投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
風をきりながら胸元に抱いた幼馴染の様子を伺う。こんな不安定な状態だというのにしがみついても来ない。
泉でアシュレイについた糸を洗い流す間、再びネコにマタタビ状態にならない様に気をつけたおかげで、今のところ怪しげな行動は起こしていない・・・・と思う。
アシュレイが所有している布。これがあると移動時間が短縮できる。
『アシュレイが、アウスレーゼ様からいただいたんだ。大丈夫。あの方はアシュレイのことを気に入ってくださってるから危ないものではないよ、心配いらない』
最上界の人物とはいえ、会ったことも無い者を簡単に信じるわけにはいかない。しかし、何事においても慎重に事を運ぶティアが全面的に信用しているようだし、その男が自分の大切な友人達に危害を加える輩でないのなら・・・・それどころか力となってくれているのなら、ありがたい。
アシュレイや自分以外に、ティアにとっての拠り所があるということは嬉しいことだ。
あの出来た幼馴染は、なんでも自分の内にしまいこんで苦悩するのがクセになっている・・・というより、そうせざるを得ない立場にある。
誰にでも愚痴をこぼせる立場でも無いし、簡単に人を信用してよい立場でも無い。
天守塔の中には各国のスパイが送り込まれている状況だ、油断ならない。
彼が守護主天などという面倒な立場でなければ、自分もこういう類の心配はしていなかっただろう。
アシュレイとティア、二人とも比べようがないほど大切だ。それでもティアの方が、目が離せないのは事実。ティアは・・・・・謎なところがまだまだある。
時折みせる彼の眼差しがひっかかる。
これだけ近くにいても救いきれない何かがある。そう感じる。
そんな複雑な男に惚れられたアシュレイは責任重大だ。
守天の在り方ひとつで人間界が変わってしまう。ティアがいつでも穏やかでいられる条件からアシュレイは切っても切り離せない存在。
「お前が絡むとあいつ、豹変するからなァ・・・・・」
あどけなさの残る頬に軽く唇を押し当てて、感謝の気持ちを贈る。その気持ちに色めいた感情はない。(・・・・と、柢王は思っていたが、やはり残念ながら少し薬の影響は残っているようだった)
彼は友人でありライバルであり、弟のような存在。
意識があるときにこんな事をしたらあっという間に両手から武器を出し、本気で切りかかってくるだろう。淋しがり屋のくせしてスキンシップに慣れていないのだ。
「・・・・・・あ、やべっ。もし遠見鏡で見られてたら二人がかりで殺されんな――――てか、俺がこいつに迫ったの見られてねーだろうな・・・・」
ついつい足取りが重くなりがちの自分に気合を入れなおし、柢王は天守塔を目指した。
会議に必要な書類の支度をしていた二人は、その様子を見て同時に席を立った。
息を切らした柢王の腕にはアシュレイがスヤスヤと寝息をたてている。その様子はなにか怪我をしたとか、具合が悪くなったとかいうようなものではなかった。
恋人の腕の中で安心しきって眠っている・・・・そんな風にしか、見えない。
「柢王・・・・・・・どういうこと。場合によっては・・・」
いつになく物騒な瞳で柢王を見据えたまま、ふらりと歩み寄ったティアに柢王は慌てる。
「お、落ち着けよティア、どこもケガなんかさせてねぇよ。寝てるだけだから安心しろって」
「・・・・・寝てる?そんなの見れば分かるよ、疑問に思うのはなんで柢王の腕の中でこ・・・こ、こんなっ、こんな無防備な寝姿を晒しているのかっていう事だよ!」
簡単に「寝てるだけ」と言われても、こんな風に自分以外の腕の中で眠るなんてアシュレイに限ってありえない。
「とにかくこっちにっ」
柢王からアシュレイを取りあげるようにティアが手を伸ばす。
こんなに騒がしいのに、ゆるやかな呼吸を繰り返し寝ているアシュレイ。
「―――――このにおい・・・・なんですか?」
