白山羊さんのご返事 後
数日して柢王が帰ってきた日、ティアは久しぶりに幼馴染と二人で食事を取った。桂花が同席しなかったのは、らしくもない方法でティアと柢王に気遣ったのだと知れた。
「落ち込んでんだって? おまえ」
「桂花から聞いたのか。・・・そうだよ、落ち込んでいる。アシュレイはずっと顔を見せてくれないんだ・・・」
「で自棄酒だって? 俺、桂花に怒られたんだぜ。土産なら相手を困らせないものにしろってさ」
「いや、おまえが悪いんじゃないよ。すまなかったな。桂花には私から言っておくから」
「ま、桂花との夜を邪魔されることに比べりゃ、あいつに文句言われるぐらい構わないけどさ」
ティアは思わず吹き出した。
「な、なんで私がおまえ達の邪魔を」
「アシュレイとはよろしくやってないんだろ? 欲求不満って顔してるぞ、おまえ」
ティアは己の掌に顔を埋めた。
「・・・そんなに顔に出てるのか、私は・・・」
「まあまあ。ってことで、桂花を預かってくれた礼をするからさ、今日は早く寝台に入ってろよな」
「何をする気だ? アシュレイなら、呼んでも来てくれないぞ。私が何度・・・」
「呼び方が悪いんだって。ま、反則技だけどさ」
任せとけ、と柢王は笑った。
結局詳細はわからぬまま、いつもよりゆっくりと湯を使って布団に潜り込む。連日の披露は睡魔の姿をしてティアをひきずりこみ、彼は心地よい眠りに身を委ねた。
――時間にして真夜中を少し過ぎたころ。
露台の扉が恐ろしい音を立てて開いた。
「ティアっ!!」
「ア、アシュレイ?」
突如飛び込んできたストロベリーブロンドの台風に、飛び起きたティアは目をしばたかせる。
「ティア! おまえ、大丈夫なのか!」
「アシュレイ? どうしたんだ。私は何もないよ?」
肩で息する恋人にティアは歩み寄った。
「何も・・・ないのか?」
「ああ。君こそ、どうしたんだ? なんでこんな急に・・・」
ちくしょーっ! とアシュレイは吼え、脱力したように座り込む。
「柢王のやろう! 謀りやがったな!」
「柢王が何かしたの?」
一体どんな呼び方をしたんだと思いつつ、ティアはアシュレイの背に触れた。
「あんの野郎・・・」
赤い髪をかきむしってうずくまるアシュレイの背を撫でさすりながら、その手は恋人を己が腕の中に閉じ込めていく。
「ん? ・・・おい、ティア! 何やってんだ!」
「だって・・・君に会えるの久しぶりで・・・」
「離せ! 馬鹿!」
アシュレイが思いきり暴れれば、ティアを簡単に振りほどける。だが幼い子供のようにしゃにむにしがみついてくる守護主天に、アシュレイは本気を出すことが出来なかった。
「逢いたかった・・・アシュレイ。本当に・・・」
「おまえはガキかー!」
叫んでとりあえず気が済んだアシュレイは、体重をかけてくるティアを抱きとめてやった。
「あのなあ・・・!」
「・・・柢王はどうやって君を呼んだの。私が呼んでも、全然来てくれなかったくせに」
「・・・なんにも」
抱きしめられたまま、アシュレイは顔を背けた。
「天主塔の使い羽で、白紙の手紙送ってきやがった。使い羽はただ、『天主塔に来てほしいとのことです』ってしか言わねーし。だから・・・」
「だから?」
「・・・だから! お前に何かあったのかと思って・・・手紙に書いたらまずいようなこと! くっそー、全力で飛んできて損した!」
「――損?」
ティアはアシュレイの肩に額を押し付けた。
「損したって・・・本気で思っているの、君は?」
口ごもる赤毛にいっそうしがみつく。
「私は・・・君に」
ティアは口をふさがれて目を瞠った。
頬を紅潮させたアシュレイが、掌をティアの顔に押し付けて睨んでいる。
「それ以上言うな! ・・・朝までには戻るからな!」
今は真夜中だ――まだ。ティアは舌でアシュレイの掌をたどった。逃げる前に、彼の腰と腕をしっかりと捕らえて。