投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
ゴリゴリゴリゴリ・・・
床に膝をついて薬研(やげん)でさまざまな植物を干したものをゴリゴリと一心にすりつぶしてい
る桂花の背中に、柢王はおそるおそる問いかけた。
「・・・も・猛毒でも作ってんのか?桂花」
呼びかけられた桂花は「何を馬鹿なことを言っているんですか」とでも言いたげな視線でちらりと
振り向いて柢王を見、さっさと作業に戻った。柢王は冷や汗をかきながらゆっくりと桂花の横に回り
込む。
(こ・怖えぇ〜〜・・・)
・・・何というか、目が怖い。というか背中に殺気が漂っている。 場所が場所でなければ、ついに自
分の女遊びに耐えかねた桂花が猛毒を作っている現場に鉢合わせた・・・としか考えられなかったかも
しれない。
―――そう、場所が天主塔の大厨房でなければ。
薬研ですりつぶしたモノを桂花はスプーンですくい上げ、横に置いた紙の上に落とす。20センチ
四方の小さな紙の上には、今まですりつぶしたスパイスが小さな山となって積まれていた。
「そんなちょっとの量で大丈夫なのか?」
「量が多ければいいというものではありません」
柢王の問いかけに振り向きもせずに桂花は返す。右手を伸ばして持ち込んだ袋の中から干した植物
を2.3個つかみ取り、薬研に放り込んですりつぶし続ける。
「おい・・・さっきの・・・・」
薬研に放り込んだそれが、蛍光グリーンと紫と蛍光ピンクのまだら模様をしたイボイボの突起を持
つ実であったのを見て、柢王が慌てる。どう見ても魔界植物だ。
「毒性はありません」
何の感情も込めずに言い放つ桂花に、柢王は冷や汗をかきながらゆっくりと後ずさった。
・・・そして、桂花が薬研を扱っているその反対側の調理台の前で、火にかけられた大鍋の中身をかき
混ぜるアシュレイの姿があった。
「・・・・・・アシュレイ・・」
彼から少し離れたところからアシュレイを見つめるティアの瞳に涙が浮かんでいるのは、額に汗し
て料理を作る恋人の横顔に感動しているからだけではない。
アシュレイの周りには何やら赤い靄のようなモノが立ちこめている。そしてそれは、まちがいなく
彼がかき回す鍋から発生しているのだった。
大厨房は天主塔始まって以来2度目の避難勧告。最後に出た料理長は厨房を振り返って目尻に涙を
浮かべながら悄然と去っていった。
大厨房にいるのは、アシュレイ、桂花、ティア、柢王(五十音順)の四人のみ。
そしておそろしく広い厨房に立ちこめるのは、強烈激烈苛烈にスパイシーな匂い。
・・いや、もはや匂いという次元ではなく すでに目に来ている。だからティアは泣いているのだっ
た。そして、露出している肌がピリピリしている。
ティアはハンカチで目元を押さえながらゆっくりと後ずさった。
・・・事の発端は霊界から遣わされた天主塔の監査人に対し、意趣返しとしてアシュレイが手を加えた
激辛料理についてだった。 愛妻料理を味わえたティアはご満悦だったが、その後の処理に追われま
くった桂花はいい迷惑だった。
その話をたまたまティアが二人のいる前で蒸し返してしまったのだ。ティアがまたアシュレイの手
料理を食べたいと言った時に、桂花が体調を崩されてはたまらないと止めたのがアシュレイの癇に障
ったらしい。 その後はおなじみの罵詈雑言の嵐、そして、
「てめえは 根性が曲がるほど苦い薬しかつくれねえだろうがっ!」
と、アシュレイが言い放ったこの言葉が桂花の逆鱗に触れた。あとは売り言葉に買い言葉、最終的
には守護主天を巻き込んで激辛料理対決を行うことになってしまったのだった。
そうして彼らは大厨房の端と端の調理台に陣取って激辛料理対決をしている。
・・・といっても、公平を期すために料理長が自らダシをとったブイヨンスープに季節の野菜の角切り
を加えて煮込んだものをつかうから、彼らはそれにスパイスを加えて調味すればよいだけだ。
―――よいだけなのだが。
(うわああああああぁぁぁぁぁ・・・・・)
内心で悲鳴を上げるティアが見守るその目の前で、アシュレイは実に無造作に真っ赤な粉末が入っ
た袋(業務用1kg)を逆さにしてその中身を全部大鍋の中にあけた。
(・・・アレ入れるのって、確かコレで3回目・・・)
・・・3kg+α(王家秘伝のスパイスだそうだ)ものスパイスを投入され、もはや煮えたぎるマグマ
の様相を呈した大鍋の中身は、新たに加えられた粉末をゆっくりと飲み込み、赤い蒸気を噴きあげた。
「おい! トロいやつだな! まだかよ!」
鍋のふちをお玉でガンガン鳴らしてアシュレイが桂花に怒鳴る。
すりつぶしたスパイスの山が盛り上がる紙を慎重に持ち上げながら桂花がうるさそうに言った。
「こちらもコレを入れれば終わりです」
・・・ここでようやく桂花が自ら調合した調味料を小鍋の中に投入した。
投入したその際に、ジュゥーッ!という音を立てて、煤煙とも噴煙ともつかない真っ黒な蒸気が小
鍋から噴き上がったのを、ティアと柢王はしっかりと見た。
鍋の中身はあっという間に黒緑色に変じ、周囲に強烈激烈苛烈にスパイシーな匂いをまき散らし始
めたのだった。
・・・・・厨房内の空気は赤とも緑とも灰色とも言えない摩訶不思議な色になった。壁際に伏せてある竹
製の蒸籠は真っ黒に変じ、野菜はしおしおとしなび、卵は真っ赤に染まって表面が溶けかけている。
もはやここまで来ると激辛料理も猛毒と大差ない。
・・・ゆっくりと後ずさり続けていたティアと柢王の背中が当たった。二人は顔を見合わせた。
「・・・どうしよう。確実に死人が出ちゃうよ、コレ」
涙目のティアが言うのに、冷や汗をかき続けている柢王が言った。
「・・・いや、死人云々以前に、・・・誰が喰って、誰が判定すんだ?」
ティアと柢王は青ざめた顔で視線を交わした。 そしてゆっくりと2.3歩後退すると、回れ右し
て入り口に向かって猛ダッシュをかけたのだった・・・
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