[戻る]

投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
以前の投稿(妄想)小説のログはこちらから。
感想は、投稿小説ページ専用の掲示板へお願いします。

名前:

小説タイトル:

小説:

  名前をブラウザに記憶させる
※ 名前と小説は必須です。文章は全角5000文字まで。適度に改行をいれながら投稿してください。HTMLタグは使えません。


総小説数:1011件  [新規書込]
[全小説] [最新5小説] No.〜No.

[←No.300〜304] [No.305〜309] [No.310〜314→]

No.309 (2011/12/03 10:43) title:欲しい物 中編
Name:真子 (p2247-ipbf2901marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

開門すると人がなだれこみアシュレイは揉みくちゃにされた。
一団が通り過ぎ ゼイゼイと荒い息をついた。見れば塾の中は人だらけ‥。
「ヤバい 売れちゃう」アシュレイにはどうしても手に入れたい物があった。「あれは奥のフリマのテントで売ってる筈。」
アシュレイはあせって歩き出した。
門の回りの人ごみを抜けると、長い行列が見えた。並んでいるのは女性ばかり、列の前はとみると ティアの花屋だ。
白いテントの下 天守塔の庭に咲いた物だろう 色とりどりの花が大きな壺に活けられている。
背後には葉物やリボンが飾られている。その中でティアが花束を造っているのだ。「に‥似合っている。」つぶやくと頬に血がのぼる。
でも何か変だ。ティアの動きがおかしい、そうかとうなずいたアシュレイはテントの中に入っていった。
「俺が切るからかせ。」アシュレイはベルトにさげていた愛用のナイフを取り出し、ティアが持っていた花を取り上げた。
ティアの右手には、小さな先の丸まった鋏 これでは固い茎が切れなかったのだ。
「ありがとう アシュレイ 茎の長さをそろえて切って。」
「わかった、そっちの鋏でもリボンは切れるだろ つつむ用意しろ。」
「うん。」嬉しそうにティアがうなずく。
それからアシュレイは言われるがままに手を貸した。
赤 ピンク オレンジ 黄色 回りは色の洪水 むせそうな花の香り、アシュレイの頭がボーとなった所に声が降ってきた。
「アシュレイ 守天殿のお手伝いとは、感心です。最後までちゃんとやるんですよ。」
「えっ 姉上」
グラインダースは今しがたアシュレイが切ったばかりのカラーの花束を抱えている。背の高い細身の姿にすっきりとした白のカラーの花は映える。
「最後までって。」
買い物に行きたいとは、姉の前では言い出せない。客が途切れた所で抜け出す訳にもいかなくなった。
「守天殿 この子をよろしく。放っておくと何するかわかりませんから。」
「大丈夫です。グラインダース様。アシュレイは今日一日私と一緒ですから。」
そんな約束したっけ アシュレイは考えたが、した覚えはない。
けれど 姉上には逆らえない。
グラインダースは笑顔で「きれいな花をありがとう。」と言い置いて取り巻きと去った。
「さっさっと働け。早く終わりにしよう。」
こうなったら早じまいするに限ると、アシュレイはティアを促した。
程なくして、花の壺はからになった。
ティアは残った葉っぱに売り切れと書きテントの屋根からさげた。
「手伝ってくれてありがとう、アシュレイ。おかげで早く終わった。」
「じゃあな」と言って歩き出そうとしたアシュレイの腕をティアは捕まえた。
「お腹すかない。もうお昼だよ、柢王の屋台に行こうよ。」
「俺行きたい所あるから。」
と言いかけるとティアはアシュレイのお腹を指して「ぺったんこだよ。お昼ごはんにしよう」というとアシュレイを捕まえたまま歩き出した。

