クリムゾン・ローズ
11月11日、午前5時。
人気のなくなったロー・パー、一樹は一人カウンターに座り、騒がしかった一日に思いを馳せた。
日付が変わった直後に、それこそ数え切れない程のハッピーバースデイを貰い、少しだけ眠ったあとも、自分よりバースデイを喜んでいる母に笑顔を贈った。家で開かれたパーティーには卓也や忍たちも勿論来ていたから、この日は一日中、周りに人が絶えなかった。
それでも何処か虚しいまま、一日が終わった。
今もまだ、恋人とも友人とも言えない微妙な関係が続いている。
冗談交じり、二人で過ごせたらといったのは何時の事だっただろうか。
花でも贈ろうと、言い出したのは彼の方だった。もう、忘れてしまっただろうか。
未練がましい女のように期待して、あと五分、あと五分と延ばしながらもう五時だ。
自分に嫌気が差し始めた頃、ドアの開く音を聞いた。
振り返るとそこには、背の高い男の、影。照明を落としてある所為で、よく見えない。それでも間違えるはずがなかった。
スツールから降りて、一樹は男と向き合った。
「Happy birthday」
耳に心地よい、綺麗なキング・イングリッシュ。左手には、白い薔薇の花束。
「驚いた。わざわざ来てくれたんですか?」
言いながら一樹は、自分はどれだけ嬉しそうな顔をしているだろうと思った。冷静を装ってみても、嬉しさは隠せそうになかった。
「花を贈ると言っただろう。遅くなって悪かった」
そう言って、男は花束を差し出した。仕事で遅れたであろう言い分けも、この男がするはずがない。
「本当に来てくれるとは思いませんでしたよ。向こうにいたって、あなたなら花ぐらいどうにでも出来るでしょう」
「二人で過ごしたいと言ったのはおまえだ」
「…覚えていてくれたんですね」
抱き着きたい衝動に駆られたが、薔薇を代わりに抱き締め辛うじて抑え込んだ。
「…でもこういう時は、赤い薔薇を贈るものじゃありません?」
「おまえには白の方が似合う」
「じゃあ、それは?」
男は一本だけ、白い花束とは別に赤い薔薇を持っていた。
「………」
束の間の、沈黙さえ愛しい。
表情が緩んだ気がしたのは気のせいだろうか。男はまた、薔薇を差し出した。
「花言葉は?」
「……愛している、だ」
言葉少なに語られる愛は、何よりも甘い。
「ふふ。あなたらしいね、一本だけなんて」
守りたいと言われたことはあったが、愛しているとはっきり言われたのは初めてだった。
引き寄せられ腕の中に収まってしまえば、そこは何処よりも暖かく穏やかだった。
「Happy birthday……、一樹」
流し込まれた声は熱く、これから吹き荒れるであろう快楽の嵐の予感を、一樹は全身で感じていた。