この世の果て
バヤンの死後、すっかり気落ちして体調をくずしたカイシャンを看るため桂花はしばらくの間、自分のゲルを留守にしていた。
「王子を頼みます」というバヤンの、最後の言葉を守りたいと思う反面、いい加減カイシャンの傍を離れなくては。という焦りもあった。
中華に来てからというものカイシャンの事で頭がいっぱいになる時間が多くなっていた桂花は、時折回想に耽ってしまうことがある。
――――――――夢。
柢王と二人で過ごした日々の夢をみた日は、目覚めてしまった己を恨み、幾つもの氷の刃を全身に受け体を真っ赤に染め上げた恋人の夢を見た日は、震えがいつまでも止まらず現実に戻るまで時間がかかった。
愛しい温もりに抱かれた優しいひととき。唯一を失った地獄の日。
どんな夢をみても虚しさが残るだけなのだ。
さっきも、久しぶりに柢王の夢をみた。
カイシャンの傍らでいつの間にか寝てしまっていたらしく「うなされていたぞ」と、病人である彼に起こされ心配をかけてしまった。
「少し・・・・風に吹かれてきます」
遠い彼方。
尊きものが沈み始める頃、桂花はカイシャンのもとを離れた。
帰るところはもう無い。
孤独な体に溢れんばかりの誠意と愛情を与えてくれた人。
自分の居場所を与えてくれた人。
生きる希望と楽しみを教えてくれた人。
どうしてこんな事になってしまったのか、考えるたび自分のせいのような気がしてくる。
魔族である自分が天界人の、しかも武将で王子である男を愛し、愛されたせい・・・・。
「柢王」
その名を口にするだけでこんなにも苦しい。
無いものを求めて、既に果てたはずの己の体も心も震えもがく。
涙を流せば時間を戻せるというのなら、いくらでも流してみせる。
唯一をこの手に取り戻せるというのなら何でもする。
器と化した体を守る為なら何でもする。
例えそれが・・・・・あの人の望まない結果になるとしても。
柢王―――――――――あなたの親友が大切ならば今すぐ吾の前に姿を見せて。
「桂花」
驚いてふり向いた先には、今や柢王にそっくりな顔つきとなったカイシャン。
(柢王(あなた)って人は・・・本当に・・・・・・・・・・)
あまりのタイミングの良さに桂花は自嘲的な笑いを見せた。
「大丈夫か?」
「何がですか」
「なんか・・・・元気ないと思って」
「そんな事ありません」
構わないでくれと全身で訴えてくる桂花の横に立つと、カイシャンはその手を握り締めた。
「陽が沈む時っていうのは、妙にもの悲しい気分になるよな。でも俺はこの時間が好きだ。今日という日が終わり、また新しい明日が来る。生きてるって感じがするだろ?」
「・・・・・・・」
「でも、俺が俺らしく生きていくにはお前が必要だ。出て行くな」
「何を・・」
「何度だって言うぞ。俺から離れるな、勝手にいなくなったりするなよ」
「・・・・・カイシャン様、まだ本調子ではないはずです。中にお入りください」
「お前が入ったらな」
いつの時も同じ。
吾を止めることができるのは柢王(あなた)しかいない。
柢王(あなた)だけなんです―――――――――。
だ自分よりまだ背の低いカイシャンに手を引かれ、桂花はゲルへと引き返した。
バヤンとの約束を口実に己をごまかしカイシャンの傍についていた桂花であったが、半年後。
天界の元帥クラスの者が降りてきていることを知り、そのもとを離れる決心をする。