天敵が、目を覚ます気配がないと分かると、それまで黙っていた桂花がアシュレイの顔を覗き込むようにスンスンと鼻を鳴らした。
言われてティアも顔を寄せると、アシュレイの体からかすかに甘い香りが漂ってくる。
「バカ、嗅ぐなって!」
柢王は二人をアシュレイから離すと、慎重に言葉を選び、なおかつ自分が媚薬にかかった事は伏せながらさっきまでの経緯を話した。
「何てことしてくれたんだ、柢王〜〜〜」
ティアが書類の山に手をついてうなだれる。
いつもいつも問題をしょいこんでくるのはアシュレイ――――と、相場は決まっていたが、今回ばかりは柢王が原因のトラブルだった。
「どうりで苗の数があわないと思った・・・・で?吾の苗を勝手に持ち出したコソ泥の尻拭いのために、こちらを監視しておけと?この方が目覚めるまでならお役に立てますが、気がついたら最後、修羅場になる事に責任はもてませんが。それともあなたは吾が炭になっても構わないと?」
「そう言うなよぉ〜頼む。俺はもっかい戻ってホントに全部燃えきったか見てくるからサ」
いちおう綺麗に糸は取り除いたものの、一向に目を覚まさないアシュレイが気になる。
なにか副作用などがあるかもしれないし、このまま一人で寝かせておくのは不安だった。
「私からも頼むよ桂花。指輪も渡しておくから」
ティアは寝ているアシュレイに、手光をあてて霊力を補ってやりながら桂花を見た。
守天のスケジュールはもちろん把握している。このあと大事な会議が控えていることも。
「――――仕方ありませんね、守天殿の頼みとなっては」
しぶしぶ承諾した桂花に礼を言うと、ティアは自室へアシュレイを運んだ。
「悪ぃな、じゃ、行ってくる」
柢王の事は軽く無視してティアの後を追うと、揃えた書類を手渡し会議へ送り出す。
静かになった部屋の中、ホッと息をついた桂花は不平をもらした。
「・・・・・なんで吾が」
どうせなら執務室で監視していたかった。そうすれば仕事をしながら様子を見ればいいので気もまぎれたのに。
「ん・・・」
寝返りをうったアシュレイに、桂花はギクリと動きを止めて様子をうかがう。
―――――起きる気配はなさそうだ。
「はぁ・・・柢王、守天殿、うらみますよ」
いくら守天の指輪に守られていても嫌なものは嫌だ。
武将である自分が意識を失い、いつの間にかベッドに寝かされていて、起きぬけに大嫌いな魔族と目が合う――――その後どうなるかぐらい想像がつくというのに。
壁の方を向いたアシュレイの頭に冠帽がついていない事に気づき、桂花は眉をしかめたが、幸な事に守天が持ってきてくれたのだろう、サイドテーブルの上に置いてあった。
彼が自分に角を見られたと知ったら守天の、所有物の被害が増えるだけだ。今のうちにつけてしまおうと、冠帽を手にとってアシュレイにかぶせようとした時、中に何かが詰まっている事に気づいた。
「何だ?」
ひっくり返して中を見ると、綿のようなものが詰まっている。
指を入れてたぐり寄せると、細い糸が絡まって、玉のようになっていた。
「これは・・・例の糸か」
桂花はやわらかな糸に火をつけて、燃やしてしまう。周囲に甘い香りが漂った。
「あの人は、時々詰めが甘い」
受け皿として使ったものを軽く懐紙でぬぐい、再びアシュレイの方を見ると、なんと彼は半身起こしてこちらの方をジッと見つめていた。
「!」
桂花は即座に扉へと走ったが、それよりも速くアシュレイが立ちはだかる。
「・・・・・・・」
無言で見つめ合ったまま数秒が過ぎる。
桂花がサッと扉に手を伸ばすと体で阻止される。
「柢王のとこ行くつもりだろ?・・・ダメだ・・・・俺と一緒にいろぉ〜」
「!?」
「・・・・桂花・・・・綺麗・・・お前って、綺麗〜」
桂花の腰に手を回し、抱きついてくるその目はトロ〜ンと果てしない所までイっている。
「・・・冠帽の糸か!」
アシュレイの豹変振りに桂花は、この糸の香りを嗅いだもの全てが媚薬にかかるわけではないのだと悟った。
