投稿(妄想)小説の部屋

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No.2 (2006/01/16 15:43) 投稿者:

燭花

 人界から久しぶりに帰ってきた柢王が迎えに来たため、桂花は主天に挨拶をしていた。魔族である桂花はいかに優れた柢王の相棒であっても人界へは行かれない。
 当初、天界で味方のいない桂花を保護することが一番の目的だったが、有能な彼を主天は本気で頼るようになっていた。
「柢王、お疲れ様。ずいぶん疲れてるみたいだけど・・・・」
「や、大丈夫だ」
「それならいいけど・・・。桂花、本当に助かったよ。もっといて欲しいというのが本音だけど柢王に怒られるからね」
「いえ、こちらこそお世話になりました」
「そろそろ、行くぞー」
「聖水は? ちゃんとある?」
「ああ。帰ってゆっくり休むわ。報告書、すぐ出すから―――桂花が」
 柢王は眠そうな顔を向けて力なく笑うと桂花の肩を抱いて出て行った。

「あなた・・・・・・結界を張りなおすの、忘れましたね?」
 わずかに眉を寄せ、玄関にたたずんだ桂花が柢王を振り返った。
 柢王の結界が張ってあれば一介の兵士などは中に入る事すらできないようになっている。ついでに虫や砂埃なども入らないように結界を張りなおしてしてもらいたいと桂花は頼んでおいたのだ。
 久しぶりに我が家へ帰ってきた時、綺麗な状態であればすぐにもとの生活に戻れる。
 掃除をして綺麗になったところへ結界を張りなおしてもらったつもりでいたのに、どうやら柢王はそれを忘れたらしい。
 動かない桂花の背中を押して家の中へ入った柢王は「別に、そんな汚れてないだろー?」と気にもしていない。
「―――――断りもなく勝手に巣を作るな」
 柢王の減らず口を無視して、クモ相手に無茶な事を言う桂花は機嫌が悪い。不法侵入者を巣ごと枝でからめ取るとポイと外へ放り投げる。
「空気が・・・・澱んでいる。風を送っておくのも忘れたんですね」
 桂花特製の空気清浄剤は数種類のハーブから作られていて、芳香を放つというものではなく浄化するためのものだ。体に優しいが、常にそよ風に吹かれていなければその効果は半減してしまうという、まだ開発途中のものだった。
「窓を全部開けます、扉も。手伝ってください」
 しかめっ面のまま頼むと、面倒くさがりの柢王は霊力で風をおこして次々とそれらを開け放つ。
「止めて下さい! 砂埃が舞う!」
 桂花が声を荒げた瞬間風がやみ、柢王は青筋をたてている彼の体を抱きしめて、そのまま風呂場へと引きずった。
「ご機嫌ナナメだなー、結界と風を忘れたのは悪かったって。一緒に風呂でも入って疲れを取ろうぜ?」
「私は別に疲れてません」
 むずがる体を拘束したまま明かりをつけると、洗い場の隅に少量のカビと埃がたまっていた。柢王が浴槽内を軽く水で流した後、栓をしようとかがんだ所で、待ったが入る。
「掃除が先です」
「ウソだろ―ッ、大丈夫だってこれくらい」
「吾は嫌です」
 綺麗好きな桂花ではあるが、いつもならここまで潔癖な態度はとらない。
 よほど腹を立てているらしい。
 柢王は人界でこの程度では比べものにならないほど不衛生な場所をいくつも目にしてきたし、実際寝泊りしたことだってあった。
 掃除道具を取り出している桂花に先を越されないよう、すばやく衣服を脱ぎ捨てザバザバと豪快に湯を溜め始めてしまう。
 ブラシを片手に持ったまま桂花は軽くため息をついた。
「吾はあとで入ります」
 不満そうな顔で告げると袋から柢王の洗濯物を出してシミがついていないかチェックし始めた。
「いーから入れって。・・・・・そうだ、イイモンあるんだ。桂花、さっき渡した紙袋の中のやつ、取ってくれ」
 天主塔へ迎えにきた時、挨拶もしないうちにそれを渡された。人界からまっすぐ迎えに来てくれたとばかり思っていたのに、彼は花街に寄り道していたようだった。
「ロウソク?」
 袋を開けると三本の藤色のロウソクが入っていた。かすかな香りがする。
「火、火! それ点けてお前も入れ」
「でも、洗濯――――」
「あとあと。掃除だって、ンなもんしなくても平気だって」
「窓―――」
 バタンバタン! と大きな音を立てて窓や扉が閉まったことが確認される。
「早く来いよ、のぼせちまう」
 まだ膝下くらいしか湯が入っていないのに大袈裟に舌を出す彼に、思わずクスッと笑った。
