投稿(妄想)小説の部屋

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No.10 (2006/02/08 12:49) 投稿者:モリヤマ

囁声のない幻夢(ゆめ)・3(黄門漫遊記2)

「――兄様っっ」
「ティア!!」
「守天様!!」
「守天殿…!」
「「「「「黄門さまっ…」」」」」」
 守天のまぶたが微かに震え覚醒すると、周りに歓声があがった。
「…なに。どうしたの? みんなそろって」
 いまひとつ状況を把握できない守天だけが、驚いたまま固まっている。
「よかった…」
 小さくつぶやくような声のほうを見ると、隣に横たわりこちらを見てるアシュレイの赤い眸が安堵で潤んでいる。
「アシュレイ…」
「おかえり、ティア」
「ただいま、アシュレイ」
「カーッ!! 人に心配させといて、なに二人だけの世界作ってんだー!?」
 ほっとしたような、少し照れくさいような気持ちで見つめあう二人の間に、すかさず幼馴染で親友の男が滑り込む。
「あ、ああ…柢王、ただいま」
「ただいまじゃねーっつーの!!アシュ…っと、飛猿まで勝手に行っちまいやがって、俺達がどんだけ心配したかわかってんのか!?」
 孤児院の教師や子供達の様子と違い、見れば仲間達の顔はどう贔屓目に見ても「喜怒哀楽」の「喜」というより「怒」系に見える。
「…悪かった。すまない」
 ティアを連れ戻すためにしたことについてなら絶対後悔はしないアシュレイだったが、単独行動も心配かけたのも、仲間には悪かったと思ってる。素直に認め謝ると、への字気味だった仲間の口元が緩んだ。
「とにかく…何ごともなく、本当によかった」
「今回は譲ったけど、次回は絶対譲りませんからね!」
「いやホントよく無事に戻ってこれたなー」
「戻り方も知らずにどうするつもりかと案じていたのですが」
「ケッ! 夢から覚めれば現実に戻るってのは常識だっ!」
 しおらしい態度に反省してるのかと思ったのも束の間、やはりいつものアシュレイだった。
 (……さすが、野生児)
 (……野蛮人っっ)
 (……常識つーより、本能だろ)
 (……やっぱり、サルだ)
 そして、ゴーイングマイウェイ的アシュレイの返答に、微妙なニュアンスの違いはあるけれど、似たようなことを心で思う仲間達だった。

 その後、ティアとアシュレイの二人は気遣う院の教師や子供達の気持ちを無下にもできず、孤児院の応接室を借りて休ませてもらうことにした。二人だけのほうがゆっくりできるだろうと、教師も仲間達も早々に退室していった。
 そうして、桂花は医務室の薬の相談に乗ったり、他の3人は新しく遊具を作ったり子供達の遊び相手になったり夕食の手伝い(味見係)をしたりと、それぞれボランティア活動にいそしんだ。

「ごめんね」
 二人だけになった途端、ソファにもたれて座るアシュレイと対照的に、その隣で姿勢を正したティアが、夢の中と同じ謝罪の言葉を口にした。
「おまえのせいじゃない。謝るな」
「でも…」
「その話は終わりだ」
 アシュレイはそれきり横を向いて、黙ってしまう。
「怒ってる…?」
「だからおまえのせいじゃな…っ」
「だって、すごく心配かけたから!」
 アシュレイの言葉をさえぎってティアが言い切る。
「君が来てくれたときね、君の気持ちがわかったような気がしたんだ。…君、すごく心配してた」
 …なのに、とティアの声が小さくなる。
 気になり、そっとティアのほうに視線を戻せば、完全に頭(こうべ)をたれている。
「なのに、嬉しかったんだ、私は。君が私のことを考えてくれて、そんな君の心がわかって、君の心とひとつになったみたいで…。ごめんね」
「…て、いい」
「え?」
 不明瞭な返答にティアが顔をあげると、いつのまにこちらに向き直っていたのか、アシュレイが守天の目を見てはっきりと言った。
「気にしなくていい。今回のことは、俺の責任だから」
 近くにいたのに守れなかった、という後悔のほかにも、アシュレイは自分を責めていた。
「…俺は、ここに来たかったんだ」
 ここには魔族に親を殺された子供たちが集められている。
 そう話した彼のことは、絶対忘れない。
 自分の部下になりたかったと告げた、まっすぐな瞳の副官候補。
 ここに来て、迷う気持ちを振り払いたかった。
 自分はどうしたいのか。自分は、どうありたいのか。
 分かっているはずなのに、ティアの告白からこっち、自分なりに答えを出してティアにも話した。なのに、それでもまだなんだかもやもやしてる。
 ティアの、というより、定まらない自分の気持ちに戸惑うことがある。
 でもそのせいで、そんな自分の揺らぎが原因で、やるべきことがおろそかになりでもしたら…。
 もし集中力を欠きでもしたら、もし一瞬の判断に迷いが生じでもしたら、もし対処が遅れでもしたら…。
(取り返しのつかないことになる…)
 最悪の想像に、背筋が凍る。
「アシュレイ…?」
 小さく身震いしたアシュレイに、守天が伺うように声をかける。
 アシュレイは落ち着くためにひとつ大きく息をつくと、いつのまにかそれていた目線を戻し、大丈夫だと強い気持ちを込めて守天を見る。
 目の前の守護主天。なによりも大切な唯一無二の存在。
 それ以上に、ティアだから、守りたいと思う。
 そしてここにも…。
 アシュレイは視線を巡らし、まだ新しい建物を見た。
 ここにも、守りたい命がたくさんある。
 そして、守りたかった命があった。…たくさん、あったんだ。
 ――なんのための武将なのか。
 魔族を倒すのは、闘うのは、守天を、ティアを守るため。でもそれだけじゃない。
 アシュレイは、冠帽の下の角を意識した。
『強さの証し』
 不吉だとか呪いだとか、およそいい意味では囁かれることのなかったこの角を、そう言ってくれたのは目の前の幼馴染と副官候補だけだった。
 どうして、なんのために自分にだけ角があるのか。
 子供の頃から、わからなくてひとりで怒って泣いて悩んで…。今だって、意味も理由もわからない。誰も教えてくれない。
 でも、ひとつだけわかることがある。
 この角は、強さの証明。
 なんのために強くあらねばならないのか。大事なものは、守りたいものはなんなのか。
 …ここに来たのは、おまえにもう一度言って欲しかったのかもしれない。
「…ティア」
 呼びかければ、さきほどから言い悩む様子のアシュレイに、優しい瞳が先を促す。
「俺は…」
「うん」
「俺は…、おまえが思うより、ちゃんとおまえのこと好きだからな! 忘れんなよっ」
「・・・・・」
「おまっ、…なに赤くなってんだっ、恥ずかしいだろっ」
「…だって、不意打ちでそんなこと言うから」
「おっ俺のせいかっ!?」
「ちっ違うよ。…ごめんね」
「だから謝るなって!」
「うん。ありがとう、嬉しいよ」
 …それがまだ、親友に対しての言葉だとしても、ね。
 ティアは、そっと心の中でささやいた。
 待つと決めたから、今はその言葉だけでも嬉しいよ。
 それに私は、君が想うよりも、ずっと君が好きなんだから…。