それを体につけた者に直接効果はない。つけた者が周りの者に好かれる効力、つまりほれ薬の類なのだと。
「は、離せ!」
すがり付いてくるアシュレイを腰にぶら下げたまま、ドアに手を伸ばす。
「行かさないぃ・・・お前がいてくれるんなら、何でも言うこと聞く・・・桂花・・・よくわかんねぇけど・・・お前のこと、たまらなく好・・」
バッとアシュレイの口を袖でふさぐと、桂花はそのままベッドへ彼を引きずった。
「いいですか!それ以上喋るんじゃありません!」
もしも彼が正気に戻った後、今のこの記憶が残っていたら自分(桂花)の身だけではなく柢王の身も危ないだろう。
プライドの高い王子のことだ、自分から魔族に言い寄ったなんて許せるはずがない。
「桂花・・・やっぱり俺のこと嫌いか?俺を・・・置いていくのか?」
桂花の服を引っぱりおどおどと訊いてくるアシュレイに怖気が走る。 あんな少量で加工もされていないのに、なんて恐ろしい効き目だ。アシュレイ自身、正気に戻ったら自害しかねない。
「そ、そこから動かなければ、どこへも行きません」
「分かった、動かない」
こんなに素直なアシュレイは見たことがない。
無邪気な顔でニコッと微笑まれて、一瞬カワイイかもしれないと思いそうになってしまった自分も恐ろしい。
大人しくベッドの上で膝を抱えているアシュレイを横目で見ながら桂花は薬袋を探る。
媚薬がまわっている体のため記憶を完璧に消すとまでは行かないかもしれないが、何も手を打たないよりはマシだ。
「目を閉じてください」
言われるがまま目を閉じたアシュレイの頭から粉を振りかけた。
「桂花?」
目を開けたアシュレイだったが、すぐに焦点が合わなくなり再び眠ってしまう。
「―――頼むから効いてくれ・・・」
小さな寝息をたてているアシュレイに今度こそ冠帽をつけて、崩れるようにソファーへ倒れこむ。
「・・・・・いっそ吾の記憶を消してしまいたい」
守天のことといい、アシュレイのことといい、誰にも言えない秘密がまた増えてしまった事実に、桂花は頭を抱えた。
その後、まる一日、柢王と口をきかなかった桂花だったが、守天からの手紙でアシュレイの記憶が飛んでいる事を知らされて、ようやく恋人を許してやったのだった。
水滴を含み、しっとり濡れた髪が首や頬にまといつく。
「くそっ、うざったい!またティアに切ってもらわね―と」
人界にいた頃、部下にカットを頼んだが、どいつもこいつもバカみたいに緊張して手をふるわせるものだから、結局自分でハサミをいれた事が一度だけある。
その直後、定期報告で天界に戻ったときアシュレイを見たティアが絶句し、理容師を呼びつけ大騒ぎとなったのだ。以来、決して自分で切らないと約束をさせられた。
「あのときのティア・・・おかしかったな」
クク、と声を殺して笑いアシュレイは前に立ちはだかる草をなぎ払った。
払うたび水滴が散り、既にアシュレイの服は上から下まで濡れてピッタリと体に張り付いていた。
「しかし柢王の奴・・・人を呼び出しといて何してやがる」
せっかくの休日なのに頼みごとがあるからと、一方的に待ち合わせ場所を指定してきた。滅多にない親友の頼みに、何だかんだ言ってもアシュレイは張り切っていたのだ。
いつも世話になってばかりの自分が役に立てるのなら何だってしてやりたいし、いくらでも相談に乗るつもりだったのに・・・・・。
既に三十分は待っている。短気なアシュレイにしては大変なことだ。
もう待てない!と思ったところで、すぐ後ろの繁みから悲鳴が聞こえた。
男とも女とも区別がつかないような悲鳴は気味が悪かったが、放っておくわけにも行かずアシュレイは飛んだ。
しかし、上から見ても鬱蒼と生い茂る草ばかりでなにも見えない。
空耳か?と下りたところで二度目の悲鳴。
「チッ、何なんだよ、ったく」
正体不明の悲鳴にどこだ!?と声をかけるが全く応答がない。
「はぁ〜・・・くそっ」
こんなことに朱光剣を使うなんて・・・とアシュレイは嘆息しながら草を次々なぎ払うこととなったのだ。
