投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
宮廷が上都に移ってから、ふた月が経っていた。
上都にいる間は宮廷と草原を往き来していた桂花だったが、半月ほど前から皇帝フビライの許しを得て草原に戻っていた。 たとえ教主に与えられた百年の休暇とはいえ、桂花は地上を撹乱する命を受けている。それを全くのおざなりにはできないし、そのためには人の多い都の中では動きづらいこともある。
だが、近頃では珍しく長く都から離れていたにもかかわらず、今回も桂花は地底には戻らなかった。地底の柢王にも会っていない。気になりながらも、チンキムの事件以来一度もだ。
そうして久しぶりに宮廷を訪れた桂花は、かすかな違和感を感じていた。
いつもならなにかと理由をつけてまとわりついてくる子供が、今日はまだ近寄ってこない。
ちらと後姿らしきものが見えた気もしたのだが。
(避けられてる…?)
(いや、まさか…)
―――― まさか?
そんな傲慢な心の声に思わず苦笑がもれる。
よほど自分はカイシャンにとって大きな存在だと思っているらしい。
「馬鹿か、吾は」
いっそ声に出し、桂花は恥ずかしい考えを振り払った。
ここ数年、カイシャンの教育係のひとりとして、桂花はたいていカイシャンのそばにいた。
ほんの数日でも桂花が宮廷に顔を出さなければ、カイシャンのほうからゲルに行ってもいいかと人を使って聞いてくるのが常だった。なのに今回に限って、フビライや宮廷のこと、勉強のことなどを綴った手紙を寄こしてきただけで。
いつもと違う子供の様子に、桂花のほうが実は気になっていた。
「カイシャン様、声変わりされたのですよ」
先に皇太子宮へ行ってみようか、と中庭に近い廊下を逡巡しながら歩いていたときだった。桂花は古参の侍女に呼び止められ、満面の笑みで告げられた。
「それは…」
いきなりのことに、多少なりとも面食らった桂花は答えに詰まった。
(それは早いのだろうか、遅いのだろうか…)
カイシャンは今夏で十一歳になる。
人間の成長と変化には個人差があり、一概に何歳で、ということはないらしい。
ただ、会うたびごとに背丈が伸び、ふっくらとした丸い頬の顔立ちも少しずつ面長になっていた。
「ついこの前まで可愛らしい王子様でいらしたのに、どんどんご立派になられて…。桂花様も嬉しいでしょう?」
「……そうですね」
自分などより、よっぽどバヤンのほうがカイシャンの成長が嬉しいだろう、と桂花は思った。
だがカラコルムにいる彼は、カイシャンのことを気にかけ成長を楽しみにしながらも、そう頻繁に戻れる立場ではない。
(あとで手紙でも書いて送ろうか…)
侍女の言葉にあたりさわりのない相槌を打ちながら、桂花の意識はカイシャンへと飛んでいた。
(声変わり…か)
子供特有の少し高くて甘い、それでいて時には意思の強さがうかがえる声だった。
(どんな声で話すのかな……)
もしかしたら、柢王に似ているだろうか。
そう思いかけて、桂花は頭(かぶり)を振った。
たとえ柢王の転生であっても、その肉体と魂が彼の再現であっても、カイシャンは柢王とは別人なのだ。
わかっていても、油断すると唐突にそんな考えが湧いて出る。
(それもこれも、あの子がなかなか姿を見せないからだ)
あくまでカイシャンのほうが自分が訪れた話を聞きつけて姿を見せると思っている。
しかも、柢王を重ねて考えたことまでいつのまにかカイシャンのせいだ。
(でも、本当にどうしたんだろう…。どこかに出かけてでもいるのかな)
そのとき、ふと心に浮かんだ。
……もしかして照れているとか?
(それで、姿を見せない、とか…?)