 小さな笑みだったが心が少し落ちつきを取り戻したことを感じた。
 わがままを言う恋人のために蝋燭台を探しに部屋へ向かい、ようやくそれを見つけ出して風呂場へ戻ると、すっかり胸まで湯に浸かった柢王が上目づかいに桂花を見た。
「・・・・・遅いって」
「すみません。じゃあ、明かりは落としますよ」
 入れ替わりに小さなロウソクの炎が狭い空間を照らし出した。
 普段は見えないゆらりと昇る湯気が南の温泉につかっているような気分にさせる。
 わずかな空気の揺れにロウソクの炎が形を変える様は見飽きる事がなく、いくらでも時間を費やしてしまいそうだ。
 徐々に融けだす蜜蝋が二人の間に蝋梅のような清々しい香りを漂わせた。
 それは変に甘ったるくなく、桂花のお気に召したようであった。
「きれいですね」
「ああ」
 桂花の肌がいつにも増して滑やかに映り、鎖骨の陰の深さに目を奪われる。
「小さい火は物の陰影がはっきりと浮かび上がるもんなんだな」
「そうですね」
 やわらかな炎が全てのアラを見事に包み込んでしまう。風呂場の汚れもカビも上手く隠されて、今や全く気にならなくなっていた。
 余計なものは視界に入らず、自分達とその影のみが存在している空間。
「・・・・・この炎は、要るものと要らないものをはっきり分けてしまう・・・」
 ぼんやり呟いた桂花にピタッとくっついて、柢王はいたずらっぽく問うてみる。
「俺は? 俺は要るものか?」
「――――――――不可欠です」
「ハハ、そっか」
 自分の方を見ずに答えた桂花が可笑しくて愛しくて。
「やっと帰ってきたって感じだな。時々親父んとこにも顔出してたけど、やっぱり俺の家はここだな」
「吾だって・・・同じです」
「だよな。・・・・これだけ薄暗くてもお前の刺青はちゃんと見えるな」
 感心したように肌に触れてくる柢王だったが、桂花は逆によく見えない彼の顔色が気にかかっていた。のぼせていないだろうか、赤くなっているかが判らない。
「っとにお前はきれいだなぁー」
「柢王、大丈夫ですか? そろそろ上がらないと――――」
「お前は水晶が苦手だけど自分の目に紫水晶を持ってる・・・不思議だなー・・・アメシスト・・・」
「柢王!? ちょっ―――」
 ブクブク・・・・と湯に顔をつっこんだ柢王を必死で引き上げる桂花はロウソクどころではなくなってしまった。
 茹だってしまった重い体を背負いベッドをめざす。柢王は意識がほとんどない状態だ。
「よほど疲れていたんですね・・・それなのに吾は」
くだらない事で責めてしまった。
 既に寝息をたてている恋人をベッドに下ろし、聖水を飲ませるため揺り動かす。
「柢王、聖水です。飲んでください」
「ウ〜・・・」
 何度か肩を揺らし起こすと、火照った手を伸ばし一気にそれを飲み干した。
「サンキュ、楽になった」
「ゆっくり休んでください」
 柢王を横にして部屋を後にした桂花は風呂の栓を抜きに行く。
「ロウソクなんて買って・・・カモフラージュのつもりだったのか?」
 火の消えたロウソクを手にしようとした時、異変に気づく。
 さっきまで何の模様もなかったはずのロウソクに、桂花の刺青と同じものが浮き出ていた。
「これは・・・」
「気に入ったか?」
 背後から声をかけられ驚いた桂花の体を柢王は後ろから抱きしめた。
「花街で作らせてたんだ。一回火をつけてから消すと、模様が浮きあがってくる仕掛けになってる。その三本しかない限定品だ」
 藤色のロウソクに入った桂花とそろいの模様は紫紺。
「でも、お前が気に入ったらまた作らせる」
 ロウソクを包むように胸へとよせた桂花の髪に、柢王が指をからませる。
「こいつを受け取りに花街へ寄った。女のとこなんか行っちゃいないぜ?」
 全てお見通しだった。
 体の芯から喜びが込み上げてきた桂花はふり向いて柢王の体にきつくしがみつく。
「・・・・・・おかえりなさい」
 まだ言ってなかった言葉を、彼の耳元で囁いた。
「機嫌、直ったか?」
「――――――あなたの体、まだ熱い・・・」
「熱い? そんじゃ、お前も熱くしてやる」
「疲れてるくせに」
「ロウソク点けながらってどうだ?」
「莫迦」

 仄かな炎がゆらめく中、二人は無事仲直りを成立させたのだった。


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