「燃やしちまった方が早いけど・・・奥に誰かいるのにヤバイよな」
人を焼き殺す趣味はない。
ブツブツ文句をたれながら突き進んでいく間、アシュレイは自分の体がだんだん重くなってきている事に気づいた。
「何だ・・・・?」
手も足も、思うように動かない。
よく見てみると、全身に蜘蛛の糸のようなものがいくつも絡んでいて、それを取ろうと動くたび、体の自由をうばわれていった。
「な、何だよこれっ!?」
声をあげたとたん四方からいっせいに糸が体に巻きついてきた為、アシュレイは体を浮かし発火した。
ボッと炎が全身を包み、糸が熔けて体の自由が戻る。
「どーなってんだ・・・」
訝しむアシュレイの耳に三度目の悲鳴。
しかしそれは誰かに助けを求めている人のものでも、恐怖にかられた人のものでもなかった。
「―――――なんだよ気味悪ぃ・・・この植物・・・・悲鳴あげてやがる・・・・・」
「アイツ怒ってんだろうなァ」
柢王はアシュレイとの待ち合わせ場所へと急いでいた。
ムリヤリ約束をさせたのは自分のほうだったのに、寝過ごしてしまった。
桂花が天守塔に行くとき声をかけてもらったのだが、二度寝をしてしまったらしい。
「せっかく貴重な時間もらったのにな。このチャンス逃したら次はいつになるんだ?それまでアレを放っておくわけにもいかねぇし・・・・やべぇぞコリャ」
柢王はため息をつきながら頭をガシガシかいて、速度をあげた。
やっと約束の場所の上空まで来ると、地上の方でボッと火の手が上がった。
急降下すると、そこにちょうどアシュレイが草むらから転がり出てくる。
「アシュレイ!」
「〜〜〜〜柢・・王・・・貴様ぁ・・・・何なん・・・だ、コレ・・・・霊力が・・」
力が抜けた状態のアシュレイが、ヨロヨロと柢王の胸に倒れこんできた。
「おい、しっかりしろアシュレイ!・・・・・・・」
抱え込んだアシュレイの体から甘い香りが漂う。彼の好物だった、マシュマロのような匂いだ。
「なんだ?お前の体、甘いにおいするぞ・・・それにこんなベタついて・・・・いったい何が・・・・・お前・・・・こんなに可愛かったっけ・・・・アシュレイ、かわいい・・・・・」
「は!?」
柢王の語尾にギョッとして、肩で息をしていたアシュレイが顔をあげると、ふらふらぁ〜と柢王の顔がアシュレイの唇を求めて急接近してくる。
「やめ・・・ろっ!・・・バカ野郎・・・・なに血迷って・・・」
力の入らない手で迫る頬をグイグイと押し戻すが、すっかり目がとろけている柢王はへこたれない。
「アシュレイ・・・なんで今まで気づかなかったんだ・・・・・」
「や・・・・・桂花!あそこに桂花がっ!!」
ピク。と一瞬柢王の動きが止まったが、すぐにヘロヘロ〜と迫ってきた。
「アシュレイ、食べちゃいたい」
「よさ・・・・ないかっ!」
ブワッと炎が柢王の体を包む。
「ぅわっちち―――っっ!あ、あちっ、あちいっ、アシュレイッ!消してくれっ正気に戻った!戻ったから!!」
疑わしい目を向けたままアシュレイがまやかしの火を消してやると、柢王は風上に立ってアシュレイから距離をおく。
「なんて恐ろしい・・・」
「どっちがだ!」
「いや、お前の事じゃねぇよ。その植物」
言いながら柢王はアシュレイの後ろの繁みを指さす。
「これ?お前が言ってたのって、この植物なのか?こいつ、悲鳴あげたぞ。気味悪ぃ」
「だろ?俺も昨日聞いた。多分これ・・・俺のせいなんだよなぁ。実はサ、桂花の持ってた媚薬のもとになる草の苗をこっそりここで栽培してみようとしたら、別の奴と混合しちまったらしくてサ」
「別の?」
「う〜ん、推測だけどな?苗を植えた日、俺、魔風屈に行ってたんだよ。その時なんかの種が服にくっついたんだと思う――――で、それくっつけたまま苗を植えて・・・・その時種が落ちたんじゃねーかと。あっちには声あげて獲物をおびき寄せる植物とかあるからな、そいつが苗に寄生したっつーか共生したっつーか」
