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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.76 (2007/01/28 16:10) title:桂花の留学生活2
Name:秋美 (121-82-217-186.eonet.ne.jp)

 理事長室に通された柢王は、革張りのソファで行儀悪く足を組んで理事長と向かい合っていた。
 出されたコーヒーに手をつけようともしない。
 高価な調度品がセンス良く配置された居心地の良いはずの部屋の空気は、柢王の放つ気配よって極限まで張り詰めていた。
「留学生の件、きかせてもらえるんでしょうね、守天サマ」
「そう怒らないで、柢王。彼に関しては、仕方がないんだ」
 愁いを含んだ瞳が、そっと伏せられる。
「さっき、あいつの担任つかまえて聞いたら、
ちょっとでも問題起こしたら即退学で政府に突き出すことになってるって抜かしやがったぜ。
おまえが絡んでないわけねーだろ。
最終的に受け入れ許可書に判ついたのはおまえと校長なんだ。
いったい、なに考えてる?」
 納得のいく答えを得るまで、柢王は引き下がるつもりはなかった。
 しばらく沈黙が続いた後、守天は諦めたように息をつき、顔を上げた。
「あの子、いくつくらいに見える?」
「いくつって……同い年か、違っても1つか2つだろ? 17か、18くらいか」
「28だよ」
「は?」
「28歳。書類上はそうなっているし、本人もそう言った。
大学なんかもう十年以上も前にスキップで卒業しているんだ。
本来なら、この国へは外交の使者として入ってくるはずだった。表向きはね」
「で、裏で何で留学生になってんだ?」
「この処置は裏じゃない。裏向きはもっと非道いよ。彼は、国に売られてきたんだ」
 なんともきな臭い、物騒な話になってきた。
「いつまでも対等な外交にならない、交渉も一方的な要求を突きつけられるだけ。
向こうもいい加減、痺れを切らしていたし、こちらとしても、
あれだけ力をつけてきた国にいつまでも無茶を言い続けられはしない。
そんなとき、たまたま向こうに渡っていた我が国の宰相が、
付き人だか見習いだか……とにかく、向こうの国の高級官僚に従えられていた桂花を気に入ってしまってね」
「まさかとは思うけど、国王に顔繋いで欲しかったらその兄ちゃん俺によこせって具合に話が進んじまったのか?」
「恐ろしいことに、そのまさか、なんだ」
 あまりのことに、柢王は思わず頭を抱えていた。
 仮にも一国の宰相である。
 そんな頭の悪い要求を突きつけるとは何事か。
 そして、言う方も言う方なら、受ける方も受ける方である。
「あのオッサン……そろそろ首飛ばした方が良いな」
 柢王は本気で呟いた。
 しかし、それなら桂花はこんなところで十歳以上も年をごまかして不自由な留学生活を送っているはずがない。
 この話にはまだ続きがあるのだ。
「宰相の処置については私が口を出せることではないけれど。
どうしようもない要求を厚顔無恥に突きつけてしまったことを考えると、同情の余地はないだろうね。
そういう経緯で、桂花は我が国に差し出される運びとなったのだけど、あれだけ有能な人材だもの。
向こうもただどうぞと、こちらによこしたわけではない」
 中途半端なところで意味深に言葉を切った守天は、試すように柢王を見てくる。
「人身御供と見せかけて、スパイに仕立て上げたか」
「その通り。だから、国政の中心にいる宰相に個人的に囲わせるなんて論外だった」
「あいつ、頭良さそうだったしな。ネジの弛んだオッサンなんかイチコロだろ」
「そう。国家機密ごと骨抜きにされて、気付いたら宰相の屋敷からあの子は消えてる」
 さぞ頭の痛い話だったに違いない。
 報告を受けた時の父親――つまりは国王の気苦労を考えると少し笑える。
 こちらからよこせといった者を、証拠もなしに送り返せるはずがないし、
少しでも国力を充実させなければならない今、捕らえて拷問にかけるのもまずい。
 前者も後者も、相手の神経を逆なでする事になる。
 そもそも、桂花の素性を報告してきたのがこちらが潜りこませているスパイなのだから、堂々と指摘できるようなことでもない。
「で、なんでこんなところでスパイが高校生やってるんだ?」
「翔王様が陛下に進言なさったんだ。
国政に携わる愚か者のそばには置けないし、そもそも城内を使者として歩き回らせること自体が危険だと。
適度に拘束されて、監視が容易な環境で飼い殺しにするのが宜しいでしょう、
問題を起こせばそれを理由に国に返すか、こちらで処分してしまえばいい、と」
 大学ではまずい。行動範囲が広がりすぎるし、この国に関する資料も大量に揃ってしまっている。
 情報端末の使用も、表向きには制限できない。
 そこで候補に挙がってきたのが、いくつかの施設の職員と、留学生として高等部に放り込むという案だったというのだ。
