた絹一がそう声をかけると、笑いを含んだ声で一樹が答えた。
 そのままドアへと向かう2人の背中に、思い出したような一樹の声が届く。
「鷲尾さん、貴奨さんを甘く見ないほうがいいよ」
 その言葉に、眉根を上げた鷲尾が振り返ったが、何も言わずにドアをくぐった。

 12月の風は冷たく、剥き出しの肌には刺すように感じられる。
 コルベットの運転席に回りこんだ鷲尾を見計らって、絹一は彼に見えないように胸ポケットに手を入れた。
 そこには、先ほど貴奨に抱き寄せられたときにするりと忍び込まされた名刺が一枚あった。
 四季グリーンホテルの名と電話番号、そして貴奨の名前と役職が流れるような英文体で記されている。
 そして、耳に吹き込まれた言葉。
『当ホテルをご利用の際は、どうぞ呼んでください。できる限りのことをさせていただきますよ』
 それを思い出して、絹一はクスリと笑った。
 彼は、鷲尾を煽るだけ煽ってくれたのだ。自分のために。
「絹一?」
 なかなか車に乗り込まない絹一をいぶかしく思ったのか、鷲尾が運転席から手を伸ばして助手席のドアを開ける。
 慌てて名刺を胸ポケットにしまいこむと、絹一はコルベットに乗り込んだ。
「どこへ行きたい?」
「どこでもいいですよ。貴方が連れて行ってくれるところなら」
 そうして、コルベットはゆっくりと夜の街へと滑り出した。
 AM0:10。
 バースデイは今、始まったばかりだ。


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