投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
金色の光の手に伸ばした自分の動作でカイシャンは目を開けた。すぐ横には桂花の白皙の美しい寝顔がある。あの光は窓から差す朝日だったらしい。てっきり彼の髪だと思ったのだが。
いつもは触れれば指先が凍りつきそうな美貌だが、今は暖かな光に照らされているのも手伝ってか白い頬が柔らかく見える。それは匂いたつような甘ささえ感じられた。
幼い頃からカイシャンは何でも桂花に話した。けれど成長するにつれ、話せないこともできた。例えば自分が桂花をどう思っているか、とか。いっそ言ってしまえれば楽なのにそうできないのは、言葉にするには、その気持ちはまだ形のとれないものだったし、何より桂花の反応が恐ろしかった。漠然と想像がつくくらいにはカイシャンも桂花を分かっている。
誘惑に抗えず、カイシャンは桂花の頬を掠めるように触れた。気配には敏感な彼のこと。細心の注意を払わなければ。自分の鼓動が耳のすぐ内側で聞こえる。そんなに大きな音をたてたら桂花が目を覚ましてしまうじゃないか。しかし、幸いなことに長い睫はピクリとも震えなかった。それにほっとしつつも、まだ視線は桂花から離れない。頬をなぞった指先は今度こそ桂花が目をあけてしまうんじゃないかという心配をよそに、今度はうっすらと開かれた唇へと滑っていった。指先に桂花の吐息が触れ、カイシャンの指先がじんわりと熱くなった。こんな風にまた一つ桂花の知らないことが増えていく。
桂花の唇が動いたので、カイシャンは慌てて指を引っ込めた。桂花の唇から漏れたのは、聞いたことのない言葉だった。今まで習ったどの国のものとも違う、けれど、どこか懐かしい響きを帯びた言葉だった。そしてそれはなぜかカイシャンを切なくさせた。
桂花の唇がまた動いたのでカイシャンは耳を澄ませた。
「柢王・・・」
小さな掠れた声で。桂花は確かにそう言った。桂花の長い睫はしっとりと濡れていた。
こんな風に誰かの名を呼ぶ彼をカイシャンは知らない。桂花は自分が見たことない表情でその人を見つめるのだろう。だって桂花がこんな甘い声で名を呼ぶのだ。先ほどの指先はまだ熱い。これも桂花がカイシャンの知らない誰かを想って生み出された熱なのだろうか。カイシャンはそれを振り払うように昨晩からの読みかけの本を乱暴に引き寄せた。字を追ったが、内容はちっとも頭に入ってこなかった。
しばらくして桂花が起きた時、カイシャンは意趣返しのつもりでさっきの寝言のことを口にしてみた。予想以上の動揺にちょっと小気味よかった。しかし、最後の寝言はどうしても言えなかった。言ったらどんな顔をしただろう。
カイシャンの落とした爆弾に桂花はまだ沈没している。ふと、「柢王」はこんな桂花を知っているだろうかと思う。枕に顔を押し付けている桂花の髪の間から白い項が覗いた。朝日の中、透明な「柢王」の指がそこに触れるのを一瞬見えた気がして、掛け布の下で、カイシャンは無意識にさっき桂花に触れた手をきつく握った。
今、流行りの「勝ち抜き大会」へ誘って、桂花の気持ちが切り替わったところで、カイシャンは何食わぬ顔で寝台から抜け出した。
今は桂花と同じ寝台にはいたくなかった。
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