「その時、たまたま私が、卒業生の士官学校への推薦の件で登城していてね。
処理を押しつけられていた事務官に話を聞いて引き受けたというわけ」
 国立の教育機関であるこの学校のトップを任されている守天は、当然ながら政府との関わりが深い。
今の話も、まさかすべてその事務官が話したとは柢王も思っていない。
どうせいつものように、巧みな話術と百戦錬磨の笑顔で何人かの高級官僚を籠絡して得た情報に決まっている。
ただ、詮索する必要がないので黙っているだけだ。
「でも、高校なんて3年で終わりだぜ。その後はどうするつもりなんだ」
「だから……上には彼の件について、そんなに長くかけるつもりはないってことだよ」
 つまり桂花は、問題を起こすことを待ち望まれているということだ。
 たったひとりですべてを抱え込もうとしていた桂花の強い眼を思い出した柢王は、なんともやりきれない気持ちになった。
望んで来たわけでもない異国で、すべての抵抗を封じ込められ、男の慰み物になるのは免れたものの、
こんなところで飼い殺されることになった。
 国に与えられた任務も果たせずに失態を待たれるだけなのだ。あの美しく誇り高い青年は。
「あいつは、どこまで知ってる?」
「使者とは名ばかりで、実際は人質として城に軟禁される覚悟で来ていたみたいだけれど……。
留学生として城を出されるとは予想していなかったようだ。
当たり前だけど。相当困惑していたけれど、拒否権がないことは悟っていて、素直に承諾書にサインをしてくれた。
可哀想だけど、私にはここで彼を監視する以外に出来ることはない」
 守天は諦めたように首を振った。
「今更、スパイと分かっている者を野放しにできないことは、おまえも分かるだろう」
「ああ」
「この件に関しては、どうしようもないんだ。きみは蒼龍王の三男で、私の大切な親友だ。
将来、深く国政にも関わることになるきみに、こんなところで傷を作ってもらいたくない」
 異国の哀れなスパイよりきみの方がずっと大切だと言外に言われ、柢王はため息をついた。
 もう、遅い。
「彼には、深入りしないで欲しい」
「……」
「わかった」
「すまない。ありがとう」
 返事をせず一拍おいて立ち上がった柢王は、もう覚悟を決めていた。
「わかった。リミットは3年。それまでに、あいつをこっち側に寝返らせれば良いってコトだ」
「柢王っ!」
 守天の顔色が変わったが、柢王に譲るつもりはなかった。
「頼む。協力してくれ。おまえの監視が、逆にあいつを守る盾になる。
つけいる隙を与えたら、もう終わりなんだろう。
この学校って檻にいる限り、少なくともあいつの自由を奪う鉄格子が、あいつの命を守る。
それ以上の口添えは今はいらないから、頼む」
「柢王……どうして」
「惚れちまった」
 あっけらかんとした告白に、守天は呆然としていた。
「き、きみは。きみという男は! 相手は敵国のスパイだと言っただろう! そもそも彼は男だぞ!?」
「性別に関して、守天サマに突っ込まれるいわれはねーけどなぁ?」
 身に覚えがありすぎる守天は、言葉に詰まった。
「俺がそうそう、マヌケなヘマすると思うか? 思わないだろう? 
だからうんって言ってくれ。この通りだ」
 引き下がるつもりはなかった。今諦めたら、桂花は近いうちに間違いなく処分されてしまう。
 守天にも立場がある。庇うことは難しいだろう。
「きみに、国政の裏を覗いてもらいたくないんだ。まだ、早い」
「俺が正式に発言権を持つまで待ってたら、あいつは殺されるんだろ? なぁティア、頼む」
 この場で額ずいてでも承諾をもらうつもりだった。
 しかし、その必要はなかったようだ。
「……何かあったら、その時は本当に諦めてもらうよ。約束できる?」
「何も起こさせないさ。俺が守る」
「不当に桂花を外に渡したりしない。このことは、蒼龍王陛下には伏せておく……これで良いね」
「サンキュ! ティア。この恩はいつか絶対返す」
 諦めたように、守天は笑った。
 この学校の最高権力者に最低限の約束を取りつけたところで、柢王の目的は果たされた。
「本当に、無茶だけはしないで」
「わかってる。そのうち、あいつを連れて遊びに来るから、そしたら会ってやってくれ」
 返事を待たずに柢王は部屋を出た。
 保健室に、桂花を迎えに行かなければならない。
 大変なのは、これからだった。
 外から伸びてくる魔の手をかわしつつ自分以外はすべて敵だと信じているような青年の心を溶かし、
口説き落とさねばならないのだから。
 どんなに大変でも、柢王には諦めるつもりなどこれっぽっちもなかった。
 見つけたのだ。自分の隣を走ることが出来るであろう存在を。
 大丈夫、なんとかなるという根拠のない確信を胸に、柢王は足取りも軽く保健室に向かって歩き出した。 


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