策士
「うーん?」
「どうした?」
事務所のソファーに座り込んだまま首をひねる一樹に、卓也は胡乱な目を向けた。
「いや……うん、なんでもない」
やんわりと微笑みを返した一樹の額に手を伸ばして、触れた肌の熱さに眉を顰める。
「お前……熱あるぞ」
「やっぱり?」
「そう思うなら休んでろよ」
ぼす、と一樹の頭を掴んで強引にソファーに寝かせた卓也が電話へと向かうのを、シャツを掴んで引き止める。
「おい」
「解熱剤くれない?」
何がどうあっても店には出る気でいるらしい一樹に、卓也は溜息を零しながら水と解熱剤を手渡す。
「……あ」
故意なのか不可抗力なのか、一樹の手を滑り落ちたコップが中身を盛大に一樹のシャツへとぶちまける。
「着替え……っておい、着替えどこにやったんだ?」
この間まで一樹の着替えが山のようにあった場所には何もない。
「ああ、夏用だったから全部持って帰った。明日ぐらいに冬用持ってこようと思ってたんたんだけど。どうしよう?」
困ったね、そう言いながら、一樹自身にあまり困っているようすは見うけられない。
「電話するぞ」
二葉へと事情を説明し、そのまま連れ帰ってもらおうと卓也が電話へと足を向ける。
通話を終えて振りかえった先で。
「おい。何やってるんだ」
「濡れたままの服って気持ち悪いでしょうが」
だからといって上半身裸では余計に寒いのではないだろうか。
ついでに、一樹には熱がある。
脱ぎ置かれたシャツを着せようとする卓也の胸元へと一樹のしなやかな指が伸びる。
「暖めてよ」
「おい。やめろって」
強く出るコトが出来ないでいるうちに、シャツはするりと脱がされてしまい、卓也は慌てて身を離した。
それを尻目に一樹が悠々と卓也のシャツを羽織る。
そして。卓也をちらりと見て含み笑った。
「今、何考えた?」