チョコバナナ たこ焼き リンゴ飴と屋台が並ぶのをティアは珍しそうに眺めながら柢王の店を探した。
「あった」ここも人だかりができている。
「さあてお立合い 東領は花街の特製焼きそば」豆絞りのねじり鉢巻きにハッピ姿の柢王が大きな鉄板の前に立っている。
「麺はシコシコの太麺」バサッと麺を鉄板にのせる。
「キャベツは御料農場産だ」キャベツを放り投げ、パチンと指をならすと葉は短冊状になり麺の上に落ちる。
「キャー柢王様 カッコいい」女性の黄色い声が上がる。
柢王は普通の倍はありそうな大きなヘラを取り出した。トントンと鉄板を叩くとヘラを空に投げる。ヘラはクルクル回って柢王の左手に収まる。
もう一本ヘラを取り出し 今度は背中から投げ上げ前で受け止めた。
再度あがった歓声の中に「あれが我が国の王子とは」と嘆く声がした。
声の出所を探そうと動きかけたアシュレイの腕をティアは離さなかった。
「柢王のかまいたちすごく正確だね。葉っぱの大きさが同じだよ。」
「うん芯をはじいたのも見えた。」アシュレイは柢王に目を戻した。些細な事を気にする奴ではない。
柢王はジャグラーのようにヘラを扱いながら、焼きそばを焼いていく。口上も止まらない。
「ソースは濃厚少々辛い 辛いのが苦手なご婦人にはマヨネーズをサービスだ。さあ食べてくれ。」
手早く盛り付けて客に配り、二皿を手元に残しティアに来いと指で合図した。
「花屋は終わったのか。」
「うん 柢王の言った様にバラをそろえたから、みんな喜んでくれた。全部違う花束になる様にもしたよ。」
「そうそう 女性にバラ贈っとけば間違いない。ただし 赤のバラは誤解されるから要注意だ」女たっらしは何教えたのだろうか。
「後は自由時間だな。こっちで座って食べろ。」柢王は荷物が載っている机の上を片付け、下から椅子を引き出した。
「ありがとう柢王 お腹すいてたんだ。」ティアは焼きそばを笑顔で受け取った。「焼きそば焼くのも初めてみた。柢王は上手だね。」
「簡単さ。」柢王は目を細めてティアの髪をなでる。「そうだアシュレイ、これやるから、二人で遊んでこい。」
アシュレイがみれば、ゲームコーナーのチケットだ。
「お前が買ったんか。」
「違う、焼きそば差し入れて貰った。俺は商売繁盛で行けないからやるよ。」
確かに店の前には客が集まり始めている。
「嬉しいな ゲームなんて初めて、遊べるとは思わなかった。」
ティアは満面の笑みだ、アシュレイにこの笑顔は壊せない。
「仕方ねえな、さっさっと食って行こう。」
こうなったらティアを誘ってフリマに行き 目を盗んで欲しいものを手に入れるしかないが、売れないでくれと祈るアシュレイだった。


No.308 (2011/12/02 16:26) title:欲しい物 前編
Name:真子 (p2247-ipbf2901marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

文殊塾の門の内側 数歩離れた所でアシュレイは手中の玉を投げた。玉は空高く上がっていく。
アシュレイが指をならすと パーンと大きな音をたてて割れ白い煙が噴き出した。
つづけてもう一つ玉を投げ破裂させると今度は赤い煙が吹き出した。
「よっしゃ いいぞ」アシュレイのうしろで黒髪の先輩が声をあげ 空に向けて手を振る。
風をあやつる その手に従って白い煙は[バザー] 赤い煙は[開催]の文字を形作る。
そう今日は文殊塾のバザーの日だった。

事の始まりは、文殊先生が巡回の途中 飼育小屋で足が止まったことだった。
動物がヤケに多い。それに見慣れない動物もいる。なんとなく元気のない動物もいるような・・・はてなと首をかしげる。
見ると赤毛の飼育員が一生懸命に抱えた鳥をなでている。鳥はぐったりと丸まっているようだ。
その傍には金髪の少年が草の上にちんまりと座ってニコニコしている。
キレギレに「羽は治ったろ」「ここで少し休んでおいで」の声が聞こえる。
どうやら羽を痛めた鳥をティアが治療したようだ。増えた動物もなんらかの理由でアシュレイが保護したのだろう。
「やさしいというのは美点ですな。」しかしなぜその優しさが同族の天界人に向けられないのかと 首をかしげて文殊先生はその場を離れた。
そして翌日 文殊先生は飼育小屋増設とその資金集めのバザーの計画を発表した。
生徒はもろ手を挙げて賛成した。なんせ遊び好きの年頃 授業がつぶれてお祭り騒ぎができるのだ 賛成しない訳がない。
その場で受け持ちが決められた。
計算の得意な商人の子供がチケット制にしようといい、売り子に立候補した。
手芸の得意な生徒が手作り品のフリマをしょうと提案し 容姿に自信のある生徒が接客するといった。
年長組の男子生徒は食べ物やゲームの屋台を出し、年少組は余興の演奏会をする事になった。
みんなが盛り上がっているなかで、戸惑っている生徒がいる。この騒ぎの震源地 アシュレイだ。
文殊先生は考えた。
売り子→計算不得意
接客→愛想なし
ウェイター→所作乱暴
音楽→論外
文殊先生はため息まじりにアシュレイに開門の係を命じた。