思わず口元がほころぶ。
声だけでなく、背もまた伸びているかもしれない。
(昔はあんなに小さかったのにな…)
たまに抱き上げたときの、やわらかで熱い身体。精一杯の力で桂花にしがみついてきたかと思えば、安心して眠ってしまったりもした。
(……小さくて、可愛かったんだけどな)
日を増すごとに目に見えて大きくなっていく子供に、喜ばしさ、頼もしさを感じる片隅で、ほんの少し残念に思う気持ちも否めはしないが、桂花はだんだんとカイシャンに会うのが楽しみになっていた。
「…けいか」
だが、中庭に面した回廊でようやくカイシャンが姿を現し、言葉少なに声をかけてきたとき。
「桂花…?」
桂花は息を呑み、立ち尽くした。
柢王に似ているだろうかなどと一瞬でも考えた自分が呪わしい。
同じ、というわけではない。
そっくり、というほどでもない。
ただ…ほんの少し、記憶の中の柢王の声を思い出させる響きに、心が囚われる。
「桂花……」
なにも答えない桂花に、いぶかしんだカイシャンはさっきより慎重に声をかける。
「桂花、どうかしたのか?」
「……い、いいえ…なにも。カイシャン様、お元気そうでなによりです」
「俺は元気だけど……」
まだ声変わりの途中なのだろう。完全に大人になりきらない、少しかすれた不安定な声。
それでも桂花には分かってしまう。
その声が、いずれ自分の記憶の中の声と重なることが。
「桂花…おまえ、無理してないか? 顔色もよくないみたいだし……」
黙ってしまった桂花を気遣うように問われ、桂花は否定の言葉とともに、大丈夫です、と告げる。
それでもまだ心配そうに自分を見つめる子供に、
「………嬉しくて」
と言葉を続ければ、え? と驚いたように黒く大きな瞳が見開かれる。
「カイシャン様がどんどん大きくなられてゆくのが嬉しくて、つい言葉を失ってしまいました」
「…そうか。……でも、変な声だろ」
体調が悪いのを押して出てきたのではと心配したカイシャンだったが、桂花の言葉にひとまず安心したようだった。だが、カイシャンの言葉はいつもに比べて歯切れが悪い。
「いいえ、そんなことありませんよ」
「…嘘だ。だって、変なんだ。いつもの俺の声と全然違う…変な声に聴こえる…」
ああ…、と桂花は思い至る。
カイシャンは、普段は会話するのが大好きな元気で明るい子供だ。
桂花に会いにゲルに来なかったのも、今日なかなか姿を見せなかったのも、そしていつもより口数が少なく感じるのも、カイシャンなりの理由があったのだ。
「声というものは、声を出している本人と、周りで聞いている者とでは、違って聴こえるものなのですよ」
「……だったら、」
変だと思っている声で話すことを躊躇っているのか、桂花に尋ねることを迷っているのか。カイシャンは呟くように、おまえはどう思う、と言葉を継いだ。
嘘を見抜くような無垢な瞳に見つめられて、桂花はことさら冷静を装い答えた。
「今のカイシャン様に合った声で…初めてという気がいたしません。とても…馴染んだ声のように感じます」
(馴染んだ声、か……)
心で自嘲しながらも、桂花の中の真実を告げる。
「そうか」
桂花の言葉に、不安げだったカイシャンが今日はじめて笑顔を見せた。
「陛下のところに行くんだろ。俺も一緒に行く」
「はい」
並んで歩きだすと、カイシャンは少し見上げるように桂花を見ながら、さっきまでとは打って変わった楽しげな様子で桂花がいない間のことを話はじめた。
「それで、大都の完成もそろそろだろうって、おじい様がっ」
「前を見てないと転びますよ」
カイシャンが幼い頃から、何度となく繰り返している注意を口にする。
「大丈夫だって。桂花は心配性だな」
そう言いながら、なにもないところでつまずきそうになって桂花の冷たい視線を浴びる。
それでも懲りない子供は、桂花の名前を連呼しながら話し続けた。
指に脂を塗ってもらい、すでに出陣の経験もあるが、そんなところはまだまだ子供だ。
(わかっている。…だけど)
「桂花…桂花? ちゃんと聞いてるのか?」
子供の…柢王の面影のあるその姿が、柢王を思い出させる溌剌とした声で桂花を呼ぶ。
「……聞いてますよ」
それだけで……。
(声が少し似てきたくらいで、こんなに動揺するなんて……)
そのときふいに中庭から強い風が吹いた。
「…うわっ! これだから春はいやなんだ」
この時期、強風で吹き上げられた砂漠の砂は遠く海を越えるという。
宮廷の中庭の緑の葉にも、風の強い日にはうっすらと黄砂が積もっている。
カイシャンも、瞬間顔をそむけ目を閉じた。
そしてすぐにおさまった強風に、伺うように目を開け外を見、大丈夫だったか、と長い髪をおさえたままの桂花に声をかける。
「だ…いじょうぶです」
風は凪いでも、桂花の心はまだ平静を取り戻せないでいた。
「…カイシャン様は春が嫌いですか」
「嫌いじゃない。言葉のあやだ。春は…本当は一番好きだ。おまえだって好きだろ」
「え…?」
「こっちのほうが草原にも近いし…」
それに、とほんの少し早口で続けた。
「ずっと前までは、宮廷が大都に移ってもおまえだけ草原に残ってて半年会えなかったりしただろ。だから、俺は上都のほうが好きだし、春が来るのが待ち遠しかった。春になれば、おまえに会えるって思って、さ」
少し照れくさそうにそう告げるカイシャンの明るい瞳を直視できず、桂花は目を伏せ、次に風が生まれた方角に目をやった。
「……春は、青龍の季節だそうですね。伝説上の神獣で、蒼龍とも呼ばれ、東方を守護するという…」
龍はモンゴル皇族の模様でもある。
そして、風の守護。
偶然というには、あまりにも天界の柢王と重なる事実。
「ふうん…。やっぱり桂花はすごいな。なんでも知ってる」
懐かしさを感じさせる声で、にっこりと笑ってみせる柢王の転生……。
(吾は嬉しいのだろうか。この子の内にあなたを見つけて……)
自分の気持ちが分からない。
ただ、わかっているのは、浅ましい自分……。
全くの別人だと思いながら、それでも柢王のほんの小さなかけらを探してしまう。まるでこの人間の子供の中で、新しく柢王を構築しようとしているかのように……。
「…桂花、やっぱり具合が悪いんじゃないのか?」
「大丈夫です」
心配そうな子供に桂花は意識して口元に笑みを浮かべ、自分に言い聞かせるように声に出した。
「でも…」
「さあ、急ぎましょう」
そう言って、桂花は歩を早めた。
ドンドコドコドコドンドゴドン
ドンドコドコドコドンドコドン
紫が舞い乱れる。
天空界のアレ○リア!?
