投稿(妄想)小説の部屋

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No.126 (2000/09/27 01:43) 投稿者:まい

TROUBLE ON MONDAY

「池谷、駅まで一緒に行こうぜ」
 放課後の生徒会の仕事が終わり、腕時計を見て、二葉と待ち合わせの時間までまだ余裕があるな、と俺が安心して溜め息を吐いたとこで、最近全校女生徒のハートをがっちりキャッチしているさわやかコカ・コーラスマイル全開でそう話しかけてきたのは、生徒会長の朝井だ。
 またきたか…。俺は朝井には気付かれないように、今度はそっと「どうしよう」の溜め息を吐いた。
 晴れて生徒会の副会長となった俺、池谷忍は、会長であるところの朝井と行動を共にすることが、最近必然的に多くなった。
 プラス、朝井がどうしても俺のことをかまいたがるので、学校ではこいつと一緒じゃない時間の方が少ないかもしれないという、危機的情況に陥っている。
 普通なら微笑ましい友情、ってところなんだけど、何が問題かって、俺にはものすごく嫉妬深い恋人がいるのだ。
 朝井の、俺に対する感情は、「弟のように可愛がりたい」ってやつらしいのは、二葉には一応説明してある。
 だからいらん心配するなって言ったんだけど、二葉はやっぱり気に食わないみたいで、「あいつには気をつけろ!」って釘を刺されまくる始末の今日この頃。
 そんな、男が男に惚れる…って、日常茶飯事的に起こることじゃないと思うんだけどな。
 二葉が嫌がることはしたくないけど、朝井とは、これから友達として、結構うまくやっていけるのではないかという予感が俺にはあった。
 強引なところは、ちょっと嫌いだけど。いや、その強引なのに俺は弱くて、そんな自分が嫌なだけかも。ワンパターンなんだ、俺。二葉も小沼も強引で、でも「仕方ないな」、って苦笑いしながら付き合うっていうのは、嫌いじゃないんだ。
 しかし!
 今日ばっかりは、こいつに付き合っている場合じゃない。
 今日はこれから二葉と待ち合わせしてるんだ。しかも、うちの学校の最寄りの駅で。
 二葉が前から見たがっていた映画を2人で観て、それから久しぶりに小沼も交えて3人で夕食を食べる予定。
 朝井と2人並んで、仲良く駅まで行ってみろ!? どんな「おしおき」をされるか、分かったもんじゃない!
「ごめん、今日は…って、ちょっ、なにしてんだっ!」
 俺がうだうだ考えている間に、器用な手が俺の手からカバンをするりと奪い取る。
 それから、俺のカバンを持ったまま、どんどんドアに向かって歩いていってしまう。
「ほら、池谷、行こうぜ」
「誰がっ、お前と帰るなんつったよ!?」
「いーじゃん、どうせ駅までは一緒だし。なにもトイレに一緒に行こうっつってるわけじゃないんだから」
「冗談! なんで、トイレなんかにお前と一緒に行くんだ!」
「だろ? だから、駅まで一緒しようって」
 朝井はまたにこっ、と笑うと、俺のカバンを持ったまま、生徒会室から出ていってしまった。
 …なんで、「だろ?」なのかよく分からないのだが…。とにかく、カバンを奪回せねばと、俺は急いで朝井の後を追って、生徒会室を飛び出した。

