投稿(妄想)小説の部屋

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No.155 (2000/12/20 22:18) 投稿者:桐加由貴

メリー・ウィドウ・カノン

 世の中が赤と緑に染まるこの季節は、ホストにとっても稼ぎ時だ。
 今年はとくに、24日が日曜日だということもあって、鷲尾のスケジュールも一杯だった。
 絹一は絹一で、出版業界の年末進行の嵐に巻き込まれ、休日出勤があたりまえになっている時期である。
 祝日の23日、日曜日の24日・・・どちらにも仕事が入っている鷲尾は、23日の昼間、合鍵を使って絹一の部屋に入ってみた。
 予想通り、無人である。
 相変わらず、どこか寒々しい気配のなくならないダイニングルームのテーブルに、白い薔薇を一輪飾る。このために、クリスタルグラスの一輪挿しと、ミニサイズのペットボトルのミネラルウォーターまで携えてくる周到さだった。
 メリークリスマスとハッピーバースデイを兼ねたカードも置いて、鷲尾は仕事に向かった。

 23日、午後8時。
 仕事から帰った絹一は、エレベーターまっすぐ鷲尾の部屋のあるフロアに走らせた。
 鷲尾ほどには使わない合鍵で、中に入ってみる。やっぱり鷲尾はいなかった。
 青い地に白い教会の切抜きの、「メリークリスマス」だけのカードを置いて部屋を出ようとして、絹一は、テーブルを振り返った。
 自分の言葉など、何も書いていないカード。
 余りにも味気ないだろうか。
 迷ったが結局、そのままで絹一は部屋を出た。

 24日、午前11時。
 鷲尾は帰宅して、絹一のカードを見つけた。
 着替える暇も惜しんで絹一の部屋に行って見たが、絹一はいなかった。
 テーブルの上の白薔薇はそのままだが、花瓶の下に置いたカードはなくなっている。
 気づいてはくれたらしい。
 鷲尾は今夜も、そして明日も仕事が入っていた。こうも立て続けに仕事を入れるのは本意ではないが、相手の熱意に押された形になったのだ。
 せめてクリスマスぐらい・・・。
 そう言う彼女たちが可愛らしくも、自分と絹一のための特別な時間が取れないことが、ちょっと残念で、ほんの少しおもしろくなかった。

 24日、午後7時。
 今日が誕生日だと何気なく話したら、ギルバートは、なぜもっと早く教えてくれなかったとぼやいた。その口調から察するに、持って帰れないほどの花束でも贈られそうで、絹一はさっさと逃げ出して来たのだ。
 出る際、ギルバートは、鷲尾の予定を訊いてきて、仕事を入れた鷲尾に半ば本気で腹を立てていた。
「クリスマス、まして恋人の誕生日だぞ! いったいあいつは何をやっているっ!」
 マンションに帰ってからまず、駐車場を覗いたが、鷲尾の車はなかった。
 念のため部屋にも行って見たが、やはりいない。
 鷲尾の部屋は寒かった。
 いつ帰ってくるかわかっていれば、部屋を暖めてやることもできたのにと、絹一は思ったが、鷲尾がそう軽軽しく仕事のことを話すことはないので、無理な相談だった。

 25日の仕事は、昼間からだった。
 そのせいで鷲尾は、絹一の部屋を覗く暇がなかった。
 今の時間だったら、絹一はいたかもしれないのに。
 だが、時間がおしていた。

 25日、午後9時。
 鷲尾は、めまぐるしかった三日間を思い返して、ため息をついた。
 絹一は、ちゃんと食事をしただろうか。
 タクシーを降りたあと、マンションのエントランスに入り、ロビーでエレベーターを待った。
 地下から上がってきたそれに、絹一が乗っていた。
「・・・鷲尾さん。今帰ったんですか?」
「ああ、おまえもか?」
 鷲尾はエレベーターに乗り込みながら尋ねた。
「なんで下から来るんだ、おまえ」
「・・・いえ、ちょっと」
 階数表示のランプは、鷲尾の部屋のあるフロアのものしか点いてなかった。
 それに鷲尾が目ざとく気づいたのを、絹一も感じたのか、ためらいがちに口を開く。
「・・・あなたの車があるかと思って、見てから来たんです」
「で、あったから、俺が部屋にいるかも、って思って?」
「・・・ええ」
「じゃあ、いいタイミングだったな」
「あの薔薇、ありがとうございます」
「こっちこそ、カードありがとな」
 エレベーターが止まった。
「来るだろう、俺んとこ」
「・・・はい」


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