という訳で今日 バザーが開かれる運びとなったのだ。
アシュレイは空に書かれた文字を確認すると、ポケットから原稿用紙を取り出した 文殊先生から渡された開会の挨拶だ。
これを門の外で待っているお客に向かって読み上げ 門を開けばアシュレイの仕事は終わる。
柢王がポンと肩をたたく。「さっさと開門しちゃえ 挨拶なんて誰も聞かないって。」言い残して柢王は去った。
見ると予想以上の人がおしよせ 開門を待っている。確かにこの人出では声は届かないだろう。まだ開けないのかという無言の圧力も感じる。
いいやとアシュレイは原稿をポケットに戻して門扉に手を掛けた。
「おはようございます。ただいま開門します。」思いっきり声を張り上げ 門を開けた。
文殊塾ののバザーの始まりだ。


No.307 (2011/11/11 19:50) title:朝まだき
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

桂花は息苦しさを感じて目を覚ました。
暗い、何も見えない。
ここは天守塔?ちがう東端の館 いや壊して小さな家を建てたのだ。
それにしても暗いし 暑い 体に妙な重りがのっている。
目の前を少し押して頭を動かした。
「目覚めたんか、桂花」柢王の声が頭に直接ひびいた。
顔の前に少し隙間ができて新鮮な空気が流れてくる。
「朝にはなってねーよ。寒いか」柢王の黒い瞳が間近にある。
桂花は自分が頭まで毛布に包まれ 柢王の胸に抱えこまれていたのだと気が付いた。暑いし息苦しい筈だ。
「いえ むしろ暑い」出る声がかすれているのが自分でもよくわかる。ごまかす様に もがいて毛布をずらす。
「だって お前の体すっかり冷たくなっていた」
「吾はあなたより体温が低いんです。触って冷たいくらいが平熱です。」
「そっか カゼひきそうだなーと思ったんだけど」柢王はつぶやくと、むくっと起き上がった。
「あっ」桂花の手が差し出された。
「暑いなら水飲みたいだろ。汲んでくるから。」柢王は差し出された紫微色の手をポンポンとたたく、声もかれているし とは言葉にはしない。
桂花は寝台に戻された手を頬にあてた。この手で柢王を引き留めたかったのか、天界人 それも王族。すがってどうする。
水は特に欲しいとも思わなかったけど、口元にグラス」が差し出され 一口嚥下すると体の余分な熱が引いて気分がいい。
グラスが傾けられるがままに水を飲みほした。
「おいしい」という言葉はするっと出た。
「そっか 裏の泉の水だ。今度きちんとした水飲み場作ろうな、二人でさ。」柢王はふんわりと毛布を掛けなおし 待ってろと寝台から離れた。
桂花の長い睫がふせられる。
柢王が窓を開けたらしく、心地よい微風が 深い青草の香りを運んでくる。
この小さい家は風がよく通る。
薬を作ろうと桂花は思う。
薬草を摘み 干して 調合して できた薬を売る。人間界でしていたように 変化して 目立たず波風立てないように生きていけるかもしれない。
ふっと空気が大きく動く。寝台のスプリングがきしむ。
腕枕で寝ころんだ柢王が白い髪を手に取った。
同じではない 桂花の口元がほころぶ。ここには柢王がいる。
人間界では 気晴らしにすらならなかった、今は追い詰められて意識を失うのは吾だ。でもイヤではない。目を覚ませば柢王がいるから。
今も乱れていたはずの髪はきれいに横に流され、寛衣の下の肌はさらりとしている。
体だけが欲しいのではない、大切なのだのだと気づかいをしてくれる柢王がいる。
今までこんな朝の迎え方を知らなかったといえば、この男はなんというだろうか。
