投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
月はない。
静まりかえったその闇に映るものは、いくつかのかたまり。
無表情のまま、手にしていた花を見ると、茎はがっくりと折れ大半の花びらが散ってしまっていた。
桂花は舌打ちすると、倒れている男たちにそれを投げつけ振り返りもせずにその場を後にした。
人という生き物はおよそこんなものだ・・・・・・・いや、始めのうちはまだ良い。
自分の処方する薬がとても効くと、崇められる程度なのだから。
それが、時が経つにつれ儲け話を持ちこんで来る者、脅して配合法を聞きだそうとする者、薬を盗もうとする者・・・・・後を絶たない。
もちろん中には親切な人間もいるが、同じ所に長居することはしなくなった。
親しくなりすぎれば相手の情が厭わしくなるのは目に見えていたし、深入りしたところで、所詮寿命も異なる異種だ、年をとらない自分の容貌を怪しむ者が出てくるだろう。
まるで逃亡生活のような日々。
何かに追われているわけではないのに一定の場所に留まることができない。
「魔族なんて何のために生みだされたんだ・・・・・・」
せめて自分が人間ならば良かった。信じられないほどの短い時間の中で、人はたくましく強く、時には汚く愚かに生を尽くす・・・・・・・そして再び転生する。
魔族には望んでも無理な話だ、魂がないのだから――――――。
魂が無いというのなら・・・・この感情はなんだ?自分にだって感じる心がある、それは魂があるからこそじゃないのか・・・・・魔族など・・望んだわけでもないのに・・・。
先の世での罰だとしたら、これは転生なのか?そして、罰だから来世はないのか。
「何をもって、誰が吾を魔族とした・・・・」
月がない。
普段は押さえ込んでいられる感情の制御が上手くできない。
「ふふ、李々・・・李々が桂花なんて名をつけたりするから・・・・」
弱気な自分を誰かに見られる心配すらない今の生活に、ほんの少し疲れていた。
こういう時ばかり、ふらりと人間の男の元を訪れてしまう自分にも、嫌気がさしている。
できるだけこんな明け方は外に出ないようにしていたのだが、上客が発熱し夜中に呼び出されたのだ。医者ではないというのに。
不機嫌を隠し、処方を済ませた桂花に家人が差しだしたのは報酬のみではなかった。
庭で花を咲かせた鮮やかな赤。
それを受けとると、飾らない笑顔を桂花は返したのだった。
「せっかくの花がだいなしになった」
先ほどの不愉快な連中は今ごろ意識が戻って、また性懲りもなく待ち伏せしたりするのだろう。
「短い生をなぜもっと有意義に過ごせない」
皮肉な笑みを浮かべたまま更に歩を進める。
『月は太陽のような恵みの光を持たないわ。でも、ごらんなさい。月を見ているだけでこんなにも心が休まる・・・・そこに在るだけで安心できるの。太陽のように直視できないほど遠い存在じゃないから・・・』
氷のような月を見上げて親しげに、懐かしげに語る李々の傍らで・・・桂花は李々にとっての自分は、あの月のようでありたいと願った。
「だけど李々・・・吾は李々の月にはなれなかったんだね・・・」
じきに夜が明ける。
その時はもう、いつもの自分に戻っている。
今までそうしてきたように。
李々が去った今、彼女以外だれもいらない。
心を開く相手など、必要ない。
その日、運命の相手とめぐり合うことも知らずに桂花はひとり朝を迎えた。
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