禁色
あたりはしんと静まりかえった。
元帥である柢王に、中隊長程度が直訴するのも異例のことだが、何よりその内容が、周囲の柢王配下の千人の兵士の言葉を奪った。
魔族の指示で動くくらいなら軍をやめる。
そう訴えた彼、50の兵を預かる中隊長軌彗(きすい)の言葉は、おそらくその場にいる兵全員の思いだろう。
柢王はそう思った。
柢王があまり長く黙っているので、第一大隊の隊長が、答えを促すかのように、柢王様、と声をかける。
柢王の傍らで、副官の桂花はただ黙って佇んでいた。
「・・・軌彗中隊長の言いたいことはわかった。桂花が副官なのが不満なんだな?」
桂花が、というより魔族が、だ。柢王はもちろんそれをわかっている。
だがあえてそう言った。軌彗をうなずかせるために。
果たして、軌彗はうなずいた。
「なら、桂花が副官にふさわしい力量を持っていることを示せば、文句はないな? ・・・桂花」
「はい」
静かに桂花が応じる。
「軌彗中隊長と立ち会え。おまえが俺の副官にふさわしいことを証明しろ」
「はい」
「て、柢王様!」
「軌彗中隊長が勝ったら、桂花の副官の任を解く。桂花が勝ったらそのままだ。いいな?」
柢王は二人が戦えるだけの広さに兵を下がらせた。
剣は鞘付きで、空中戦はなし。
軌彗と桂花が輪の中心に進み出たのを見やってから、柢王は命じた。
「始め!」
桂花を副官にすると決めたときから、これは予想していたことだった。
「あーあ。痣になっちまってるな」
柢王は湯上りの桂花の体を引き寄せた。
桂花の紫微色の肌には、いくつも痣が散っている。手加減なしの軌彗に打たれた痕だった。
普段は余り意識することのない、桂花の白い血。その存在が、こんなときははっきりわかる。紫微色の肌に浮かんだ痣は白い。
柢王はそっと、痣のひとつに唇を押し付けた。
「ちょっと。痛いんですけど」
その抗議にも構わず、柢王は唇を這わせる。肩、腕、背中・・・。
「・・・怒ってるか? 桂花」
「何をです?」
二人だけの小さな家。ここにいるときが一番ほっとした。
「立ち会わせたことを、さ」
「なんで?」
「んー・・・」
柢王は濡れた髪に指を潜らせる。
「痛かっただろ?」
「別に、それほどでも。あなたにしごかれる時ほどじゃありませんでしたね」
「やっぱ俺の方がうまいだろ?」
「何がうまいんですか、もう」
桂花は、肌の上を滑る柢王の手の感触に身を震わせて、ついにはその手をぺシッと叩いた。
「ほら、もう離れてください、くすぐったいから」
だが柢王は離れようとはしなかった。
桂花を人に認めさせようと思ったら、桂花に痛い思いをさせなければならない。それは、柢王が代わってやることのできない痛みだった。例え柢王がさせたことであっても。
代わってやることはできないけれど、桂花が痛い思いをするときには、いつもそばにいてやりたかった。
「・・・柢王、ちょっと、いい加減にして下さい。今夜はお相手できませんよ」
「わかってるよ。ただこうしてるだけだから、な?」
柢王は桂花の寛衣を剥いで、寝台に桂花ごと倒れこんだ。
「・・・まったく・・・」
灯りを消してしまうと、部屋はほとんど真っ暗だ。
「ほんっと、おまえって綺麗だよな。知ってるか? 人界じゃ、白と紫ってのは、一番高貴で綺麗な組み合わせなんだぜ」
おまえの色だな、と柢王は桂花の肌を舐めながら呟く。
高貴、ね・・・と桂花が皮肉げに笑った。
「こんなに暗くちゃ、何も見えないでしょう。吾はともかく、あなたは」
「見えなくたってわかるぜ。おまえのことなら、全部」
髪の色、肌の色、刺青、一筋の尾髪。桂花のことなら、もう体が覚えてる。意地っ張りで、寂しがり屋で。警戒心が強くて、甘えん坊で。
白と紫の綺麗な魔族。
「天界で一番高貴な色は黄色でしょう?」
「俺にとっての一番は白と紫なんだって」
今は痣も白かった。それを探して、柢王は暗闇の中、桂花の呼吸と体温を感じながら紫微色の肌に指を這わせていた。