メリー・ウィドウ・カノン
世の中が赤と緑に染まるこの季節は、ホストにとっても稼ぎ時だ。
今年はとくに、24日が日曜日だということもあって、鷲尾のスケジュールも一杯だった。
絹一は絹一で、出版業界の年末進行の嵐に巻き込まれ、休日出勤があたりまえになっている時期である。
祝日の23日、日曜日の24日・・・どちらにも仕事が入っている鷲尾は、23日の昼間、合鍵を使って絹一の部屋に入ってみた。
予想通り、無人である。
相変わらず、どこか寒々しい気配のなくならないダイニングルームのテーブルに、白い薔薇を一輪飾る。このために、クリスタルグラスの一輪挿しと、ミニサイズのペットボトルのミネラルウォーターまで携えてくる周到さだった。
メリークリスマスとハッピーバースデイを兼ねたカードも置いて、鷲尾は仕事に向かった。
23日、午後8時。
仕事から帰った絹一は、エレベーターまっすぐ鷲尾の部屋のあるフロアに走らせた。
鷲尾ほどには使わない合鍵で、中に入ってみる。やっぱり鷲尾はいなかった。
青い地に白い教会の切抜きの、「メリークリスマス」だけのカードを置いて部屋を出ようとして、絹一は、テーブルを振り返った。
自分の言葉など、何も書いていないカード。
余りにも味気ないだろうか。
迷ったが結局、そのままで絹一は部屋を出た。
24日、午前11時。
鷲尾は帰宅して、絹一のカードを見つけた。
着替える暇も惜しんで絹一の部屋に行って見たが、絹一はいなかった。
テーブルの上の白薔薇はそのままだが、花瓶の下に置いたカードはなくなっている。
気づいてはくれたらしい。
鷲尾は今夜も、そして明日も仕事が入っていた。こうも立て続けに仕事を入れるのは本意ではないが、相手の熱意に押された形になったのだ。
せめてクリスマスぐらい・・・。
そう言う彼女たちが可愛らしくも、自分と絹一のための特別な時間が取れないことが、ちょっと残念で、ほんの少しおもしろくなかった。
24日、午後7時。
今日が誕生日だと何気なく話したら、ギルバートは、なぜもっと早く教えてくれなかったとぼやいた。その口調から察するに、持って帰れないほどの花束でも贈られそうで、絹一はさっさと逃げ出して来たのだ。
出る際、ギルバートは、鷲尾の予定を訊いてきて、仕事を入れた鷲尾に半ば本気で腹を立てていた。
「クリスマス、まして恋人の誕生日だぞ! いったいあいつは何をやっているっ!」
マンションに帰ってからまず、駐車場を覗いたが、鷲尾の車はなかった。
念のため部屋にも行って見たが、やはりいない。
鷲尾の部屋は寒かった。
いつ帰ってくるかわかっていれば、部屋を暖めてやることもできたのにと、絹一は思ったが、鷲尾がそう軽軽しく仕事のことを話すことはないので、無理な相談だった。
25日の仕事は、昼間からだった。
そのせいで鷲尾は、絹一の部屋を覗く暇がなかった。
今の時間だったら、絹一はいたかもしれないのに。
だが、時間がおしていた。
25日、午後9時。
鷲尾は、めまぐるしかった三日間を思い返して、ため息をついた。
絹一は、ちゃんと食事をしただろうか。
タクシーを降りたあと、マンションのエントランスに入り、ロビーでエレベーターを待った。
地下から上がってきたそれに、絹一が乗っていた。
「・・・鷲尾さん。今帰ったんですか?」
「ああ、おまえもか?」
鷲尾はエレベーターに乗り込みながら尋ねた。
「なんで下から来るんだ、おまえ」
「・・・いえ、ちょっと」
階数表示のランプは、鷲尾の部屋のあるフロアのものしか点いてなかった。
それに鷲尾が目ざとく気づいたのを、絹一も感じたのか、ためらいがちに口を開く。
「・・・あなたの車があるかと思って、見てから来たんです」
「で、あったから、俺が部屋にいるかも、って思って?」
「・・・ええ」
「じゃあ、いいタイミングだったな」
「あの薔薇、ありがとうございます」
「こっちこそ、カードありがとな」
エレベーターが止まった。
「来るだろう、俺んとこ」
「・・・はい」