投稿(妄想)小説の部屋

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
投稿はこちらのページから。 感想は、投稿小説専用の掲示板へお願いします。

No.37 (2006/05/31 18:15) 投稿者:モリヤマ

謝恩会 (後)

「一樹さん、卓也さん、今日はお休みのところ、俺達のために足を運んでくださってありがとうございます」
 言葉を区切ると、俺は深く一礼した。
「昨日二葉が卒業して、その前に俺も卒業して、…そのずっと前に小沼は自主的に卒業…というか退学したわけですが、」
「いんだってば、自主卒業でっ」
 すかさず小沼が小さく叫ぶ。
「えっと、自主卒業したわけですが、とにかく、そうやって、俺達が無事卒業できたのも、親や学校の先生達やクラスメイトや…いろんな人たちの手助けがあったからだと思ってます。感謝してます。」
 俺の言葉に、一樹さんも卓也さんも、うんうん、と保護者のような顔で頷いている。
「えっと………」
 一応言おうと思ったことを下書きして練習までして来たのに…。
「…あの、………」
 いざとなると、いろんなことを思い出して言葉に詰まる。
「忍はね、一樹と卓也にもお礼を言いたいんだって!」
「俺達に…?」
 小沼の言葉に一樹さんと卓也さんが少し驚いたように俺を見る。
「もちろん、忍は俺や二葉にも感謝してるはずなんだけどっ」
 ねっ?と小沼も俺に向かって綺麗に笑う。
「やっば日本では年功序列が大事だしさっ」
 なに言ってんだ…。と呆れ顔で深く息を吐く卓也さん。
 あははは、と声に出して笑ってる一樹さん。
 あいつ、四文字熟語なんて知ってんだなー、と妙なとこで感心してる二葉。
 ていうか、年功序列の意味、分かって使ってるのか小沼…。
「そんなわけで、一樹や卓也には、俺と二葉も多少なりともお世話になったっていうか、そんな感じだしさっ」
「多少じゃないだろ。しかも世話だけじゃなく、迷惑もかけられてるぞ、充分すぎるほどな」
(ご、ごもっとも…)
 俺は心で思ったけど、二葉と小沼は「えー?そうかー!?」「そんなことないよねーっ!?」と二人だけで同意しあってる。
「でもまあ、今日は年功序列だし、一応一樹と卓也を立てとくけどね!」
「俺達って大人だよなぁ…」
 年功序列?
 大人??
 渋々ながら、腕組みしてそんなこと言ってる小沼と二葉に、俺はなんだか熱が出そうな気がしてきた。
「わ、わかったから、ちょっと二人とも黙ってて」
 小沼だって二葉だって、一樹さんや卓也さんに感謝してないはずない。
 この話を持ちかけたときも、まだ会場(ローパー)の確保すらどうなるかわからなかったのに、賛同して手伝ってくれた。
 …ふたりとも、なかなか言葉が続かない俺のために言ってくれてるんだ。
「えっと…すみません。あの…」
 でも、なんて言えば、いま自分が『ここ』に立っていることへの感謝を、わかってもらえるだろう。
 なんて言えば………。
 この場にふさわしい言葉は、それこそいくらでもあるだろうに。
 …そう、ただ「ふさわしい言葉」というだけなら。
 そうして、俺は不意に二葉と見たサンタバーバラの海を思い出す。
 目の前で、ゆっくりと太平洋が目覚めてゆくパノラマと、心が洗われるような、あの時間―――。
 俺が伝えたいのは、自分の気持ち。
 綺麗なだけの、型に嵌った決まり文句や美辞麗句なんかじゃないんだ。
 ……うん。
 なにも飾る必要はないし、思うままを言葉にしよう。
「もし一樹さんや卓也さんがいなければ、ここにこうして立ってる俺はいませんでした。もちろん…」
 そうして、小沼と二葉に視線を移す。
「小沼がいなければ、ここにいる誰とも知り合えなかったし、二葉がいなければ、俺は今の俺ではなかったと思います。でも、それだけじゃ、俺は俺じゃなくて…。俺は、たぶん…自分が嫌いでした。けど、今は結構気に入ってます。というより、好きです。もちろん、まだまだ駄目だなって自分で思うとこたくさんあるけど…嫌いじゃないんです。こんな気持ちになれるなんて、あのころの自分は思ってなくて。それも、全部、小沼と二葉が、俺の隣にいてくれたからで。そんな小沼と二葉を俺の隣に置いてくれたのは、一樹さんと卓也さんだと思うんです」
 はじめて会ったとき。
 二葉や小沼とうまくいかなくなって、もう駄目かもしれないと目の前が暗くなる思いでいたとき。
 手を差し伸べて、また小沼や二葉の前に背中を押してくれたのは、まぎれもなく一樹さんで、卓也さんだった。
 いつも、小沼と二葉に、そして一樹さんと卓也さんに助けられた。
 どれだけ感謝してもし足りない。
「一樹さんと卓也さんには、勉強だけじゃなく、もっと大切なことを教えてもらいました。直接的でも間接的でも、俺は、言葉にできないくらい、一樹さんと卓也さんに感謝してます。本当に…心から、ありがとうございます。俺にとって、誰より、なによりの恩師です」