魔族の姿でいられる気楽さもある。
桂花はわずかに身体をずらし 柢王の胸に手を置いた。
ほんの少しの甘え 柢王の目元が和む。
「もう少し眠ろうぜ。蓋天城でも天守塔でもないんだ お前の家だ気ままにしていていい。起きた時が朝な、ウマい飯作ってやるから。それから出かけようぜ。」
「どこへですか」桂花の冷たい指にじんわりと熱が伝わる。このくらいが丁度いい 指先が温まるくらいでいい。
「買い物もあるから、花街に行こう。」
「先立つ物がないかと思いましたが。」財布は軽いと示唆する。
「うん わずかな持ち金を10倍 100倍に増やす方法がある。」
「賭博ですか。」桂花の眉が顰められる。
「イヤか ならお前が女装してさ 男が引っ掛かった所で俺がジャーンとカッコよく登場。」
「美人局をしろと。」桂花の頬がひきつる。
「ダメか じゃあ花街お決まりのスリやかっぱらいを捕まえてだな」
「礼金でも貰おうと。」
「ちゃう 上前をはねる。」
「かっぱらいをかっぱらってどうするのですか」頬は引きつりを通り越して震えだす。
こうゆう男だ、穏やかに目立たず生きてゆくなどこの男の頭にはない、忘れていた吾がバカだ、大バカだ。
「チェッ お前結構うるさいんだな、まあいいや 行ってから考えようぜ。」
白い髪をもてあそんでいた手をすべらせ 背の骨にあてトントンとたたく。なだめる様なあやす様なゆったりとしたリズム。
わずかに髪を揺らす柢王の吐息 上下する厚い胸 心臓の鼓動 生きて血がめぐる体が側にあるという安心感。
先の事など考えたくはない、今はこのぬくもりの中でまどろんでいたい。
桂花が寝息を立て始めると柢王は毛布で肩をくるみこむ。眠ると冷えるもんだとつぶやく。
桂花には言わなかったけれど、桂花が傀儡の糸が切れたように動かなくなった時は 興奮が一瞬でさめた。
急速に体温が下がり 脈拍が弱まる このまま息をしなくなるのではないかと心配で 心配で。
体を清め 寛衣を着せても目を覚まさなかった桂花の顔をずっと見ていた。
とその時 「李々」というつぶやきが耳に届いた。
なんだという不満そうにとがった唇はすぐに微笑に変わる。
指先どころか 顔を柢王の胸にすり寄せ桂花は眠っている。
いといけなく、たよりきって‥。
愛情を注がれた者は愛情を注げる。愛情を誰かに向けていたのなら 俺にも向けてくれる。
いつか俺の事も夢で呼んで欲しいと柢王は願う。


No.306 (2011/10/26 20:50) title:喧嘩の行方 後
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

アシュレイは湯の入ったポットを持って執務室の前にいた。
「怒鳴らない 普通にさりげなく」と偽分に言い聞かせるが、中に入って肩すかしをうけた。天敵がいない。
「柢王と桂花なら蔵書室から戻ってない」ティアはポットを受け取った。
「お茶を淹れるから座って。」
「おまえお茶なんか淹れたことあるのか。」
アシュレイはいつもの長椅子の端に腰かけるとテーブルを引き寄せた。左右の膝がテーブルと肘掛にあたる。
少々窮屈だがティアよけのバリケードだ。天敵が近くに居るのだ
みっともない事はしない。
「このお茶は大丈夫。」といいながらティアは持ち手のない湯呑に茶葉を入れ、お湯を注いだ。
「おまえ何やってんだよ、違うだろ。」
「こうやる物らしい。東の新製品だ。」ティアは湯呑に蓋をして「熱くて持てない。いいか」指を鳴らして湯呑をテーブルに運び自分も長椅子に腰かけた。