ひとつ・・・ふたつ・・・みっつ・・・・・・・・やっつ。
良く言えば神秘的。
悪く・・・でなく、常識人から見れば奇妙なことこのうえなく。
「―――効果なしか・・・」
「―――残念ながら」
一幕を終え、紫の衣を纏った八人は額の汗をふきふき岩戸前に集まった。
だが無常にも岩戸は堅く閉ざされたまま。
「守天様には困ったものだ」
「身を隠されて早三日。そろそろ人界にも影響が出始めますぞ」
「分かっとるわい。だから、こうして我々の素晴らしき演舞を披露してるではないか」
「・・・・・あっ、あの〜。やはり、いつもの通りお力をお借りしたほうが・・・」
思い切って発した新米八紫仙をギロッと睨みつけたものの、それが最良の策と残り七人は肩を落とし頷いた。
「アホですね」
「―――――だな」
柢王は八紫仙からの依頼文を机に放った。
「ティアもティアだ。ボイコットするなら上手くやれって、あんだけ教えてやったのに」
「疲労もたまりますよ。全て一人で処理されてるんですから」
―――誰かさんと違って―――チラッと桂花は柢王を見る。
「うっ・・・違うって、そもそも疲労の根本は」
「サルでしょ」
「―――――」
「ほら、行くんでしょ」
「おまえもな」
差し出された布を額に巻き、桂花の肩を抱き柢王は扉を開けた。
「ティア、いいかげんにしろっ!!」
渋る八紫仙をなんとか帰したものの、ティアはいまだ岩戸の奥。
「他の手を考えるしかありませんね」
「手はうってある」
言ったすぐ後、風をきってアシュレイが空から降りてきた。
「おせーぞっ」
「わるいっ、それよりティアは!?」
アシュレイはぐるりと周囲を見回す。
「『緊急事態』ってデマじゃないだろうな」
嘘ならただじゃおかないと柢王につめよる。
「そういうこと言うかぁ〜? ティアは三日前からそこに閉じこもってんだそうだ。おまえも来たことだし後はよろしく」
じゃあな、と桂花と背を向けた柢王をアシュレイは慌ててひきとめる。
「待てっ!!ちょっと待てって・・・わるかった」
ボッソリと謝罪したアシュレイに柢王は肩をすくめむきなおる。
柢王をひきとめれたことに胸をなでおろし、アシュレイは岩戸にあゆみよった。
「ティア、出てこいよ」
「なぁ・・・頼むからさ」
こういうのは苦手だ。誰に対しても機嫌などとったことないアシュレイだ。
やれやれ〜柢王もアシュレイの横で再度呼びかける。
「ほらアシュレイもきたぜ。 さっさと出てこい」
何度となく呼びかける二人を桂花は木に寄りかかり傍観。
だが進展の影すらなくとうとうアシュレイが切れる。
「おいっ!!いいかげんにしろよっ!!」
下手に出てりゃ―――!!我慢も限度と岩戸に炎を投げつけた。
―――――バチッ―――――
炎は戸に当たった途端、火花を放ち消え失せた。
朱光剣、斬妖槍で斬りかかったもののやはり効果はない。
「勝手にしろっ!!」
「おいおいっ、待てよ、待てッ!!」
捨て台詞を投げ背を向けたアシュレイを慌てて柢王がつかまえる。
「閻魔様にバレりゃ謹慎だぞ」
「自業自得だろっ」
「―――無責任な」
「なんだとぉ!!」
今まで傍観してた桂花のつぶやきにアシュレイは喰ってかかる。
「相変わらず勝手なことだ。守天殿を追い込んだのはどこの誰だか考えてみるんだな。 柢王、帰りましょう」
柢王は立ち去ろうとする桂花を宥めてから、アシュレイに向き直った。
もちろん冷ややかな紫の瞳に謝罪を入れることも忘れずに。
「ティアは疲れてんだぜ。あいつを息抜きさせれるのはおまえだけだろ」
「・・・・・」
「いつから顔出してないんだ?」
「二十日くらい・・・その倍かも・・・」
「ハァッ―――――」
そりゃ、むくれるわな〜と柢王はガックリとため息をつく。
柢王の横でアシュレイもめずらしくうな垂れる。
「どうするかなー」
柢王はあえて口に出し、桂花を窺い見る。
呆れるのは毎度のこと。
仕方ないですねと桂花は口を開く。
「―――そういえば守天殿は衣装を作られてました。自らデザインなさって」
「服?」
「ええ。とても楽しそうに。・・・あれなら〜」
「それでいこう!!」
「でも―――――」
桂花はチラッとアシュレイを見る。
「何だよっ!!」
「絶対的協力がなければ・・・」
がなりたてるアシュレイを顎で指し、柢王に無言で告げる。
―――なるほど・・・素早く理解した柢王はアシュレイ承諾にかかる。
