投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
グラインダーズが柢王にエスコートを申し入れた日からきっかり7日後、グラインダー
ズからの極めて丁寧な内容の書状を託された(ふくれっつらの)アシュレイの案内で、柢
王は採寸のために一度だけ南領に訪れた。
南領の離宮の一室でグラインダーズの丁重な出迎えを受け、アシュレイにからかわれつ
つ、柢王は如才のない態度で頭周りから足首周りにまで至る細かい採寸を耐えた。
採寸の中休みで、柢王はアシュレイとグラインダーズとお相伴に預かるデザイナー達と
テーブルを囲み、よく冷えた後味がすっきりとする香草入りの清涼飲料水と香辛料の良く
効いた甘味の強い南領の菓子をつまみながら、とりとめのない話をした。
デザイナー達は良く笑い、たくさんの話題を提供したが、どういった仮装衣装になるの
かについては何も言わなかった。ただ笑って当日のお楽しみと言っただけだった。
柢王は終始おとなしい態度でほとんど何も聞かなかったが、採寸が終わってから、デザ
イナー達へ3つだけ条件を出して帰っていった。
曰く、
補正下着の類は一切駄目!
ヒールの高い靴も却下!
肌も極力見せないこと!
だった。
いっそ思いっきり大胆な仮装にしてやろうと考えていた(何のことはない。単にまだ何
一つ決まっていなかったのである)デザイナー達は足下をすくわれた形になり、「なぜ
〜?!」と半泣きになる中、「やっぱり男の子さんですわね」と、 柢王と同じくらいの歳
の男児を子に持つデザイナーがくすくす笑いながら頷いた。
その隣で、グラインダーズもくすくす笑っていた。奇しくも柢王が示した条件は、グラ
インダーズがデザイナー達に事前に提案した衣装と条件がほとんど一致するものだった
からである。
「・・・では、私のアイディアどおりに進めてちょうだい」
くすくす笑うグラインダーズに、デザイナーの一人が、デザイン画を見ながら言った。
「・・・姫様、本当によろしいのでしょうか? こう言っては何ですが、前回に比べると面
白味に欠ける感は否めません。」
「いいのよ。今回は奇をてらう必要はないのだから。」
前回のアシュレイと揃いの鳥の衣装は、立体感や羽の動きになめらかさを見せるため、
最後の最後までデザイナーとパタンナー達が額を付き合わせて喧々囂々しながら作り上
げた良いものだった。 しかし今回は豪奢さこそあれ、本当に「ただの服」なのだ。デザ
イナー達としては腕の奮いどころがないので、がっくり来るのは仕方ないことと言えた。
「・・・なんだか今回のお題は、いまいち主体性がありませんわね。何だか意味合いが広す
ぎて曖昧ですわ。そもそも仮装向きのお題ではありませんわ」
「そうね でも」
グラインダーズは肩に降りかかった髪をかき上げながら挑戦的な笑みを浮かべた。
「いろんな意味に取れるからこそ やりやすいって事もあるのよ」
その夜、グラインダーズの寝支度を手伝っていた彼女の乳母が、ふと何かを考える仕草
をして問いかけてきた。
「姫様、そろそろではありませんか?」
グラインダーズは下腹部に手をやり、わずかに考え、そして頷いた。
「・・・そうね。そろそろ来るわ」
憂鬱な顔をして、グラインダーズは頷いた。月に一度訪れる「アレ」だ。始まれば文殊
塾を2.3日休まねばなるまい。腹が立つくらい毎月正確に訪れるたび、憂鬱になる。
乳母は、それはどんな女性も大なり小なりそんなものですよ、と慰めてくれるが、グラ
インダーズの憂鬱に拍車をかけるのは、毎回それが訪れるたび、初めて血を流した頃に起
きたあのことを思い出してしまうからだった。
・・・その日は なぜだか 朝からイライラしていた。
それは文殊塾の武術の時間に小休止を言い渡した武術師範が、汗をぬぐうために場を離
れたわずかな時間のことだった。 子供達が大人のいない間に悪ふざけをするのはいつも
のことだ。数人でふざけあいながら長棒を振り回す男児の棒先が、たまたま近くを歩いて
いたグラインダーズのとりまきの女児の肩口をかすり、その痛みに女児は泣き出した。
それを見たグラインダーズが、その男児に棒先を突きつけて謝罪を求めた。それが発端
だった。
