投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
文殊塾にある小動物用の飼育小屋。そこに足を踏み入れたとたん、干草の香りとともに、獣臭が鼻をついた。
ふだん嗅ぎなれないその臭いに、顔をしかめながらそっと扉を閉める。
「アシュレイ・・・・?」
薄暗い小屋の中、足元でウサギがひょこひょこと歩いていくのを踏まないように気をつけながら、ティアは奥へと足をすすめた。
この飼育小屋はスクエアで、ウサギ小屋の隣が鳥小屋。その後ろがリス小屋。そして、保護してきたばかりの動物のために使用している特別室がウサギ小屋の後ろにある。
全てうすい壁で区切られてはいるが、中からどの小屋にも移動できるように簡易扉が設けてある。
ウサギが一緒に行かないように特別室へ続く扉を注意深く開けると、果たしてアシュレイの姿が目の前に。
自分の頬の近くで、リスを両手で包むようにし、様子を見ながら寝てしまったのだろう。すやすやと、真新しい干草の山に横たわっている。
クスッと笑って、ティアはその体の横に腰を下ろした。干草がティアの重みによって傾いたが、アシュレイは目を覚まさない。彼の手の中にいる、小さなリスも腹をさらして寝ている。
「警戒するどころか、アシュレイに気を許しすぎてお腹まで見せてるなんて・・・どうやって手なづけたのさ」
ひよひよと産毛のようなやわらかなリスの腹をそっと撫でるが、こちらも起きる気配はない。
「こんなんで、野性に帰れるかな;;」
リスから手を離し、次にアシュレイのお腹に触れてみる。今はぺたんこなアシュレイのそれは、お腹いっぱい食べると幼児体型のようにポコッと出てしまうのがかわいい。
呼吸のたびに上下する腹から目が離せなくなったティアは、無意識に彼の服をめくっていた。
「うっ・・・キュート過ぎるっっ」
両手で頬をおさえ、身をよじるティア。
お行儀の良いへそが鎮座する白い腹から目をそらすことが出来ない。いや、白いといっても、アシュレイは日に焼けて褐色な肌をしているため、それに比べると・・と言うわけだが。
「お腹が白いなんて、まさにアシュレイだね」
自分も柢王も腹黒い方だから、なおさらアシュレイの純白さがまぶしい。
ふふふ・・・と、顔にそぐわないあやしい笑みをこぼし小さなおへそに唇を近づけるティア。
ちゅ、ちゅ、と無心でそこを吸っていると、後頭部に衝撃を受け我に返った。
「なにやってんだーっ!」
「アシュレイッ、ち、ちがうちがう、今のは、今のはちがうよ、治療してたんだよ!」
両手をぶんぶん振って、ティアはでたらめな言い訳をする。
「君の服がめくれてたんで、なおそうとしたらおへその近くにすり傷があったから・・・」
信じて!!という目でまっすぐアシュレイを見つめるティア。
「・・・分かった。ちょっと、驚いただけだ。殴ってごめん」
ほらね。純白なアシュレイ。私のうそをすぐに信じちゃう。
ティアは、信じてくれてありがとう。と笑って、持ってきたキャンディーをアシュレイの口へ入れてやった。
「そういえば、次回の書の時間、自分の好きな言葉を書くって先生 言ってたけど、アシュレイはもう決まってるの?」
「俺は『 最強 』って書く」
「最強かぁ、アシュレイらしい」
フフッと笑ったティアに「お前は?」とアシュレイが逆に尋ねる。
「私?う〜ん、まだ決めてない」
好きな名前ならすぐ書けるけどね。と心でつぶやいてティアは干草に寝転がった。
「あ、これ中にチョコが入ってるやつだ」
飴を噛んだアシュレイがうれしそうに声を上げたので「君、この前おいしいって言ってたから」と応えた。
ティアは、自分がなんの気なしに言ったことをきちんと覚えておいてくれることが多い。そんなやさしいところが好きだなぁ、とアシュレイは思う。
「お前ってさ」
「うん?」
「・・・・なんでもない」
「えーっ!?やめてよ、気になるじゃない」
ぐいぐいアシュレイの腕をひっぱるティアがなんだかかわいくて、アシュレイは笑う。リスはとっくに離れて、えさを食べていた。
「言って、ちゃんと言ってよ」
しつこく食い下がるティアに「記憶力がいいなって思っただけ」と応えると「それだけ?」と少しガッカリした様子で唇を尖らせた。