「協力するよな? な? 何が何でも」
「―――わかった、するっ、すりゃいいんだろっ」
「そうそう、すりゃいいんだ」
「その言葉、忘れずに」
念を押すと桂花は「用意してきます」と天主塔にむかった。
―――――数十分後―――――
「なっ・・・なんで俺がっ・・・こっ・・こ・・・こんなの着れるかっ!!!!!」
「協力すんだろっ!!」
「『何が何でも』でしたね!!」
暴れるアシュレイを柢王と桂花が押さえつける。
その騒がしさは八紫仙の乱舞どころでない。
ティアの服・・・そう、それは恋人宛と決まってる。
「でっ・・・ケドこれ服ってより布っ」
「この斬新さがわからないとは、やはりサルッ」
ほとんど言葉にならないアシュレイに桂花は冷たく返す。
だが冷ややかな紫の瞳の奥は、いつになく楽しげに輝いている。
―――どこが斬新だか・・・ありゃ紙切り、いや布切り工作じゃねーか。(by柢王)
―――禁断症状も最終段階だったんですよ。(by桂花)
視線のみで意思疎通する柢王、桂花。
二人は何とかアシュレイを口車に乗せ岩戸前に立たせることに成功。
すると!!
―――――ギギッ―――――
堅く閉ざされた岩戸が開いた。
中からニュッと腕が伸び。
―――――ガシッ、ズルッ―――――
アシュレイをつかみ一気に引きずり込んだ。
―――――ギギギッ―――――
そして岩戸は元通り。 堅く堅く閉ざされた。
そのスピード、コンマ002秒。
「―――シュラム並みですね」
「・・・シュラム以上だ」
「―――ですが柢王」
「・・・ああ。少なくとも三日は延長、いや延泊だな」
残された二人は深いため息をつくと、黙ったまま岩戸を後にした。
―――――只今充電中(再開三日後・・・の予定)―――――
と岩肌に書き付けて。
「若様、アシュレイ様がお部屋においでにならないのですが」
お茶に誘いに行った使い女が心配そうに報告に来た。一瞬、首をかしげたティアはすぐにああとうなずいた。
「いると思うよ。私が呼んでくるから支度だけしておいてくれるかな」
使い女にそう命じると、執務室の窓から外へ出る。
日差しのうららかな春。天主塔は一年中春ではあるのだが、空気が甘く、鳥の声が高く響く。新芽の揺れる木々に蝶たちの
たわむれる花園。慣れていてもその美しさに心が和む。
ティアはその眺めを見ながら、裏庭へと向かった。背の高い樹の多いこの辺りは、植物や花の香りが強く、木漏れ日が
あふれて、他のどこより春の気配を強く感じさせる場所だ。その裏庭のはずれに、白い花をつけた大きな樹がある。その根元を
覗いて、ティアは笑みを浮かべた。
木漏れ日が柔らかな下草に踊る樹の根元で、アシュレイが気持ちよさそうに昼寝をしている。
もともとアシュレイはじっとしているのが嫌いで、ティアの執務中に訪ねて来た時には大抵一人で天主塔をうろうろしている。
なかでもお気に入りの場所があって、厨房はもちろんだが、ふたりの思い出の樹の側や、この大木の側ですごしているのだ。
きっと、座っているうちに陽気につられて眠ってしまったのだろう。
武将だし、意地っ張りなアシュレイは、人前で眠りこけるようなことはしない。それが、いまは一人だからだろう、
長いまつげを閉じ、唇を軽く開いて、春の光のなかで眠る姿は子供のように無防備だ。そっと頬をつついてみても目が
覚めないのは、無意識のうちでも甘いくちなしの香りに、側にいるのがティアだとわかるからかも知れない。
「かわいいなぁ」
ティアは眠りこけているアシュレイの顔に微笑んだ。樹からこぼれた白い花がアシュレイの体の上にも落ちているのに、
気づきもしていない。
ふと、ティアの瞳がきらめく。目が覚めたらきっと、怒るだろうけれど、
「だって、君がかわいいからね」
その花を、つまみあげて、そっとアシュレイの髪に挿してみる。その純白がつややかなストロベリーブロンドに映えて、
赤い髪が花の白さを引き立てて、
「うわぁ、かわいい……」
花を飾って眠るアシュレイの姿にティアは目をみはる。こんな姿を見られるのは、世界できっと自分だけ。目が覚めたら
いたずらに怒るかも知れないけれど、それもまた、自分だけの特権だ。
ティアは微笑むと、ひとつ、またひとつと恋人の髪を飾っていった。
「ん…」
目を覚ましたアシュレイは、一瞬、木漏れ日のまばゆさに目を閉じた。ただよう甘い香り。鳥の声。あたたかな日差しに
またうとうとしかけて、はっと気づく。