静かな時が流れる。
「俺 喧嘩売ったんじゃあない。ただ俺は」突然アシュレイが口を開く。意味もなく喧嘩ふっかけたと思われたくない。おまえには誤解されたくないと勝気な赤い瞳が訴える。
「シー」ティアが指を唇に当てる。「わかっている。静かに音を聞いて。」
ポコッと泡がはじける様な小さな音がする。
「何の音?」
「お茶の出来上がりの音。蓋を取ってみて、熱いから気を付けてね。」
言われるままに蓋を取ると、立ち上がる湯気と共に広がる甘い香り、湯呑にはオレンジの小さな花ば浮かんでいる。
「金木犀?」
「そう 湯を注ぐと花が開く、その時に音がする。音がしたら出来上がり。桂花茶だよ。」
「なんて悪趣味な名前だ。柢王のフンが作ったのか。」魔族の作った物など売れる訳ないと言葉にするほど人が悪くない。
「そっちの桂花ではなくて 金木犀の桂花だ。金木犀茶だと語呂が悪いから。」
「だからなんでけ‥なんだ」
「金木犀の別名が桂花なんだ。」
「えっあいつ金木犀なんか。」
「違うよ。桂花の名前は月に咲くという伝説の花。このお茶は金桂というもの。別物だけど、月の桂木は見たことないから、同じかもね。」
「わかんねー。」アシュレイはバッサリと切り捨てた。
「いいから飲んでみて。」
アシュレイは一口飲んでみた。香から想像するほど甘くない、さっぱりしていて飲みやすい。「結構いけるかも。」正直に口に出した。
「よかった。桂花茶だ。お茶の名前は桂花だ。」ティアの瞳が真っ直ぐにアシュレイをとらえる。「言ってみて、桂花茶だよ。」
「ケ イ カ茶」ギクシャクしながらも言葉にした。
「そう桂花だ。」
「桂花茶」
ゴクリとアシュレイのノドがなり、ティアははんなりと笑う。
その時ドアが開いた。
「タイミング悪かったか、お二人さん。」柢王が入ってきた。
「ですから、ノックぐらいしなさいといつも言っているでしょう。」続いて入ってきた桂花は大皿を持っていた。
「今 お茶にしていた所。柢王と桂花もお茶どうぞ。」
「何飲んでいたんだ。甘い香りだな。」柢王はアシュレイの隣に椅子を引き寄せた。ティアが答えてという様にアシュレイの膝を叩く。
「桂花だ。」
桂花の片方の眉が上がった。
「桂花茶だ。」あわててアシュレイが言い直す。
「料理長に頼まれてケーキを持って来たんだ。桂花、紅茶淹れてくれ。桂花茶にケーキはあいそうもないから。」
吾の淹れたお茶でいいんですか、と目で訴えるが黒髪の男は知らんぷり。断ると思ったアシュレイは妙に静かだ。
仕方なく紅茶とケーキを給仕した。
「真っ赤なケーキ。初めてだね。」ティアが嬉しそうに声を上げた。
「紅芋のケーキと言っていましたが、ここまで赤いとは思いませんでした。」とは桂花の言
「天守塔スペシャルとも言ってたな。確かに金粉がかかっていて、ティア おまえのイメージだな」とは柢王
「じゃあ 私とアシュレイのコラボケーキ。簪もさしてあるし、赤いジュレは君の瞳にそっくり。かわいいな。」
アシュレイはずっと我慢していた。なんせ 柢王とテーブル、ティアに囲まれている 身動きが取れない。天敵も普通の態度だ。ここは大人の対応をとるべきだ。
「なあ これ中は紫だぞ」見て楽しむ趣味はないとかぶりついた柢王の爆弾発言。
「本当だ。芋のムースが紫の濃淡になってる。もしかして 私とアシュレイと桂花のコラボケーキ。」ティアが油を注ぐ。
「いらねー」とうとう爆発した。
大口を開けて喚きだしたアシュレイに誰かがケーキを押し込んだ。
「俺だけ仲間はずれかよ」誰かがいじけてヤケ食いした。
「たかがケーキでしょうが。」と誰かがため息をついた。
「美味しいネ。みんなで食べると。」無理に誰かがまとめた。
なべて この世は事もなし、平和な天界のちょっと騒がしい一日でした。

