宝玉
昨日の天主塔での生誕祭から帰ってきてから、ずっと桂花の機嫌が悪い。
「桂花。いい加減機嫌直せよ、な?」
構ってくれと柢王が背中から抱きつくが、桂花は頓着しない。
「薬を作っているときは寄ってくるなといったでしょう?」
「だって、おまえが冷たいからさ」
機嫌が悪いと、桂花の作る薬は途端に怪しげなものになる。毒薬、媚薬、痺れ薬、自白剤・・・。
「今作ってんのはなんだ?」
「自我がなくなる薬です。一時的に、ですけど」
「おっかねーな」
柢王は桂花の髪に頬を押し付けた。桂花が低気圧なのは、昨日の守天の身代わりが原因だ。いつもは自分に蔑みの眼差しを向ける天界人たちにまとわりつかれて、すっかりうっとうしくなり、気疲れもしたらしい。
桂花にしてみれば、中身が自分だというのは何も変わらないのに、彼らの態度の豹変ぶりはなんとも醜悪だったらしい。
柢王と守天に拝み倒されて、仕方なく身代わりは引き受けたものの・・・。
「悪かったよ。許してくれよ、な? なんでも言うこと聞くからさ。
・・・でもよ、いつもみたいな目で見られるよりはマシだったんじゃねーの?」
「どこが?」
一気に部屋の温度が五度くらい下がりそうな声である。
「嘘でも、慕われているほうがいいだろ。おまえだって、周り中敵ばっかよりは、味方が多いほうがいいだろ? そこまでいかなくても、敵じゃない奴のほうがさ」
「冗談。軽蔑してる相手に慕われて何が嬉しいんです」
そこで桂花は手を止めた。
「天界人は吾を蔑んでいるけど、それは吾も同じです。自分より劣った相手に好かれたいとは思いませんね」
「桂花」
相変わらずの鉄壁の拒絶に、柢王は苦笑した。
「おまえがちょっと笑いかけてやりゃあ、大抵の奴は落ちると思うんだけどな。おまえだって、その方がいろいろとやりやすくなるぜ?」
「だから天界人におもねって媚を売って、ご機嫌伺いをしろと言うんですか? 柢王」
「そうじゃないって」
柢王はそっと白い髪を撫でた。
「ただ、おまえがちょっと態度柔らかくすれば、天界人だって味方にできるってことだ」
「なんで吾のほうがそんなことしなきゃならないんです。あんなのを味方につけて得になることがあるんですか?」
本気で言っている桂花を、柢王はさらにきつく抱きしめる。
・・・桂花にとって生きやすい環境を、この天界につくるなら、桂花のほうからの動きがいると思う。そうやって一度認められてしまえば、最初に折れたのがどっちだろうと、心地良さには変わらない。
ただ、今の桂花に言ってもまだ無理だろうなとは、柢王も思っていた。
桂花にとって、天界人は敵なのだ。
「・・・吾のためになるとでも?」
柢王は、桂花の耳から顎にかけての線をなぞった。
「こないだ、ティアんとこに来た査察の副長官が、おまえのことほめてただろ? あんときのおまえ、すごくいい顔してたぜ。だから、またあの顔見たくてさ」
しばらく桂花は黙っていたが、ややして身をよじって柢王から離れようとした。だが柢王はそれを許さず、ますます腕に力をこめる。
「昨日は、嫌な思いさせてごめんな。・・・きっとこれからも、俺はおまえに嫌な思いさせると思う。でもさ、おまえを認める奴が多くなったら、おまえ少しは楽になるかと思うんだ、俺は」
桂花は何も喋らない。
「ずっと俺がいるからさ。認められてないのは俺も同じだもんな。二人で、がんばってこうぜ。な?」
「柢王・・・」
「時間はたっぷりあるんだからさ。ずっと二人で行こう。一緒に」
「一緒に・・・?」
「ああ、ずっと」
おずおずと、桂花の手が自分を抱きしめる柢王の腕に触れた。
「桂花・・・桂花」
あとはずっと、柢王は桂花の名前を呼んでいた。