「ここ、天主塔だ──」
戻らないと、ティアが心配する。と、身を起こしかけて、目をみはる。頭から落ちてくるいくつもの白い花。甘いくちなしの香り。
傍らに、気持ちよさそうな顔で眠っているティアの姿に驚く。
「なんだ、こいつ、いつの間に──」
アシュレイの声にも動きにも、ティアは反応しない。
あまねくこぼれる春の光に、金色の髪が透けて輝く。御印のある美しい顔には、幸せな夢の中にいる人のような笑みが浮かんでいる。
アシュレイはルビー色の瞳を瞬かせた。
ティアが眠る姿は何度も見ている。でも、こんな昼間の光のなかで、こんなに穏やかに、幸せそうに眠る姿は見たことがない。
この世に光を生み出す守護主天は、世界を救うその役割を、決して投げ出したいなどとは言わないけれど……。忙しくて、
大変で、心をすり減らすことが多いのを、アシュレイは知っている。
そのティアが、幸せそうな笑顔で眠っているのだ。光と甘い空気に包まれて。やわらかな衣服の腕を下草に投げ出して、無防備に。
「──出て来れたんなら、もうちょっと戻らなくても平気だな」
アシュレイは、誰にともなくつぶやいた。瞳を上げ、自分にうなずいて、
「こいつのおかげで世界は平和なんだからな。こいつだって、たまには平和でいてもいいんだ」
誰か探しに来たら、自分が追い返す。ささやかな眠りを守ると決めて、ふと首をかしげる。
「でも、何で俺の頭から花が落ちたんだ…?」
見上げる大樹はこぼれんばかりの白い花盛り。だが、どう考えてみても、仰向けで寝ていた自分の頭から、花が落ちてくるのは変だろう。
純白に輝く花を指先でつまんで考えてみるが、理由は分からない。まあいいか、とあきらめて放り出そうとして、ふと手を止める。
無防備に眠るティアの横顔。その輝く金の髪に……。
「…ティアなら、似合うもんな──」
自分に言い訳するようにつぶやきながら、そっと挿してみる。やわらかな寝顔に、白い花。美しい面がひときわ照り輝くような
眺めに、瞳を見開く。
「……こんなに落ちてたら、花もかわいそうだしな──」
斜め上を見上げて、言いながら、アシュレイの手が、白い花をひとつ、またひとつとティアの髪に挿していく。
花冠贈りあう恋人達が光に包まれる穏やかな午後──。
天主塔は、蜜の香りのする永遠の春の盛りだ。
肌にふれる風に、柢王は目を覚ました。なめらかなシーツをたどり、隣を探ると、ひんやりした手触りだけが応じて、
傍らにいるべき人の姿はない。
「桂花?」
眠い目を開け、部屋のなかを見まわす。朝の光と、風に揺れる薄物のカーテン。台所から小さな物音が聞こえる。
ただよってくるいいにおい。
柢王の肩から、ふと力が抜ける。冷たいシーツに飛び起きるようなことはもうしないが、気配があるとわかるまでは、
息をつめてしまう癖はまだ抜けない。傍にいると誓ってくれた言葉を疑うのではなく、もしかれが消えていたら、自分の世界の
全てが崩れ落ちそうな思いは変わらないから。
でも、もしそれを告げたなら、あの紫の瞳は、言葉に出さない苦笑いを宿すだろうに。
『置いていくのは、あなたなのに』
柢王は苦笑して、枕に頭を預けたまま、カーテンが風にふわりふわりと持ち上がるさまを眺めた。差し込む光はあたたかく、
空気がほのかに甘い。命のめぐりくる季節の到来だ。
桂花が起こしに来てくれるなら、このままこうして待とうかと考える。そのことに、心が休まる。
以前は寝台でいつまでもまどろんでいるようなことはなかった。大勢に囲まれていた王城はもちろん、花街でも。
寝過ごすことはよくあったが、それは、起こしに来てくれる恋人の優しい手を待つような、甘えた気持ちのものではなかった。
昔から、要領よく、誰にでも合わせることはできたけれど。
心をゆだねられる相手はそうはいない。明かさないことがあるなしとは別のところで、ある瞬間に、自分の全てを明け渡しても
いいと思える相手はそうは多くない。
そう考えて、ふと、柢王は眉を上げた。近頃は見ない夢を思い出した。
雲ひとつない蒼天に、まっしぐらに駆けのぼる夢。気流を巻き上げ、ぐんぐんと、ただひたすら上空へ、風になって
駆け昇っていく。
視界が青に染まり、もう世界は遠く、足元には何も見えない。
まばゆい光が近づく。そこまで。もっと高く。まだ行ける──
そう思った瞬間に、決まって、世界は暗転し、体が後ろへ吸い込まれていく。伸ばした手が宙をかいて、翼をもがれた