「また来てねーーーーー」
「黄門さまーーーーーっっ…」
 一夜明けて、涙と鼻水で別れを惜しむ子供達と恐縮しまくる教師達に見送られて、黄門一行は孤児院を後にした。

「次はどこに行きましょうかっ?」
「そうだね」
「八、おまえそろそろ戻って塾に顔出しといたほうがいいんじゃねーか?」
 守天の横を楽しげに歩くカルミアに、離れて歩く柢王が唐突に現実を突きつける。
「確かに。旅のせいで出席日数が足りず留年でもしたら、将来王となる八にとって好ましいことではないな。八、すぐにでも戻ったほうがいい」
「えっ!?えっ!?えーーーっっ!? イヤです、これからも兄様と一緒に行きますー!!」
「「留年してもいいのか!?」」
「うっ………」
 柢王と山凍のハモった言葉には妙に重みが感じられ、カルミアは一瞬言葉に詰まる。
「そうだね、八。自分のことだからよく考えて。戻るんなら、迎えをよこしてもらうよう西国に使い羽を出そうね」
 慈愛に満ち溢れた守天の微笑みに、カルミアの心は千千に乱れる。
 留年はイヤだ。でも、守天とどこまでもーな旅を途中で辞するのもイヤだ。
『きゅるるるるる…』
「…なんだ今の呆けた音は」
「あ…あの」
「八っ、おまえかっ」
「だってだってだってーーーーー。悩んだらお腹がっ…」
 呆れ顔の桂花に爆笑中の柢王、苦笑する守天に全員が一服できそうな場所のあたりを付け始める山凍。
 旅は相変わらずだ。
 そう思いながら、周囲に注意を払いつつ姿隠術で一行の後を追っていたアシュレイは、ふといま来た道を振り返り、すでに遠くなった孤児院に思いを馳せる。

 あのとき、あの夢の中でティアが見た子供は、ティア自身なんだと思った。
 最上界に属するティアに、果たして胎石が見せるという胎内の記憶はどんなものか。アシュレイには想像もつかないが、ただなにも知らずなにも考えず、たとえば母親の胎内でたゆとうだけの存在のように、ティアが守天としての重責から束の間解放され休息を得られるのなら、自分は放っておいたかもしれない。それが、現実を生きるものの逃避なのだとしても…。
 でも、あのつらく苦しい表情だけは見過ごせなかった。
 『だれもいない』と泣いてた子供。
 いまもティアの中には泣いている子供がいるのだろうか。
 あの、暗い穴があるのだろうか。
(おまえの心が泣いてるときだけでも、俺にわかるといいのにな…)
 ヴォー・ア・グレイ資料館で朱光剣を使ってふっ飛ばされて気を失ってたとき、ティアの心とひとつになった気がした。自分の心もティアにわかるのかなと思った。
 でも、あのときティアが嫉妬してたとかなんとかは…全然わからなかった。
 昨日の胎石のことも、ティアが心配だったのは本当だけど…。
 孤児院に立ち寄ってみたい気持ちに、たまたま微妙な気脈を感じたこともあって、自分の判断でティアを孤児院に連れて来てしまった後ろめたさとかも、たぶん、あのときの俺にはあったんだ。
 心がひとつになったと感じることがあっても、全部が全部わかるわけじゃない。そんなに単純なことじゃないんだ。
 でも、だからこそ、伝える努力をしなきゃいけない。
 大切な相手にこそ、特に。
「そうだよな、アラン」
 向き直り一行をとらえたアシュレイの眸は、まっすぐ前を行く守天を見つめていた。

「人に自分の心を伝えることも 王となる者には必要なことです」

 どうしても譲れない部分はあるけれど、だだ一人副官と認めた男の声が、アシュレイの胸に響いていた。

終。


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