「全く、何でそんなもの・・び、媚薬なんて、テメーには必要ねーだろ」
「だってあれ結構いい値で売れるんだぜ?種類によって程度が違うんだ。俺の勘ではこいつが一番効くと見た。何しろ桂花の管理が厳重だったからな」
「ンなもん育てたところであいつの手ぇ借りなきゃ媚薬なんて作れねーだろ」
「そりゃそーだ。だから、大量生産できるように協力したってコト、作っちゃったもんは怒ったってしょーがねーだろ?」
「・・・・・・確信犯か、あきれた野郎だ。だいたいこっそり盗んできといてなにが協力だ。いつもの事ながら適当なこと言いやがって―――――で?俺になに頼むってンだ」
「魔界のもんが混じってるしここで育てるのはヤベェだろ。それに繁殖力が強すぎる。ここまで育つのにたった七日だぜ?最初はこんな広範囲じゃなかった」
「なんだと?じゃあ・・・上に伸びるだけじゃなく、範囲を広げてるってことか」
「そ。も〜いくら切ってもキリがない。あっという間に蘇生するからよ、お前の火で焼き払ってもらおうと思ったわけ。こいつ、昨日より確実にパワーアップしてる。俺が昨日切ったときはこんな症状は出なかったし、甘い匂いもなかった」
「・・・・・くだらねぇ。しかも結局失敗してんじゃねーか」
アシュレイはガックリと肩を落とす。
せっかく柢王の相談にのろうと、力を貸そうと思っていたのに・・・・こんな草を燃やすだけだなんて・・・・。
「じゃ、早速焼いちまってくれっか?」
「・・・・・」
「よろしくっ」
人懐こい笑顔でアシュレイの背中を軽くたたく。
「ったく、あ――っ、バカバカしいっ!てめぇ、さっさと土の下から根こそぎこいつらを掘り起こせ!」
「了解〜♪」
柢王が次々と小さな旋風をおこし根元を切らないよう気をつけながら掘り起こすと、アシュレイがそこに業火を放つ。
キェェ〜〜、ギャ〜〜と断末魔の叫びが響きわたり、その気味悪さに我慢できずアシュレイは柢王の脛を蹴っ飛ばした。
流れ作業の要領で次々とこなしていき、最後の一角に火を放った直後アシュレイが柢王を突き飛ばす。
「―――っだよ!?そこまで腹立てること・・・アシュレイ!」
とっさに受身をとった柢王の目の前でアシュレイの体が宙に舞う。
その光景は、シュラムにアシュレイが振り飛ばされた時を髣髴とさせるものだった。
細い糸がいっせいにその体を包み込み、白繭が宙に浮いている。
「アシュレイッ」
首に下がっていた鎌鼬の剣を構え、葉の切断面から伸びた蔓のような糸を切り離した柢王はアシュレイの体を受け止めて、すぐに空へ逃げた。
息を止めて体を包み込んでいる糸をむしり取っていく。
ほとんどが、千切れて下へと落ちていったが、アシュレイの体にはまだ蜘蛛の糸のような細いものが絡み付いていて、それが甘く香っているようだった。恐らく、この糸が霊力を吸いとっているのだろう。
地上ではアシュレイが最後に放った炎がメラメラと手を広げていき、さっきまで彼の体を拘束していた糸を吐き出した葉も、一つ残らず飲みこまれていった。これで落着だろう。
昨日まではここまでの威力は無かった。異常なほどの急成長・・・このまま放っておいたらどうなっていたか分からない。
柢王は改めて己の迂闊さに舌打ちした。
命の危険を感じるほど霊力の消耗はないが、アシュレイは完全に気を失っている。ティアの所へ連れて行ったほうが良さそうだ。
「・・・・・参ったな、天守塔には桂花も居るってのに・・・・・・にしても、こいつの睫、長ぇな・・・あどけない顔しやがって・・・かわいい」
口をついた台詞にギョッとして、柢王は頭を振る。気をつけたはずなのに、少し媚薬にやられているようだ。
「体中ベタベタだし、早いとこアシュレイのこの匂い落とさねぇと」
飛んでいる間、息つぎをしたり風上に自分の身をおいたりと工夫をしながら柢王はどうしても可愛く見えてしまうアシュレイを抱いて泉を探した。
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