鳥のように、旋回してどこまでも堕ちていく夢を──
自らの存在を試すように──
挑みたいと望むのは、きっと武将の本能のようなものだ。挑む時に感じる、あの魂から突き上げるような高揚も、きっと、
誰でもとは共有できない。
それは誰かに見せる強さではない。誰かに誇る力でもない。ただ、命の意味を問いただすように、闘うことを求める激情だ。
刃になるなら、炎に焼き尽くされることを恐れない、鋼のような情熱なのだ。
繰り返し夢に見た、あの高みへの挑戦。ただ高く、ひたすら高く、遠く。そして、手の届かないあの失墜は、あの頃の自分の
苛立ちを表していると、わかっていたからよけいにもどかしい思いで目が覚めた。
その夢を見なくなったのは、現実に元帥になって、飛べる力を得たからなのか──
「柢王」
ふいに、桂花の声がして、柢王ははっと意識を戸口に向けた。
「ああ、起きているんですね。めずらしい。用意できたから、食事にしますか」
戸口に立った桂花が落ち着いた笑顔で尋ねる。美しい面にこの数日──自分が側にいられるとわかってから、漂わせている
かすかな安堵。穏やかな瞳。
その白い髪が光に透けて輝くさまを真顔で見つめた柢王は、心にああと、低くつぶやく。
(元帥になったから、なんかじゃないよな……)
(おまえがいるから、俺は──)
いつも──身を切るような風にさらされながら、その痛みを訴えることなく、凛然と側にいてくれる人。脆さと孤独を
硬さに鎧って、愛している、ただその理由で、自分の側にいることを選んでくれた人の存在。
(おまえがいてくれるから、俺は飛べるんだ)
視界の全てを置き去りにして、飛ぼうとするその時──
きっと、ためらいもせずにその手を離すと、思うかもしれないけれど。闘うその瞬間に、その存在を思い出すことなど、
ないと思うかもしれないけれど……。
きっと、命の価値は、自分ひとりで思い知るものではない。
高く、高く。そして、強く。
そう願う飛躍に、力を与えてくれるのは、ままならないこの世界で、自らを奮い立たせるようにして側にいてくれる人の
存在なのだ。望み続けてきた以上のものを、いま、自分は手にしている、その思いの確かさなのだ。
この世にたったひとつ、ゆるぎもなく大切なものがある。
その確かさを、決して疑えない想いが。
だから、飛べる。それはたぶんわがままで身勝手な理屈なのだろうけれど。本当に、だからこそ心の底から全てを賭けて
挑むと言える。何度叩き落されても、決してあきらめないと誓えるのだ。
それはただひとりの情熱で挑むより、はるか高みに届く強さを与えてくれる……
(桂花。おまえが、俺の翼なんだ──)
「柢王?」
黙ったままの柢王に、桂花がいぶかしげな顔をする。
「おなかすいてないんですか」
こちらの思惑など気づかずにそう尋ねるのに、柢王は笑って、
「すげー腹減った」
身を起こすと、桂花は笑って、
「なら早くどうぞ。冷めますよ」
背を向けると、台所に戻っていく。柢王は、ん、とだけ答えて寛衣をはおった。
伝えきれないことはいつもある。きっとこの思いも同じだ。
自分の感じる確かさと、同じ強さの安心を、自分はきっと与えられていない。口に出さないさみしさも、まだ力不足な愛情で想うことしかできていないけれど……。
(おまえがいるから、俺は飛べる)
この誇らかさは、言葉では言い表せない。誇らかに思う。誇らかに、思う自分を誇りに思う。その思いを、泣きたくなるほどいとしく感じる。
だから、その思いのぬくもりを、胸の奥に抱きしめて飛ぶ。
これからずっと──。
(どこにいても。どんな時でも)
ずっと。
俺は、お前の存在を、翼にして、飛ぶ──
眼下に広がる花霞。山の麓から頂までそれは続いている。アシュレイは急降下すると、いつもの場所を探した。
「確かこの辺・・・・・あった」
樹齢はどのくらいだろう?大きな桜の木はあふれんばかりの花を身にまとっていた。
「ここはいい所だな・・・誰もいなくて、静かで」
腰を下ろして木に寄りかかると、麓の方から梵鐘の音がゆっくりとのぼって耳に届いた。
「―――――――いい音だ・・・・・・人間にもいい仕事する職人がいるな」
もう会うことの叶わない顔を思い出して、アシュレイは唇をかむ。
