投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
眼下に広がる花霞。山の麓から頂までそれは続いている。アシュレイは急降下すると、いつもの場所を探した。
「確かこの辺・・・・・あった」
樹齢はどのくらいだろう?大きな桜の木はあふれんばかりの花を身にまとっていた。
「ここはいい所だな・・・誰もいなくて、静かで」
腰を下ろして木に寄りかかると、麓の方から梵鐘の音がゆっくりとのぼって耳に届いた。
「―――――――いい音だ・・・・・・人間にもいい仕事する職人がいるな」
もう会うことの叶わない顔を思い出して、アシュレイは唇をかむ。
王族の血筋をひく自分にへつらう輩が多い環境は、慣れているとはいえ息が詰まりそうになる時がある。姉のグラインダーズに幼い頃からその点に関しての注意はさんざん受けていたが、不器用なアシュレイはうまく消化ができないことが度々あった。
誰も彼もがうっとうしくなって飛び出す先はたいてい天主塔にいるティアのところか柢王のところだったが、文殊塾を卒業してからはその二人とも疎遠になりアシュレイの行く先は鍛冶職人、ハンタービノの所が多くなった。
彼の工房で、ただの鉄が熱を帯びて形を変え、鍛えぬかれひとつの芸術となる工程を己の姿に重ねて見ていたアシュレイ。誰よりも強い男でありたいという願いとは裏腹に、なんだか心が弱くなっていっている気がして仕方なかった。
そんな自分を知ってか知らずかビノの息子ハーディンは、工房付近の森に生息する動物たちの話を聞かせてくれたり、仕事の手伝いをさせてくれたりと、他の事を考えるヒマを与えない。王子だからといって特別扱いせず、こっちが年下だからといって説教じみた話を聞かせるわけでもなく、常に対等に接してくれる彼が昔から好きだった。
――――その彼が、自分のために作られる新しい武器の材料を探しに行った北で、魔族に殺されてしまった・・・・・・。
もう、会えない。
彼を失ってからのアシュレイはますます単独行動が増えたが、7番目の副官として送り込まれたアランのおかげで孤独な王子に少し変化が見えてきた。
いつも一人、というイメージが定着したアシュレイの後ろに必ずアランの姿が。密かに心配していたティアと柢王も、アランの存在にホッと胸を撫で下ろす。
――――――なのに。アランもまた、アシュレイの元へ来てわずか7日間で魔族によってその命を散らしてしまった・・・。
二度と、会えない。
「・・・・・俺に関わると・・・・みんな死んでいく・・・」
副官6人にハーディン、アラン・・・・ここまでくると自分は天界人でも魔族でもなく、死神なんじゃないかと疑いたくなる。
ため息をついたアシュレイが草をちぎって投げ捨てると、風に吹かれて緑の破片が遠ざかった。
この場所は、ときおり谷から吹きあげてくる風にのって花びらが舞いあがる。その中に飛びこむのがアシュレイは好きだった。
「来た!」
素早く立ちあがり谷間の上へ飛ぶと、足元からぶわっと花びらがおしよせてくる。
目が眩むような花びらの嵐に巻き込まれ、アシュレイは心をふるわせた。いっそ花吹雪に巻き込まれて、自分も塵と消えてしまえればいい。
「全部吹き飛ばしてくれ――――めんどくさいことも、大事だったものも、想い出も、この俺も、全部消してくれ・・・・・全部・・・・」
目を閉じるのがもったいなくて、瞼をうすく開いたまま桜吹雪に身を任せ、アシュレイもくるくると舞う。
気持ちいい―――――。
「桜って不思議だな・・・・枝を離れても、人を慰める力があるなんて」
咲き誇るときが過ぎて、散りゆくこの瞬間さえも桜の花は美しい。
花びらの舞いに酔ったアシュレイが目を閉じているうちに、風が弱くなりパタリとやんでしまう。次がくるのはしばらく後だな・・・・そう思って目を開けると、桜の木の根元にティアが座ってこちらを見ていた。
「な・・・・にやってんだ、こんな所で!守護主天がのこのこ人界に降りてきてんじゃねえよっ!」
昔のように仲良く話をしたり、一緒に昼寝をしたり、ということはなくなったが、かといって全く無視して話をしていないわけではない。
「こっちへおいで」
穏やかにほほ笑まれてアシュレイはたじろぐ。こんな優しい顔を見せてくれたのはどれくらいぶりだろう。
「アシュレイ?」
手を差し伸べるティアを訝しみながらアシュレイは地に足をつけた。
「こんなに花びらをつけて」
ティアの細い指が一枚ずつていねいにアシュレイの髪についたものを取っていく。
「そんなのわざわざ取んなくてもいい・・・・・お前・・・・本当にティアか?」
「どうしたの、私が魔族に見える?」
「・・・・・」
オカシイ。このティアはまるで文殊塾にいた頃のティアそのものだ。今のティアじゃない。今のティアはもっと――――――。