「…ねえ、カバン返してよ」
 駅までは歩いて15分くらい。それまでに、なんとかこいつからカバンを取り戻して、逃げなきゃヤバイ。
 俺は諦めて「駅まで一緒」をOKしたふりをして、右手を朝井に捕えられている、自分のカバンに伸ばした。
「いーよ。これ重いし」
 朝井はそう言って、カバンを俺とは逆の方に持ち直してしまう。
 試験前だから、今週から俺は教科書を全部ちゃんと家に持って帰ることにしている。
 確かに重いけど、俺は小沼じゃないんだから、それだけで手が赤く腫れたりはしない。
「そんなに重くないってば。いいから、返してよ」
「じゃ、池谷はこれ持っててよ」
 カバンの代わりに俺に持たされたのは、B5くらいの大きさの紙袋。
 中を覗くと、文庫本が何冊か入っている。
 もう、なにを言ってもカバンは返してくれないらしいと、俺は本格的に諦めて、渡された紙袋をしっかりと握った。
 二葉と約束したのは5時。今は4時ちょっと過ぎだから、駅に着くのは遅くとも4時半。大丈夫、そんなに早くから待ってないだろう。
 朝井はどんな本を読んでいるんだろう…そういえば、あいつよく本読んでるよな…。俺がそう思って紙袋の中身をもう一度見ると、朝井が「今日図書室で借りてきたんだ」と説明した。
「試験前なのに、余裕だね。…あ、『カフカ』…それから、『武蔵野』に…」
「あと、『限りなく透明に近いブルー』」
「『カフカ』か。俺、中学生の時かな、読んだの」
「面白いよな。俺が初めて読んだのは小学生の時でさ、あん時はよく分かんなかったけど。今読み返すと、すっげー面白いのな」
「分かる、分かる。大人になってから読んだら、また別の面白さがあるんだろうね」
「そうそう、本当に面白い本ってのはさ、1回読んだだけじゃ終わんないよな」
「『武蔵野』、俺すごい好きなんだ」
「柳田国男ってさ、短編だからこそイイって思わねえ?」
「あー、そうだね。アレで長編だったら、ちょっと読んでてもたないだろうね」
 朝井って、なにげに文学青年だったんだ…と驚くと共に、俺は自分が朝井との会話にのめり込んでいっているのを感じた。
 こういう会話って、小沼とはとてもじゃないけどできないし、二葉ともしないし。
 インテリっぽいけど、こういう、好きな本の話をたくさんできるって、すごく嬉しい。
「池谷と俺って、本の趣味すげー合いそう」
「そっかな?」
「じゃあさ、アゴタ・クリストフとかは読んだこと…」
「あるあるっ! 面白かった、あれは!」
 それから、話は国外・海外取り混ぜて推理小説から純文学、エッセイなんかにも広がっていって…。
 15分というのは、存外短いものだ。
 朝井との会話に熱中していた俺は、もうとっくに駅に着いていて、更に10メートルほど離れた場所から、突き刺すような視線が向けられていることに、ちっとも気付かなかった。
 自分がものすごくヤバイ情況に置かれているというのに気付いたのは、朝井の瞳に挑戦的な光が宿り、俺から視線を外したからだった。
 そこで俺はやっと、もう駅に着いたんだってことに気付いて、それから…。
「ふふふふふふふふふふふふ二葉っ」
 思わず出してしまった声は、見事に裏返っていた。
 駅前にあるファーストフード店のガラス越しに、般若のような形相でこっちを睨み付けているのは…二葉・フレモント…嫉妬深い俺の恋人に、どうやら間違いないようだった。
 握り締めた手の中で、ポテトがぐっちゃぐちゃになっている。
 あ、あわわわわわ…。
「池谷、あいつと待ち合わせ、してたの?」
「う、うん…」
「ふーん」
 朝井はなにか企んでいるような顔で、俺と二葉を交互に見て、二葉がダッシュで店から出てくるのを楽しそうに眺めながら、俺の手から紙袋を取った。
 それから、ずっと奪われたままだった俺のカバンをやっと返してくれて。
「じゃ、続きはまた、明日な。楽しかったぜ、池谷♪」
 すぐ側まで来ていた二葉にも聞こえるくらいの声量でそう言うと、くるりと踵を返した。
「…おい」
「な、なんでしょう」
「ずいぶんと楽しそうだったな」
 二葉はもう、俺の横まで来てたけど、怖くて隣を見上げることができない。
「カバンまで持ってもらっちゃって」
「ちが…っ! あいつが、勝手に持ってっちゃって。それで、俺…」
「『続き』ってのは、なんだ?」
 朝井の最後のセリフは、やっぱりしっかり二葉に聞こえていた。
『また、明日な』ってのも、気に食わないんだろうな。二葉はよく、俺と一緒の学校じゃないことを悔しがっているから。
「小説の話、してたんだ。か、川端康成とかの…」
「そんなの、俺と話せばいーじゃねーか。川端って、あれだろ、『北国』書いた…」
「……『雪国』だけど」
 言った瞬間、しまった! と思った。
 恐る恐る、青ざめた顔を上げると、二葉の顔がぴくぴく引き攣っているのが目の端に写る。
 地雷、踏んじゃったみたい…。
「(1)これからホテル直行。(2)そんでもってお仕置き。(3)更に縛りアリ。…異議はないな?」
「あるに決まってるだろ! 絶対、ぜーったいヤだ! 今日は小沼とも約束してるんだし、 明日も学校あるんだから!」
「そんじゃ、週末までとっとくか? 利子つくけど」
 利子って…利子ってなんだよ!?
「一日延長につき、そうだな…」
 二葉はいやらしーい笑みを浮かべると、そっと俺の耳に卑猥な言葉を流し込んだ。
「……!!! ばかっ、なに考えて…!」
「本気だぜ?」
 確かに…ここで逆らえば、本当にこのままホテルに連れ込まれて、今日中に帰してもらえるかどうか…。
 でも、でも…できない、そんなこと!
 日曜日までの利子っつーと、6日分で……ぎゃーっ! できない! 無理だ、絶対!
 二葉が、意地悪く「どうする?」って聞いてくる。
 ホテル直行か週末利子一括払い…どっちも嫌だけど、死んでも嫌だけど…。
 でも、だからって、このテのことで二葉に逆らえたためしがない。
 俺は沈みゆく太陽を見つめながら、「助けて、小沼…」と震える声で呟いた。


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