ちなみに このとき調理場では消えたローストビーフに変わるメニューが作られ、蔵書室では避難訓練が行われていたとか。


No.305 (2011/10/26 20:49) title:喧嘩の行方 前
Name:真子 (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)

軍の資料室では用が足りないからと桂花が柢王と共に天守塔にやって来たのは、セシリアの事件から程ない頃であった。
執務室のバルコニーから見えたのは 赤い髪。
「よう 柢王。け‥け‥」と言葉に詰まったアシュレイ。
「なんですか。『け‥け』とは。天界語を忘れたんですか?これだから‥」と返したのは、桂花。最後の‥にサルという単語がはいるのは、全員承知。アシュレイの顔が真っ赤になる。
「なんだと!柢王のフン ぶっ殺す。」
「柢王 桂花 何か急用?」素早くティアが割って入る。
柢王も桂花を引き寄せている。
「桂花が蔵書室を使いたいだってさ。俺はただの付き添い。」
「そう 好きに使ってくれてかまわない。柢王は待っている間にお茶にしない?こっちもアシュレイが訪ねてきてくれた所だから休憩しようと思ってた。
ねえ アシュレイ 料理長にお茶の支度頼んできてくれる?
桂花も用が済んだらお茶にしようね。」
天敵の二人の内 1人は乱暴な足音をひびかせ 一人はいとも丁寧にドアを閉めて出て行った。
「心臓に悪い。いつアシュレイが手を出すかと、毎回ヒヤヒヤする。」ティアは額に手をあててため息をつく。
「そっか 俺は二人の喧嘩 結構面白くて好きだな。犬っころがじゃれあっているみたいじゃん。」お気楽に笑いとばす柢王。
「そんな事いって。おまえは腕力で桂花を守れるから心配ないだろうけど、私は二人にもしもの事があったらと気が気じゃアない。」
「二人共本気じゃあないから、気にするなって。」
「アシュレイは本気だ。ウソの言える子じゃあない。」
「魔族が嫌いなのは本気だけど、桂花を殺しはしないさ。
だいたい アシュレイが本気になって桂花が勝てる訳ないだろう。
俺だって危ないのに、桂花なんて瞬殺だろうよ。それが今まで命の取り合いにまでなってないから、本気じゃあないさ。」
「じゃあ 桂花は?」
「桂花は喧嘩するだけ仲がいい、かな。桂花は東領じゃあ何言われても 何されても 口答え一つしない。
喧嘩の責任取るのは俺だからな。
売られた喧嘩を買うのは、アシュレイに対してだけだ。アシュレイは喧嘩の報復を俺にする奴じゃあない。安心して 喧嘩している訳だ。
無意識がろうが、桂花はアシュレイには遠慮しないで言いたいこと 言ってるんだ。」
「でもかなわない相手に向かっていくなんて、桂花らしくもない。」
「そう思うか。」と返した柢王の笑みはゾッとするものだった。
「気に入らない相手を消すのは、何も武力だけじゃあない。桂花が本気で抹殺しようとしたら、そいつに明日はない。」
ティアの背に冷たい汗が流れる。東領での不可解な死亡事件の数々が頭をよぎる、あれは‥。
「いいじゃん。両方とも本気ではないという事で。俺たちが止めるのも解ってやってるさ。」一瞬にしていつもの陽気な笑顔に戻った柢王は続けた。
「俺 奥さんの機嫌とりに行ってくる。おまえはアシュレイな。後でお茶ご馳走してくれ。」柢王はティアの肩をたたいて出て行った。
「怖いけど、おくさんと言い切れるなんて羨ましい。」という言葉は空に消えた。