「さわるな!誰だお前っ」
「――――――アシュレイ・・・・私がわからないの」
悲しげに目を伏せたティアは花びらを一枚アシュレイの手のひらに乗せ、包むように自分の手をそこへ重ねた。
「今の私を信じられなくてもいいから聞いて?もしも・・・君が消えてしまったら・・・君に自分の人生を託して逝った者たちはどうなる?彼らはみんな、自分の欲や義務や名声を得るために君に仕えたわけじゃない、アシュレイ・ローラ・ダイという人物に魅了され、役立ちたいと思ったからこそ、君のそばにいたんだろう?」
「―――――副官たちは父上の命令でいやいや俺の後をくっついてただけだ。嫌だったのに・・・・命令に背けなくて・・・・」
「本当にそう?・・・・・仮に、そうだとしても、ハーディンやアランは?彼らもいやいや君に関わっていたの?」
「それは――――」
ちがうと思う。アランは、帰ってきたら自分に仕える、と宣言していったのだ。ハーディンも新しい武器は自分も手伝うことになるから楽しみに待っていてくださいね。と言ってくれていた。
「それにねアシュレイ。もし君がいなくなってしまったら私がいちばん悲しむよ。君なしじゃ生きてゆけない」
ティアはいちばん言いたかったことを言うと、アシュレイの体を抱きしめた。
「ウソ言ってんじゃねーよ!お前なんかっお前なんか、あのとき以来ろくに口もきかな・・っ!」
暴れるアシュレイのあごを強引に上向かせてティアは毒を吐こうとする唇をふさいだ。
ティアのつめたい唇におどろいて目を見開くと、視点が合わないくらい近くにあった瞳がゆっくりと距離をとっていく。
「・・・・・・」
澄みきったおだやかな海を思わせるその瞳を見た瞬間、アシュレイの体はその場にくずれてしまった。
目を覚ましたアシュレイはブルッと震えて辺りを見回す。少し肌寒い。
「・・・・ティア?」
かすかにくちなしの名残を感じたのに、目当ての人物はいなかった。
「・・・・・・・夢?―――――――だよな。あいつがわざわざ俺に会いになんて・・・ちくしょう!こ、こんなっ、どうしてこんな夢をみるんだ俺はっっ!」
ボカスカ頭をなぐりながら、舌に違和感を覚えたアシュレイは、それを指でつまみ出す。
「桜の花びらか」
ピッと指ではじいて捨てると、体についた花びらをはたいて天界へ向かった。
「昔に戻ったみたいだった・・・」
風を切りながら結局アシュレイは夢のティアを反芻している。
あの頃は、毎日が楽しくて、笑ってばかりだった。常にそばにいてくれる親友を得てからというもの自分は満たされていた。
初めて角を見られたときからずっと、それを否定するようなことはひとことだって言わない親友は、いちばん欲しい言葉を惜しみなく与えてくれた。いや、言葉だけじゃない、いつだって自分の事を優先してそばにいてくれた。
ありのままの自分でもいいんだ―――そう思えるようになったのは、血のつながった家族ではない、他人の彼が必要としてくれたからだった・・・・・。
「今の奴は俺なんかまるで必要としてねーけどな」
自分の言葉に打ちのめされながらも、アシュレイは先程よりは落ち込んでいない。
きつく抱きしめ、自分がいなければ生きていけないと言ったティアが生々しくて、夢と現実がごちゃ混ぜになりそうだ。
「別に俺の願望とかじゃねえからなっ!アイツが勝手に人の夢ン中でてきてほざいただけだ!」
誰に聞かせるでもない言い訳をしながら天界一の駿足は、一人にぎやかに人界を後にした。わずかな希望を胸に残して。
「君があんなことを言うから・・・行かずにはいられなかった」
幼い頃から親しくしていた鍛冶師が亡くなり、続けて副官を亡くしてしまったアシュレイ。彼のことが心配で時々遠見鏡をつけて様子見をしていた。
先ほど遠見鏡が彼の姿を捉えたとき、桜吹雪の中で呟かれた言葉。それを耳にした瞬間、後先を考えず人界へ向かっていた。
あんなことを言わせちゃいけない。あんな悲しすぎる台詞は二度と言って欲しくない。かといって、もう決心したことだ、今さら昔のように彼と付き合う訳には行かなかった。
アランを亡くした直後の荒れようを遠見鏡で見てしまった時、なんども天守塔を飛び出そうと思った。それを必死で堪えたのだから、今回こそはどうしても彼を慰めてやりたかった。他の誰でもない、この自分が。
すべてを夢だったと思うようアシュレイに術をかけたが、自ら理不尽に断ち切った関係に、未練がましくすがりつこうとする女々しさはごまかせず、ティアは嘆息した。
「アシュレイを思うならもっと強くなれ・・・・・」
暗くなった遠見鏡に映る自身を見据えて、憂いの色を追いやると、ティアは再び守護守天に戻り執務についた。
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