その男児はグラインダーズよりも年長で、体も大きかった。自分よりも小さな、しかも
女児の権高な言葉と棒先にカッとなったのだろう。侮辱の言葉を吐きながら、男児は突き
出された棒先を横合いから打ち落とした。
・・・痺れる手を、呆然とグラインダーズは見つめた。力一杯握りしめていたはずの棒は
グラインダーズの手を離れて地面に落ち、甲高い音を立てて転がっている。 女児達の悲
鳴と、どっと男児達が周りで囃し立てる声に、カッと頭に血が上るのをグラインダーズは
感じた。
やれるものならやってみろとこれ見よがしに棒先を繰り出してくる男児に、とり落とし
た長棒を拾い上げてグラインダーズは打ちかかった。たちまちのうちに打ち返される棒先
の鋭さに長棒を握る手が痺れ、足がもつれかかる。
「・・・・・ッ!」
―――悔しかった。 女だからとか、そう言われて悔しかったのではなく、本当に力で
は叶わなくなっている自分の力が悔しかった。
負けたくないと、この時、初めて痛切に思った。
だから、本来避けられるはずの棒先を避けずに、わざと顔で受けたのだ。頬を薙ぎ、鼻
先をかすめた棒先にしぶいた血に驚いたのはグラインダーズではなく、相手の方だった。
ここまでして勝ちたいという、負けず嫌いというよりも、もはや意地としか言えない感情
を自分か持っていたことにも少し驚いたが、その動揺の隙をついて相手をたたきのめした
事についてはグラインダーズは今でも後悔していないし満足している。
力で勝てないのなら、相手の虚を突く勝ち方もあると分かったからだ。
・・・しかしその後がいけなかった。グラインダーズは南領の王女、相手は貴族の子息だ
った。文殊塾から城に帰り、グラインダーズが乳母に小言を言われながら、それでも勝
ったという満足感に密かにひたりながら擦りむいた鼻先と頬の再手当と鼻血で汚れた衣
装の着替えをしている時に、息子の首根っこを掴んだその父親が、父王に謝罪の面会を泡
食って申し込んできたのだった。
(・・・どうして子供の喧嘩に親が出てこなければならないの?!)
乳母の制止の声を背中に聞きながら、ワンピースタイプの肌着一枚の姿でグラインダー
ズは部屋を飛び出した。午後の日ざしが差し込む回廊の美しいモザイク模様を描き出すタ
イルの床の熱さを素足の足裏に感じながら謁見の間へと走る。
謁見の間の扉に向かうよりも、謁見の間の隣室である控えの間を通り抜けるほうが、父
の元に早くたどり着ける、と判断したグラインダーズは控えの間に飛び込んだ。
彼女の父親はちょうど控えの間から進み出て、床に頭がつくほど平伏している親子の前
に立って、彼らに頭を上げるよう促しているところだった。
「父上!」
娘の声に父親は振り向き、控えの間から走り出ようとしている娘の姿を認め、その格好
に目を見開いた。
グラインダーズの着ているなめらかな肌触りの裏地がつく白い肌着の表地には、布の色
と同じ色の糸でびっしりと刺繍がされている。その豪奢なつくりのそれは一般市民の晴れ
着にも相当するものだった。
だが肌着は肌着であり、そして、断じて王女が人前にさらして良い姿であるわけがなか
った。
「 一国の王女がそのようななりで人前に姿を見せるでない!引っ込んでおれ!」
叩き付けるような大音声だった。 そのすさまじさに頭を上げかけていた親子は再び平
伏し、グラインダーズは思わず足を止めた。
数歩で控えの間の入り口まで戻った父親に、その肩からむしり取ったマントをかぶせる
ように投げつけられ、立ちふさがるように自分に背を向けたその背中は、なぜだか異様に
大きく見えて、自分の言葉など届きもしないように思えて。
「あ・・・」
立ち竦んだところを追いついた乳母達に抱えるようにして連れ戻された。体を二つに折
って足に力を入れて抵抗しようにも、足先から力が抜けていって、声が喉から先に行かず、
きれいに磨かれた床と引きずられる自分の足先ばかりが目に入って、ひどく惨めだった。
・・・その足先に 赤いものが滴滴と落ちて流れ落ち、かかとに引きずられて床に赤い線
を引くのを見た時、堰を切ったようにグラインダーズは自分の声を喉から迸らせた。
悲鳴だった。
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