投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
浅い眠り。
それを妨げるように身体の先からじわじわと冷気が包んでいく。
瞼を開けることすらしんどかったが、骨の髄まで冷えきったところで頑なだった瞳が覚醒した。
辺りは霧がかかり、まるで胡粉を刷いたようだ。
「・・・・風穴・・・・・どうりで・・・・・寒いはずだ」
苦笑して呟いた男の左腹には、コイン大の何かが貫通した痕跡があった。
右肩にも鋭い爪か何かでえぐられたような傷がある。
ゆっくり半身を起こし深く息をついてから天を仰ぐと、それだけで身体がかしいでしまいそうになった。
近くの切り株を頼りに立ち上がろうとするが、体は沈子をつけられたみたいに重くだるい。大量の血が流れたせいもあり、結局は目眩をおこしその場にくずれてしまう。
「さすがにキツイ・・・」
痛みはもちろんあるが、毒だろうか?痺れたような感覚の方が強い為、こんな大ケガを負っても泣き叫ばずに済んでいる。
―――――――数年前。やはり魔族に襲われた時、死を覚悟した自分を思い出す。
眼前に迫る魔族になす術もなく顔をそむけた瞬間、紅焔が自分の前に立ちはだかった。
あまりの熱さに身をかがめ必死に転がって逃れると、そこには自国の王子が立っていた。
(アシュレイ様!?)
お忍びではなく堂々と、たった一人で自分の父親の仕事場に遊びに来ていた王子と、これまで何度か会ったことがある。
『おい、そこの!絶対に動くんじゃねーぞ!』
全身から炎のオーラを噴上げ、王子は背を向けたまま自分に向かって叫んだ。
驚きのあまり返事すらできなかったが、彼の闘う姿は瞬きもせずに見ていた。何ひとつ見落としてはいけない気がしたのだ。
斬妖槍を自在に使いこなす細い身体は、魔族に対する恐れなど微塵もなく、それどころか水を得た魚のように自由に、楽しげに技を繰り出していく。
『・・・・なんて美しい・・・』
無駄のないしなやかな動きに魅せられる。
息を殺してその闘いを見届けていたら、決着をつけたアシュレイが額の汗を拭いながらこちらを振り返った。
その目は。
普段の瞳より更に深く激しい色をしていた。
ピジョンブラッド―――――――鮮烈な鳩の血色。最高級と称えられるルビーのその色は、凶暴なほど美しいとされている。
今のアシュレイの瞳はまさにそれだった。
『なんだ、お前だったのか』
目をうばわれたまま頭を伏せる事すら忘れていると、アシュレイはしゃがみ込んで手の平を何度か上下させる。
『器用だな、目開けたまま気絶してんのか?』
我にかえって平伏し、礼を述べると「天界人が襲われてんだ、助けるのは当り前だろ」と笑った。
それからというものアシュレイは、父親ではなく自分を訪ねてくれるようになり、突然かわいい弟ができたような気分になって浮かれたものだった。
身分の尊い相手をつかまえて弟もないのだが・・・・・・。
何をしても父と比較され、自分そのものを見てくれる者がいなかった中、純粋に慕ってくれるアシュレイの存在は唯一の救いでもあったのだ。
だから尚更・・・・少しでも早く父親に近づきたくて必死になっていた。
王子が文殊塾を卒業する直前、そんな愚痴をちらっとこぼしてしまった時、彼は言ってくれたのだ。
『大丈夫だって。お前ならきっとあのオヤジに追いつく。追いついて抜かしてみせろ、俺が見ててやる』
「アシュレイ様はいつも・・・・俺自身を見てくれていた・・・・・」
あの方の為なら法など侵しても構わない。
喜んでもらえるならどんな事でもしたい。
その為なら―――命を落としても―――――。
「・・・・・でも・・・・・南に帰って・・・これを・・・」
最後の力をふりしぼって血にまみれた袋を引きよせる。
これが、恐らく探し続けていた物だと思う。とりあえず少量持ち帰って調べようとしたところで、魔族とかち合ってしまったのだ。
こちらが倒れた時点で興味を無くして行ってしまったようだが、油断はできない。魔族はきまぐれだからいつ戻ってくるか・・・・・しかし、もう指一本動かせない事は自分が一番わかっていた。
あの責任感の強い王子は、こんな風に自分が命を落としたなどと知ったらどれだけご自分を責めてしまうだろう。それを思うと、傷口よりも胸が痛む。
どうか・・・・・どうか王子が――――・・・・・・?
音もなく静かに舞い降りてきたそれは儚くとけて男の頬を伝う。
「これは・・・・・雪?」
かすむ視界の中、時折見える雪に手を伸ばそうとするが今やそれも叶わない。
『俺、寒いの苦手だけど・・・・雪は好きだ。雪って、見たことあるか?あれはすごいぜ、真綿を細かく千切ったみたいな小さい雪が、時間をかけてデカイ山をすっぽり包みこむんだ。信じられねーだろ?・・・・お前のことを人界に連れてくのは無理だけど、北で雪が降る頃に見せにつれてってやろうか』
笑っていて欲しい・・・・・いつでも、愛情に満たされて・・・。 男の呼吸が次第に細いものになっていく。
新しい武器を手にした時の王子の笑顔を想像しながら、彼は瞼を閉じた。
その口元に、わずかな笑みをともしたまま―――――。 。
。 。 。 。 。
本格的に降りだした雪は、まるでその身体を守るようにゆっくりと降り積もっていった。 。 。 。 。
。 。 。 。 。 。
。 。 。 。 。 。
後日、鍛冶職人の名匠と謳われるハンタービノからアシュレイへ、息子の訃報と共にその遺品が届けられた。
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