投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
ティアとも氷暉とも連絡を取らずに日は過ぎていき、夏休みも残りわずかとなっていた。
自業自得とは言えつまらない夏休みだった。
(っつーか、ティアとは休み明けになっても、こんな状態になんのかな)
そう考えると、鬱々とした気分になる。それもこれも自分が言い出したことだから仕方がないけれど。
もしこの夏休み中に、ティアに彼女とかできてて、休み明けにベタベタされたりしたら、やだな・・・・・なんていうことも思ってはいけないのだ。そんな権利はないのだから。
「ちょっと、出かけてくる」
例年、ティアが面倒を見てくれていたので、今の時期には全て宿題は片付いていたのだが、今年は甘えられない。自力でレポートを仕上げるべく、図書館へ向かう。
「ティアはとっくに終わってんだろうな」
一人ごちて前を見ると、氷暉が女子と歩いているのに気づいた。
(なんだよあいつ!俺にあんなことしといて、彼女か!?)
ムッとして、気づかれないように尾行をはじめるアシュレイ。
「だから、なんでこんな遅いのかって訊いてるの。氷暉、まさかこないつもりじゃないでしょうね!」
「もう少し待て、俺にだって挨拶しておきたいヤツがいるんだ」
「それって、まさか女?!」
「いや」
「ならいーけどっ」
氷暉の手を強引に自分の手に絡め、ぴったりと体を寄せる少女は、うれしそうに彼を見上げている。
「お前、大丈夫なのか?なんで来たんだ、無茶しやがって」
「大丈夫、ここのところ天気良いし調子もいいから。それに、氷暉だけ数日遅れて来るって言っといて、全然来る気配がないんだもん。転校するのが嫌になったのかと思って・・・。私のせいで学校変わることになっちゃって・・・ごめん」
「なに言ってる。俺はどこの学校だろうが構わない。そんなこと心配してる暇あったら大人しくして発作を出さないようにしろ」
「うん」
無邪気に笑う少女と裏腹に、アシュレイの表情が曇っていく。
(転校・・・・・?)
足を止め、先日の会話をリピートしている間に、兄妹はどんどん遠ざかっていく。
(近くに越すだけだって言った・・・うそだったのか?なんで・・・)
あの日の氷暉はいつもと様子が少し違っていた。だからこそ、自分は家までついていった。
(やっぱり引っ越すのか・・・遠くに)
アシュレイは、二人を見失わないうちに再び追いかける。
「じゃあね、すぐ来てよね」
「分かった、気をつけて帰れ。途中ちょっとでも具合が悪くなったらすぐ連絡しろ」
改札口で別れた少女の姿を見えなくなるまで見送った氷暉が振り返ると、目の前にアシュレイが立っていた。
「なんだ、偶然だな。これからお前の所に行こうと思ってたところだ」
からかうような表情で顔を覗きこんだ氷暉を、アシュレイはじっと見つめる。逃げ出すようすもない。
「どうした、あの男になにかされたのか!?」
自分のことは棚に上げ、心配する氷暉。
アシュレイが、逆上したティアランディアに襲われないように、わざと何もなかったことを強調して話したというのに、失敗だったか?
眉間にしわを寄せ、アシュレイに手を伸ばすが、払いのけられてしまう。
「なんでだよ・・・なんで嘘ついた」
「うそ?」
「お前、本当に引っ越すんだろ?転校するんだろ?」
「・・・・・・・」
「なのに、なんで近くに越すだけだなんて―――」
「お前が泣くから・・」
「え?」
「お前、ビビッてただろう」
氷暉は嘆息して、歩き出す。
「お前を奪うといったのはうそじゃない。たとえ遠く離れても、数年過ぎても、お前を俺のものにする」
「・・・・・・ティアにも言ったけど、俺はお前らと付き合う気持ちはない」
「そうか?グラグラ揺れているのが手に取るようにわかるがな」
「うそだ!」
「うそ?本当は気づいてるだろ」
「違う、そんなことない!」
逃げるように走り出したが、コンパスの違いのせいか、俊足のアシュレイでもすぐに捕まってしまった。
手を掴まれたまま背を向けていると、やさしく頭を撫でられる。
「ちょうどいいから時間をやる。だから自分の気持ちをよく見つめなおしてみろ。同性だからとか、そんなことで気持ちをごまかさないでくれ」
答えずにいると、氷暉は続ける。
「俺は明日ここを発つ。卒業したら必ず戻ってくる。その間もお前に会いに来る。俺は、学校なんていつ辞めてもよかったんだ。でもお前に会ってから考え方が変わった。お前が俺を変えたんだ」
「・・・・俺が、何したって言うんだ。お前を変えるようなこと、なにもしてない」
「お前は自分の価値を分かってないだけだ」
「価値なんか・・」
「いっしょに泳いでる時間が俺には大切だった。お前に会えて、よかった。」