アシュレイは怒りのオーラを出しながらズンズン歩く。使い女も文官も恐がって道を譲る。
「どいつも こいつも面白くない! 柢王のフンの奴 今度こそ許さない。」
怒りの中に後悔が見え隠れする。
「『け』の後は『いか』だったのに。」
セシリアの件では迷惑かけた自覚はある。ティアが柢王の好きなものは桂花だというから、せめて名前を呼ぼうとした。
さりげなく 名前を呼んで挨拶しようとしただけなのに。
それを 柢王のフンが台無しにしたんだ 「俺は悪くない。」言い切ろうとしたが 今一つ力が入らない。
そのまま 調理室のドアを開けると、いい匂いが漂ってくる。
「あっ アシュレイ様 おいでになったと聞きましたので、お茶の支度をしておきました。」いつもアシュレイの訪問を歓迎してくれる料理長は、今日も満面の笑みだ。
「今日は紅芋のケーキです。ご試食されますか。それともディナー用のローストビーフが出来ておりますから、サンドイッチにしましょうか」
とたんに腹の虫がなる。
「サンドイッチがいい。ケーキはティアと食べる。クレソンは苦いからイヤだ。」
「はい、承知しました。」
アシュレイの好みを知り尽くしている料理長はカラシたっぷりのサンドイッチに生の唐辛子がアクセントになったサラダを出した。
「うまい。」かじりつくなり声を上げたアシュレイ。
おいしいものを食べながら怒る人はいない という事を証明したとか。

所 変って蔵書室。
「お探しの本はこちらです。」両手にかかえた本をテーブルの上に置いたのは、ナセル蔵書室長。
「ありがとうございます。お手間を掛けました。」と礼をする桂花。
「ここで読んでいかれませんか。」ナセルは椅子を引いて勧めた。
「お邪魔ではありませんか」桂花はチラリと回りをみた。
つい先ほど軍の資料室で浴びた冷たい視線、聞えよがしな悪口がよみがえる。
「いえ、むしろここに居てください。」
「えっ ナセル蔵書室長どうして」
「アシュレイ様とやり合ったんでしょう。
ここは霊力を使えませんから、壁抜けはできません。出入り口は一つ。扉を閉めてしまえば、誰も入れません。安全です。大切な本もそれを読んでいるあなたも。」
頼もしく言い切ったナセルは「ごゆっくり」と言い残して立ち去った。
「安全ね」桂花は椅子に腰かけ 本を取り上げた。守天殿の守護のかかった本、壊れないし汚れない。永遠にきれいなままで保存される。
ナセルは吾を名前で呼ぶ。魔族としてひとくくりに切り捨てようとはしない。天界人としては珍しい。
「サル贔屓なのに。吾にも安全をくれるなんて、変わっている。変人の最たる者はこの男。」
視線を上げた先に柢王がいる。サルと仲よくしろとも言わないし、喧嘩を咎めもしない。
いつも少しあきれたような顔で仲裁に入る。特にどちらの肩を持つこともしない。吾をなだめるだけ。
「探していた本はそれか。借りていかないで、読んでいくのか?」柢王の右手が頬にかかる。僅かだがクチナシの香がする。
桂花は身を引いてティアの残り香をさけた。
「ナセル蔵書室長にここで読むようにと言われました。サルも入れないようにできるから、本も吾も安全だと。」
「へー まあナセルもせっかく整理した本をメチャクチャにされたくないだろうから、アシュレイ対策も考えるだろうけど、おまえも本扱いか。」
「別に大した意味はないかと思います。」
「いいや 意味はある。おまえが本なら 俺はずっと眺めている。いられる。それで手から離さない。ついでに誰にも触らせない。ナセルもそう考えている」
どうしてそんな話になるのかと、桂花は肩を落とした。
「バカですか。」いつものセリフが口をついて出る。
「そう俺は桂花バカなの」
嬉しそうに言い切った男の左手が白い髪をすくいあげる。今度はクチナシの香がしない。
柢王の右手には、たくさんの絆が握られていて、どれもこれも大切で捨てられない物なのだろう。ティアともアシュレイとも太い絆で結ばれている。
でも左手は?心臓を守る手といわれる手は、今だけだとしても吾に差し出されている。
桂花の中で澱のように沈んでいた思いが消えて行く。


[←No.300〜304] [No.305〜309] [No.310〜314→]

小説削除:No.  管理パスワード:

Powered by T-Note Ver.3.21