王族の血筋をひく自分にへつらう輩が多い環境は、慣れているとはいえ息が詰まりそうになる時がある。姉のグラインダーズに幼い頃からその点に関しての注意はさんざん受けていたが、不器用なアシュレイはうまく消化ができないことが度々あった。
誰も彼もがうっとうしくなって飛び出す先はたいてい天主塔にいるティアのところか柢王のところだったが、文殊塾を卒業してからはその二人とも疎遠になりアシュレイの行く先は鍛冶職人、ハンタービノの所が多くなった。
彼の工房で、ただの鉄が熱を帯びて形を変え、鍛えぬかれひとつの芸術となる工程を己の姿に重ねて見ていたアシュレイ。誰よりも強い男でありたいという願いとは裏腹に、なんだか心が弱くなっていっている気がして仕方なかった。
そんな自分を知ってか知らずかビノの息子ハーディンは、工房付近の森に生息する動物たちの話を聞かせてくれたり、仕事の手伝いをさせてくれたりと、他の事を考えるヒマを与えない。王子だからといって特別扱いせず、こっちが年下だからといって説教じみた話を聞かせるわけでもなく、常に対等に接してくれる彼が昔から好きだった。
――――その彼が、自分のために作られる新しい武器の材料を探しに行った北で、魔族に殺されてしまった・・・・・・。
もう、会えない。
彼を失ってからのアシュレイはますます単独行動が増えたが、7番目の副官として送り込まれたアランのおかげで孤独な王子に少し変化が見えてきた。
いつも一人、というイメージが定着したアシュレイの後ろに必ずアランの姿が。密かに心配していたティアと柢王も、アランの存在にホッと胸を撫で下ろす。
――――――なのに。アランもまた、アシュレイの元へ来てわずか7日間で魔族によってその命を散らしてしまった・・・。
二度と、会えない。
「・・・・・俺に関わると・・・・みんな死んでいく・・・」
副官6人にハーディン、アラン・・・・ここまでくると自分は天界人でも魔族でもなく、死神なんじゃないかと疑いたくなる。
ため息をついたアシュレイが草をちぎって投げ捨てると、風に吹かれて緑の破片が遠ざかった。
この場所は、ときおり谷から吹きあげてくる風にのって花びらが舞いあがる。その中に飛びこむのがアシュレイは好きだった。
「来た!」
素早く立ちあがり谷間の上へ飛ぶと、足元からぶわっと花びらがおしよせてくる。
目が眩むような花びらの嵐に巻き込まれ、アシュレイは心をふるわせた。いっそ花吹雪に巻き込まれて、自分も塵と消えてしまえればいい。
「全部吹き飛ばしてくれ――――めんどくさいことも、大事だったものも、想い出も、この俺も、全部消してくれ・・・・・全部・・・・」
目を閉じるのがもったいなくて、瞼をうすく開いたまま桜吹雪に身を任せ、アシュレイもくるくると舞う。
気持ちいい―――――。
「桜って不思議だな・・・・枝を離れても、人を慰める力があるなんて」
咲き誇るときが過ぎて、散りゆくこの瞬間さえも桜の花は美しい。
花びらの舞いに酔ったアシュレイが目を閉じているうちに、風が弱くなりパタリとやんでしまう。次がくるのはしばらく後だな・・・・そう思って目を開けると、桜の木の根元にティアが座ってこちらを見ていた。
「な・・・・にやってんだ、こんな所で!守護主天がのこのこ人界に降りてきてんじゃねえよっ!」
昔のように仲良く話をしたり、一緒に昼寝をしたり、ということはなくなったが、かといって全く無視して話をしていないわけではない。
「こっちへおいで」
穏やかにほほ笑まれてアシュレイはたじろぐ。こんな優しい顔を見せてくれたのはどれくらいぶりだろう。
「アシュレイ?」
手を差し伸べるティアを訝しみながらアシュレイは地に足をつけた。
「こんなに花びらをつけて」
ティアの細い指が一枚ずつていねいにアシュレイの髪についたものを取っていく。
「そんなのわざわざ取んなくてもいい・・・・・お前・・・・本当にティアか?」
「どうしたの、私が魔族に見える?」
「・・・・・」
オカシイ。このティアはまるで文殊塾にいた頃のティアそのものだ。今のティアじゃない。今のティアはもっと――――――。
「さわるな!誰だお前っ」
「――――――アシュレイ・・・・私がわからないの」
悲しげに目を伏せたティアは花びらを一枚アシュレイの手のひらに乗せ、包むように自分の手をそこへ重ねた。
「今の私を信じられなくてもいいから聞いて?もしも・・・君が消えてしまったら・・・君に自分の人生を託して逝った者たちはどうなる?彼らはみんな、自分の欲や義務や名声を得るために君に仕えたわけじゃない、アシュレイ・ローラ・ダイという人物に魅了され、役立ちたいと思ったからこそ、君のそばにいたんだろう?」