「・・・・・・・」
「こら、泣くな。こんな所で襲われたくないだろ」
「・・・・・・ばかやろ・・・うぅ・・・、っ・・」
「お前が好きだ。俺は諦めない」
「し、つこいっ・・んだよ・・」
決して振り返らないアシュレイの頭に唇を寄せ、氷暉は 「髪、短くするなよ」 と言って、離れていった。
さよならだ。
人ごみの中残されたアシュレイは、男性トイレに入って顔を洗う。なんだか最近、トイレで顔洗ってばかりだな・・・なんて思いながらハンカチがないことに舌打ちすると、横からそれが差し出される。
顔を上げるとティアが視線を合わせずにハンカチを手にしていた。
「なんで・・・」
アシュレイの問いかけに応えず、ハンカチを押しつけると、ティアはトイレから出て行ってしまう。
「ティア?」
その背に声をかけるが、無視。
自分がさんざん逃げていたくせに、いざ相手に逃げられると追いかけたくなるから不思議だ。
「待てよティア」
手を引くと、ティアは背中を向けたまま立ち止まった。
「・・・・・・・ごめんねっ!あれから毎日 君が出てこないか見てたんだ!気持ち悪いよねっ!!でも、やっぱり君を諦めるなんて、私にはできない!!」
逆切れして、早歩きしはじめたティアに、アシュレイは呆気にとられたまま。
(あれから毎日?俺が外に出てこないか待ってた・・・?)
百夜通いのようなことをするティアに、思わず笑ってしまったアシュレイ。
普通、ストーカーじみた事をされたら不愉快だし気味が悪く恐ろしく感じるだろう。しかし、ティアが本当に本当に一途に、自分を想ってくれているのだとアシュレイは感じた。
そしてそんなティアが、かわいく思えた。
「なぁ、ティア・・・・・氷暉、引っ越すんだって。転校するって」
「え!?」
くるっとふり返って、アシュレイに歩み寄るティアは、心なしか笑っているように見える。
「それホント?うそじゃなくて?」
「あぁ。残念ながら、マジネタだ」
「残念?なに言ってるの君!そうと分かったら祝杯をあげ――――」
ハタと正気に返りティアの口が止まる。
「胴上げもするか?」
「・・・・フラれたことも忘れて、ライバルがいなくなったのを喜んでる私って・・・ウザイよね」
「氷暉は諦めないんだと。卒業したら戻ってくるってさ」
「な、なにバカなこと言ってるんだ、あの男は!その間に私が――!」
口を押さえて、自分を見たティアに、思わず笑い出すアシュレイ。
やっぱり、ティアは怖くない。たまに怖いときもあるけど、いつだってこうしてフォローをしてくれる甘い男だ。
それは、大切にされている証拠。そのくらい、アシュレイにだって分かる。
「もういいや。知らねぇ、勝手にしろ」
「え?・・・・・それって、好きでいてもいいってこと?」
「勝手にしろって言ってるじゃん。でも、たぶんこれからも俺はお前らのこと友達以上には見られないと思うぞ。時間が無駄になっても知らないからな」
「いいよ!勝手にさせてもらうよ!だってアシュレイを好きな時間が、無駄になるわけない。これまでだって、一度も好きになって損したなんて思ったことないもの」
一気に元気を取り戻したティアは、アシュレイの腰に手をまわして、エスコートするように歩き出す。
「あと何回、好きって言ったらこの思いが通じるかな」
「知るか」
「そのほっぺ、今ここで啄ばみたいくらい君が好き」
「やったら殴る」
「暴力は愛を生まないよ。ね、今からうちに来て」
「やだ」
「なんで即答?!」
「だって、お前、俺のこと襲うもん」
「・・・・」
「認めんのかよっ」
ゴツッと頭をゲンコツで叩かれたけど、ティアは笑顔だった。
大丈夫。邪魔者は一時期だろうといなくなった。このチャンスを逃すほど枯れてはいないし、落ちぶれてもいない。明日とは言わず、今日、たった今から今まで以上にベタベタに甘やかしてアタックしてやる。邪魔者が入る隙なんてないくらいに。
アシュレイの腰にまわしていた手にぐっと力を入れたティアは、「いつまでやってんだ」 とアシュレイに手を思いきりつねられた。
いつもの定位置にティアがいる。それが、こんなに嬉しいなんて。
ムリに離れることは、不自然だと分かったから。今は、この状況に甘えてしまおう。それでも良いと許してくれるのだから。
もし、これから・・・・・自分の気持ちに変化が見えたとしたら・・・そのときは氷暉の言うように、誤魔化すことだけはやめよう。真摯な態度で打ち明けてくれた二人には、きちんと向き合うべきだから。
アシュレイは、なにか吹っ切れたような清々しさで、空を仰いだ。
木々の間から夏の終わりを告げる声がした。
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