消えない花火
夏休み最後の土曜日。
ティアランディアに誘われて、アシュレイは海辺の花火大会に来ていた。
小さい頃から友達だったけど、二人だけで花火を見に行くなんてことは初めてだった。
着慣れない浴衣が少し苦しい。
アシュレイは襟元をゆるめようとしたが、もしかしてこれは、二人きりという雰囲気に緊張してるだけなのかも…と思った。
「とても似合ってるよ、その浴衣」
微笑みながらティアランディアにそう言われると、アシュレイはなんだか恥ずかしくなった。
おまえの方が似合ってるじゃん…と言い返したけど、せっかく誉めてもらったから、やっぱり襟元はそのままにしておいた。
海辺についた二人は砂浜にシートを広げて、自分達の場所を作った。
花火があがるまで、あと1時間。
ずっと波の音を聞いているのもいいな…とティアランディアが思ったとき、隣から「ぐぅ」という音が聞こえた。
「…んだよっっ!! その目はっっ!?」
「…何か買ってこようか? ここに座っててくれる?」
「俺も行く」
立ちあがったティアの手を引っ張って、アシュレイも立ちあがる。
こんな浮かれた場所じゃ、何があるかわからないから。
自分がついててやらなきゃ、とアシュレイは思ったのだった。
たこ焼き(アシュレイ希望)と麦茶を買って戻ってきた二人は、あつあつのそれを分けあった。
「あち、あち、はふっ、んっ、うまいっ♪」
「ん、おいしい♪」
ここのたこ焼き、タコが大きくって当たりっ! と喜んでるアシュレイを見てると、ティアランディアも嬉しくてたまらなかった。
そんなに好きなら今度作ってみようかな…などと考えてしまうほどに。
お腹もいっぱいになって、風も涼しくなった頃、少し眠気がやってきて、とろ…となった時だった。
「あっ…」
夜空に1つ、大きな花火があがった。
それを合図に、次々と打ち上がる花火。
夜空と海の境もわからないくらい、空には大輪の花火が、海には散りゆく花火の光が、揺れていた。
アシュレイはその光景から目が離せなくて…。
ティアランディアが、そんな自分をじっと見つめていることにも気がつかなかった。
花火に見惚れているアシュレイの横顔を、ティアはずっと見ていた。
アシュレイは口を少し開けたまま、吸い込まれるように花火を見続けている。
そんなアシュレイを見ているだけで、自分は嬉しくて幸せで。
おまえと一緒に見れてよかった…と心の中でつぶやいてた。
ティアランディアが、花火に視線を戻したとき。
アシュレイは、ティアの方を向いた。
こんなに綺麗な花火、生まれて初めて見たような気がする。
何度か友人同志で見に来たりしていたけど、そのどれとも違う感じがする…とアシュレイは思った。
もしかして…隣にいるのが、一緒にいるのが彼だからなのかな…と。
ティアにはどんな風に見えてるんだろう、この花火…。
そう思ったら知りたくて、聞いてみたくて、横を向いていた。
だけど、聞こうとしたけれど…、何て言っていいのかわからない。
それに…花火の光がティアランディアの横顔を照らし出して、あんまり綺麗で…。
「そろそろ終わりかな」
ティアランディアの言葉通り、花火は最後の仕掛けに入っていた。
「なに? どうなるんだ?」
アシュレイがそう言うと、ティアは笑いながら内緒…と言った。
その瞬間。
花火が真上から自分達に降ってきた。
「うわあ…!!」
海も空も目に入るものすべてが、降りそそぐ花火の光に染められて、どこか違う世界にいるみたいだった。
そしてこの夏最後の花火大会は終わった。
真っ暗な夜道を二人で並んで、ゆっくり歩いて帰る途中、ティアが言った。
「…花火に見惚れてたね。楽しかった?」
「うん」
「おまえと見たかったんだ、二人で」
「…恥ずかしいこと言うな」
「おまえはどう思ってたの?」
「…俺は」
自分が聞きたかったことを、彼から聞かれてしまった。
どうしよう、正直に言ってもいいんだろうか。
アシュレイは少し迷った。迷ったけれど―――。
「俺は、おまえと見れてよかった。忘れない、この花火は」
「…ありがとう、アシュレイ。私も忘れない」
自分の言った言葉に赤くなって視線をそらしたアシュレイは、
ティアランディアの言葉を聞いて、もっと赤くなった。
だけど、ティアがどんな顔をしているのか見てみたくって…。
視線を少しだけ戻すと、嬉しそうに笑ったティアの顔が見えた。