 あ…駄目だ。ちょっと涙声っぽくなってる。
 別に泣きたいわけじゃないのに。
 俺、カッコ悪すぎる…。
「忍っっ…!!」
 沈黙を破って、いきなり小沼が抱きついてきた。
「俺も、俺もっ…おまえに会えてよかった…っ。俺もっ、おまえにいっぱい助けてもらったよ」
 特に試験の時にな、と一樹さんと卓也さんのツッコミが同時に聴こえる。
「俺はっ、ガッコー辞めても辞めなくても、俺でっ。おまえだって、近くにいてもいなくても、たとえアメリカ行っちゃっても、おまえだからっ…。俺達ずっと友達だから…っ」
 うわーん!!と、なぜか小沼が号泣してる。
「当たり前だろ。…バカっ」
 今度は二葉までが目を潤ませてる。
 なぜだ、小沼? どうしたんだ、二葉!?
 俺、なんか泣かせるようなこと言ったのか?
「はいはい。泣かない、泣かない」
 一樹さんと卓也さんは、それぞれ二葉と小沼の頭に手をやると、子供にするように優しく撫でた。
「おまえたちは、いつまでたっても変わらないな…」
 呆れたような口調なのに、一樹さんの目がすごく優しい。
「弟の面倒見るのも、離れてもずっと友達なのも、当たり前のことだろう?」
 一樹さんの言葉に、二葉は「俺は泣いてないからなっ」と小さく抗議してたけど、一樹さんは小さくウインクしただけで、俺のほうに目を向けた。
「二葉も桔梗も、忍が言葉にして伝えてくれたのが嬉しかったんじゃないかな。…いいこだね、忍」
 一樹さんの言葉に、卓也さんも頷いて俺を見てる。
「俺や卓也は、俺達以上に、おまえたちから幸せをもらってるよ」
「そんな…」
「俺達のほうが、感謝したいくらいだ」
「…そんなことっ」
 もし、あのとき小沼に会っていなかったら。
 もし、あのとき二葉に会ってなかったら。
 いろんな「もし」があるけれど、いま俺が、俺達がこうしていられるのは、決して自分達だけの力じゃないんだ。
 俺は無意識に首を振り続けてたらしい。
 そんなにしたら目が回るだろう?と、一樹さんは立ち上がり、俺にくっついてた小沼を引き剥がして卓也さんに預けた。
 そしてその腕の中に俺を優しく包み込む。
「こちらこそ、ありがとう。忍」
「一樹さん…っ」
「…こんなことなら80パーセントじゃなく100パーセントオフにするべきだったな」
 手付金だけでもお釣りが来るよ、と笑みを含んだひとり言のような一樹さんのつぶやきが聴こえた。
(…だから、言えなかったんです)
 心の中で答えを返す。
 小沼に連れられて初めて一樹さんと卓也さんに会った場所が、このローパーだった。
 今日のことを考えたとき、場所はここしか思いつかなかった。どうしてもここでやりたかった。
 でも、これだけは一樹さん達の手助けなしで、自分達でやらなくちゃ意味がないから…。
 小沼が昨日直接手渡したインビテーション・カードには、日時と差入れ辞退と招待したい旨しか書かなかった。
 一樹さんと卓也さんには、保険で今日他の予定が入らないように、二葉と小沼がそれぞれ違う名目でふたりに約束を取り付けてもらって。
 だから突然の招待に、一樹さんも卓也さんも面食らいながらも俺がローパーを借りたいと申し出た理由に納得がいって、俺達主催の一種の「卒業パーティ」みたいなものだと思って来たんだと思う。
 けど、そうじゃないんだ。
 自分のためじゃなくて、いや確かにある意味自分のためではあるんだけど…。
 どうしてもきちんと伝えたかったんだ。
 無事卒業できてひとつの区切りがついたこのときに、いや増すばかりの感謝の気持ちを…。
「これでお払い箱なんて言わないで欲しいな。二葉にも桔梗にも、まだまだ兄貴として頼られたいと思ってるし、忍にも頼ってほしいと思ってるんだから。ね?」
 俺は頷くだけで精一杯だ。
 学校は卒業できても、一樹さんたちから卒業なんて100年経っても無理なのかもしれない。
 ていうか、100年後の一樹さんたちや俺達……。
 想像して、ちょっと心の中で笑ってしまった。
「じゃあ乾杯して、ご馳走いただかせてもらおうか」
「…はい」
 なんとか声を絞り出し、席に着く。
 感謝できることの幸せを噛み締めながら…………。

終。

-*-*-*-*-*-*-*--*-*-*-*-*-*-*--*-*-*-*-*-*-*-

余談ですが。
ちなみに、そんな忍と一樹を6つの瞳がじっと見つめていました。

  桔梗 「…いいの〜? 二葉」
  二葉 「一樹には俺も忍も世話ンなったし。…そっそれに、大人だからな、俺はっ」
  桔梗 「ふぅ〜ん?(笑)」
  二葉 「…大人だから。大人だから。……大人の限界かもっっ。忍ーー!!(涙)」

  卓也 (そりゃ確かに、一樹には世話になっただろうが…)

      ―――その分、ちゃっかり一樹に遊ばれてるぞ?

不憫だと思いつつ、真実を告げられない卓也でした。


この投稿者の作品をもっと読む | 投稿小説目次TOPに戻る