青陽酒宴
「ねぇ、ティア、ティアでしょう?」
「え・・・!?」
突然、愛称で呼ばれティアランディアは目を見開いた。
「あれ〜アシュレイから聞いてない? 俺のこと」
驚愕顔のティアを見て「あんのヤロー」と桔梗は悪態をつく。
「しょうがないよ。彼はおしゃべりな方じゃないし」
桔梗の後ろにいた忍が、まあまあと彼を宥めティアに向き直った。
「アシュレイに頼まれていたんだ。戻るまでカウンターで飲んでてって」
アシュレイは此処『イエロー・パープル』の支配人、一樹・フレモントと買出しに行っているそうだ。
忍は軽く自己紹介をし、ティアをカウンター席に促した。
人界で飲むのが嬉しくて、ティアは目を輝かせ辺りを見回す。
カウンターの中ではおなじみのバーテンが腕を振るっているし、脇の小テーブルでは銀髪の美女と引けをとらない男が楽しそうに飲んでいる。
遠見鏡で見たとおりだ!!
「なに?珍しい?」
「うん。こういう場所は初めてだから」
「へぇーーーーー」
驚く桔梗と忍に「来るのはね」とティアは心で付け加えた。
天界からは何度もアシュレイ気に入りのクラブ『イエロー・パープル』は見ている。
だから側にいる桔梗や忍、卓也はもちろん、不在の金髪ハンサム兄弟もしっかり知っていた。
けれども、映像と本物はやっぱり違う。
まして今日はアシュレイとの待ち合わせだ。このシチュエーションにティアはいつになく胸をときめかしていた。
携帯を片手に二葉がやってきた。
「よっ、兄貴達、もう少しかかるってさ。そんな時間かかるもんなのかねぇ〜。案外、兄貴喰っちゃってたりしてな〜〜〜」
「二葉っ!!」
忍の声で桔梗の隣に座っている綺麗な青年こそ、本日来店予定のアシュレイの特別と気付き、二葉は「やべぇ〜」と方をすくめた。
「くっく、喰っちゃうって・・・・」
「じ、冗談、冗談。アメリカンジョークさ」
「どこがアメリカンだよっ」
サッと顔色を変えたティアに慌てて弁解する二葉。その腰をバッサリ折る絶妙なタイミングで桔梗はチャチャを入れた。
そんな二人を放って忍はティアの隣に滑り込んだ。
「二葉はジョーク好きなんだ。悪気なんてないんだよ、気にしないで。それに一樹さんはちゃんとした・・・・えと、ちゃんとした紳士だから」
紳士!? 二葉も桔梗も目を見開いたが、すかさず二葉が口を挟む。
「小悪魔要素を含む、な」
「それって言えてるっ」
「二葉っ!! 小沼もっ!!」
せっかくティアを宥めているっていうのに、次々と爆弾発言を落としていく二葉と桔梗に忍は頭を抱えた。
「あの子は一本気だ」
カウンター越しから低い声が響く。
あの子呼ばわりが誰だか気付き、ティアは顔を上げて声の主、卓也を見つめた。
卓也は微笑を僅かに含んだ優しげな瞳をティアに向ける。
「ああーーっ、卓也ずるーいっ!!」
目ざとく卓也の笑みを見つけた桔梗はテーブルをバンバンと叩いた。
「ごめん、待たせたな」
一樹と一緒に戻ったアシュレイは、扉を開けるなりティアに駆け寄った。
「ううん、待つ楽しさを味わったから」
「初めまして、ティア。一樹です。・・・・・思った通り・・・・・俺そっくり」
「どこが似てんだよ」
柔らかい一樹の声に二葉が尖った声をぶつける。
「おまえらが遅いから、ティアは泣かせるわ、キョウや忍に責められるわ・・・散々だぁ〜」
愚痴る二葉をさらりと流し、一樹はティアの背後から腕をまわし持たれかかった。
「綺麗でしょう、彼も俺も。爪を隠しているところなんかも一緒だね」
後の言葉はティアの耳元でそっと囁く。
誰もを魅きつける微笑を浮かべて・・・。
―――――やっぱり小悪魔だ!! ―――――皆、思う。
「とにかく待たせたね。まずは乾杯しようか」
一樹の言葉に卓也がポンポンとシャンペンの栓を抜く。
「エマもこっちにおいでよ、一樹のおごりだよっ」
桔梗はグラスをカウンターに並べながら奥のテーブルに声をかける。
一樹はシャンパン瓶を流し見、ため息を一つついた。
「bye」
エマは桔梗がいるカウンターに足を向けながら、扉に向った男に手を振る。
さっきまで一緒に飲んでいた男だ。
男は扉の前で振り返り、アシュレイに派手なウィンクを投げる。
ガンバレよっ!!と。
―――ガタッ、ガタガタ―――
「柢っ・・・!!」
ティアは椅子から転げ落ちそうになる。
おかまいなしに男はさっさと扉から出て行った。
ほどよく酔ってアシュレイに持たれながらの帰り道。
こんな楽しい酒盛りはいつ以来だろう。
火照った顔に当る風が気持ちいい。
二人で飲むのもいいけれど、アシュレイの知人に紹介してもらえたのが何よりも嬉しかった。
それにしても・・・。
「柢王まで丸め込んでるなんて思わなかったよ・・・それも変化までして」
「たまには俺が頼みごとしたっていいだろっ」
「柢王に頼みごとするたび拗ねる君の気持ちがちょっと分かったよ」
嬉しさ、嫉ましさ半分にティアはつぶやく。
「あ、これ」
アシュレイは手に持っていた箱をグイッとティアに差し出す。
「なに?開けていい?」
了解をとって箱を開くと、中にはクリスタルグラスが一つ入っていた。
「一樹に見立ててもってたんだけど、おまえに合ったのがなくって・・・作ってたら時間がかかった・・・」
ブツブツ言い訳する亜書霊の手をティアはとった。
案の定、握り締めた拳を開くと手のひらには幾つもの火傷があった。
胸が熱くなる。
ティアはその手のひらを優しく手光で包み込み誓う。
「ありがとう。大切にするね」
―――――グラスも君も―――――
そっと心で付け加えながら。