「―――――副官たちは父上の命令でいやいや俺の後をくっついてただけだ。嫌だったのに・・・・命令に背けなくて・・・・」
「本当にそう?・・・・・仮に、そうだとしても、ハーディンやアランは?彼らもいやいや君に関わっていたの?」
「それは――――」
ちがうと思う。アランは、帰ってきたら自分に仕える、と宣言していったのだ。ハーディンも新しい武器は自分も手伝うことになるから楽しみに待っていてくださいね。と言ってくれていた。
「それにねアシュレイ。もし君がいなくなってしまったら私がいちばん悲しむよ。君なしじゃ生きてゆけない」
ティアはいちばん言いたかったことを言うと、アシュレイの体を抱きしめた。
「ウソ言ってんじゃねーよ!お前なんかっお前なんか、あのとき以来ろくに口もきかな・・っ!」
暴れるアシュレイのあごを強引に上向かせてティアは毒を吐こうとする唇をふさいだ。
ティアのつめたい唇におどろいて目を見開くと、視点が合わないくらい近くにあった瞳がゆっくりと距離をとっていく。
「・・・・・・」
澄みきったおだやかな海を思わせるその瞳を見た瞬間、アシュレイの体はその場にくずれてしまった。
目を覚ましたアシュレイはブルッと震えて辺りを見回す。少し肌寒い。
「・・・・ティア?」
かすかにくちなしの名残を感じたのに、目当ての人物はいなかった。
「・・・・・・・夢?―――――――だよな。あいつがわざわざ俺に会いになんて・・・ちくしょう!こ、こんなっ、どうしてこんな夢をみるんだ俺はっっ!」
ボカスカ頭をなぐりながら、舌に違和感を覚えたアシュレイは、それを指でつまみ出す。
「桜の花びらか」
ピッと指ではじいて捨てると、体についた花びらをはたいて天界へ向かった。
「昔に戻ったみたいだった・・・」
風を切りながら結局アシュレイは夢のティアを反芻している。
あの頃は、毎日が楽しくて、笑ってばかりだった。常にそばにいてくれる親友を得てからというもの自分は満たされていた。
初めて角を見られたときからずっと、それを否定するようなことはひとことだって言わない親友は、いちばん欲しい言葉を惜しみなく与えてくれた。いや、言葉だけじゃない、いつだって自分の事を優先してそばにいてくれた。
ありのままの自分でもいいんだ―――そう思えるようになったのは、血のつながった家族ではない、他人の彼が必要としてくれたからだった・・・・・。
「今の奴は俺なんかまるで必要としてねーけどな」
自分の言葉に打ちのめされながらも、アシュレイは先程よりは落ち込んでいない。
きつく抱きしめ、自分がいなければ生きていけないと言ったティアが生々しくて、夢と現実がごちゃ混ぜになりそうだ。
「別に俺の願望とかじゃねえからなっ!アイツが勝手に人の夢ン中でてきてほざいただけだ!」
誰に聞かせるでもない言い訳をしながら天界一の駿足は、一人にぎやかに人界を後にした。わずかな希望を胸に残して。
「君があんなことを言うから・・・行かずにはいられなかった」
幼い頃から親しくしていた鍛冶師が亡くなり、続けて副官を亡くしてしまったアシュレイ。彼のことが心配で時々遠見鏡をつけて様子見をしていた。
先ほど遠見鏡が彼の姿を捉えたとき、桜吹雪の中で呟かれた言葉。それを耳にした瞬間、後先を考えず人界へ向かっていた。
あんなことを言わせちゃいけない。あんな悲しすぎる台詞は二度と言って欲しくない。かといって、もう決心したことだ、今さら昔のように彼と付き合う訳には行かなかった。
アランを亡くした直後の荒れようを遠見鏡で見てしまった時、なんども天守塔を飛び出そうと思った。それを必死で堪えたのだから、今回こそはどうしても彼を慰めてやりたかった。他の誰でもない、この自分が。
すべてを夢だったと思うようアシュレイに術をかけたが、自ら理不尽に断ち切った関係に、未練がましくすがりつこうとする女々しさはごまかせず、ティアは嘆息した。
「アシュレイを思うならもっと強くなれ・・・・・」
暗くなった遠見鏡に映る自身を見据えて、憂いの色を追いやると、ティアは再び守護守天に戻り執務についた。
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