年よりずっと落ち着いていて、美麗で頭脳明晰で仕事もこなしているティア。
そんな彼が、自分と一緒にいるときくらいは年相応にふるまえるといい。馬鹿なことしたり、冒険したりはできなくても大切な友人だから、自分といる時くらい心から笑ってもらいたい。
「俺たち、大人になってもずっと一緒にいような。俺が天界一の強い武将になってお前を守るから」
以前、約束したように言うと、ティアはいっしゅん目を見張り、それから照れくさそうに微笑んだ。
「なんか・・・今の、プロポーズみたいだったね?」
「はぁっ?なんだそれ、ありえねぇ」
心無いアシュレイの即答がティアの胸に突き刺さる。
「だいたい、お前も俺も男じゃん」
重ねて無神経な矢を射るアシュレイを、少し困らせてやろうとティアは意地の悪い笑みを浮かべた。
「そういえば君・・・・今日、女子とぶつかったとき」
ティアの白い手が、アシュレイの頬をするりと滑る。
「唇、触れてなかった?」
「触れてない」
「そう?あの子、初めてだったのに・・って、言ってたから」
「うそつけ!ぶつかったのは、頭だぞっ。お前だってコブに手光、当ててくれたじゃんか」
もちろんだ。ウソに決まってる。アシュレイだけに手光をあてると不公平なので、その女子にももちろん当ててやった。あの時もし、唇がぶつかったりなどしていたら速攻でアシュレイだけを連れ出しそれなりの対処で消毒している。
「ホントかな。私からはよく見えなかったから」
「あの勢いで口がぶつかってたら切れてんだろっ、見ろよ、なんともない!」
下唇をめくって見せるアシュレイはまんまとティアの奸策に引っかかっていることに気づかない。
「どれ?ちゃんと見せて。そうじゃなくて『ア』って開いて」
「ア」
「アシュレイ・・・・痛くなかった?ここ、口内炎ができてるけど」
「あ?」
「治してあげる」
「ア゛!?」
何のためらいもなく、舐めてくるティアに驚いて、干草に彼を押しのけたアシュレイだったが、ティアは素早く体勢を立て直すと「治療なんだから動いちゃダメ」と行為をつづけた。
以前、舌を切ったときもそうだった。「治療」だと言って同性同士なのにためらいなく、照れもせず、今と同じことをしてきた。
アシュレイには抵抗があったが、けっきょく「治療」だと言われると恥ずかしがったりするほうが恥ずかしいような気がして、受け入れることになってしまうのだ。
しかも・・・・ティアなら、嫌じゃない。
これが、柢王や他の同性だったら、気持ち悪くて、治療なんかしなくていい!と突っぱねるだろう。
なんでだろう・・・ティアは気持ち悪くない。
「アシュレイ、唇なめると荒れちゃうよ。カサカサしてる・・・ここも治療しておこうね」
ついばむように治療され、アシュレイは目を閉じたまま。
やわらかな優しい感触がはなれていくのを大人しく待つ。
「いいよ。おしまい」
目の前で、にっこりと笑むティアに笑い返すアシュレイ。ここで、照れたりしたら、そのほうが変なのだ、治療を受けただけなんだから。
「ありがとな」
「どういたしまして」
えさを食べ続けるリスに安心して、アシュレイが帰るか、と立ち上がり、ティアもそれに習う。
「あっちの奴はそろそろ森に帰れるな。明日にでも放しに行こう」
「うん、それがいいね。私も行くよ」
約束していると気の利かない護衛の一人が「守天様、そろそろ」と声をかけてきた。
「じゃあな、ティア」
別れを惜しむことなく、アシュレイが空に飛ぶ。
「気をつけて。アシュレイ、また明日」
「おう」
あっという間に見えなくなるその姿を、すこし寂しく感じながらティアは輿におさまった。
治療という言葉を出せば、すぐに大人しくなるアシュレイ。いつまでこの手を使えるか分からないが、せっかくだからとことん使わせてもらおう。
純粋というか鈍感というか、なアシュレイが、思うようにされているのも知らずに礼など言うものだから、ティアの悪巧みは加速する一方。
さっきだって「こちらこそ、ごちそうさまでした!!」と、心の中で『 治療 』の文字を巧みに書き上げていたのだ。
そう。間違いなく、今ティアがいちばん好きな言葉は、それなのであった。
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