投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
人通りの少ない、古書店や質屋が並ぶ路地まできて、ようやく目的の人物を見つけたティアは、切れる息を整えることなく、声をあげた。
それに気づいた長身の背中が、いちど足を止め、一寸の間をおいてゆっくりと振り返る。
「なにか用か」
表情を変えずに低い声で問う男は、決して機嫌が良いとは思えなかったが、怯まずティアは切り出した。
「単刀直入に聞きます。あなた、アシュレイになにかしました?」
キツイ眼差しを向けてくるティアに、長身の男、氷暉はほんのわずかだが口角を上げた。
「あいつから何か聞いたのか」
「いえ」
「それなのに、あんたに分かるほど、様子がおかしいって事か」
フッと鼻で笑う氷暉にティアの瞳が細くなる。
「なにか・・・・したのか」
「さぁな」
「したんだな!」
カッとなって掴みかかってきたティアの腕をたやすく避けた氷暉は、逆にその白い手を掴み返した。
「っ!」
「王子様が。俺に勝てると思ってるのか」
その手を振り落とすと、ティアはバランスを崩してビルの壁のほうへよろめいてしまう。
すぐに体制を整えた彼の頬を手のひらで包んで、氷暉は耳元でささやいた。
「こうして壁際に追い詰めて・・・・ここを味わっただけだ」
つつ・・・と親指でティアの唇をなぞる氷暉。
「っ!」
頭突きでも何でもしてやろうと、氷暉の肩を乱暴につかんだとき、Tシャツがはだけてその痣が目に入った。
どす黒く色が変わった痣は、歯型のように見える。
ティアの視線がそこにとまっていると、苦笑しながら氷暉は自分をつかんでいる手をゆっくり引き剥がした。
「熱くなるなよ。これが真相だ、安心したか」
「え?」
「あいつが、そう簡単に襲われるようなヤツか?唇どころか歯形を見舞われて、このザマだ」
「それじゃあ・・」
「安心したか、じゃあな」
「・・・・・・・」
腑に落ちない。
いや、未遂だったと分かったのだから喜んで良いのだろうけど・・・・。
初めて自分が理性をなくしかけ、アシュレイに襲いかかった(;)時は、返り討ちにあったとはいえ、あんな風に噛みつかれはしなかった。
その後だって、アシュレイは叩きはしても痣になるほどのことは自分にしていない。
(やっぱり、私ならいいけど、あいつが相手じゃ嫌だったのか・・・それとも、奴が私を超える迫り方をしたのか・・・・)
前者なら小躍りしてしまうくらい嬉しい。しかし、後者だったら、五寸釘であの男に呪いをかけ仕留める必要があるだろう。
ここは、やはり被害者に事の真相を聞き出さねばならないようだ。
「アシュレイ・・・・何もされてないよね?」
希望を口にし、その恋しい相手の家へとティアは足をふみ出した。
「調子が悪くて寝てる?」
アシュレイの家の玄関先で、彼の姉、グラインダーズに予想外の事を言われたティアは、すぐにそれがウソだと気づいたが、だからと言って彼女の手前、ズカズカ家に上がるわけにもいかず、引き下がるしかなかった。
(私に会いたくない・・・ってことは、やはり・・・)
嫌な妄想がグルグルまわり、ティアは道端で座り込んでしまう。気がおかしくなりそうだ、もう限界だ。こんなに好きなのに・・・。
ティアの気持ちはわかってる―――なんて言っているが、そんなのどこまで分かっているんだか。
きつく抱きしめて、あんなことやこんなことをして、朝まで離さず愛したいのに。彼を愛し、愛される資格が自分にだけあればいいのに。
アシュレイを問いただした所で、きっと口を割ることはないだろう。それでも、自分には彼のウソがわかってしまうだろう。
だからこそ・・・彼は仮病を使ってまで自分を避けるのだ。
「いい加減つかれたよ、アシュレイ・・・」
ふらつきながらも、ティアはなんとか立ち上がった。
次の日、電話をかけてみたのだが、拒否されて話すことはかなわなかった。そして更に次の日、ティアはわざとらしく花を買い見舞いだといって堂々とアシュレイの家を訪れた。もちろんグラインダーズは快く招きいれる。一昨日は弟を心配していたが、昨日にはアシュレイが仮病を使っていると気づいたからだ。
「具合はどう?」
あわててベッドに隠れた赤い髪に向かって嫌味を言うと、観念したのかアシュレイは顔を出しベッドの上であぐらをかいた。パジャマではなく普段着だ。
「いいみたいだね」
「・・・・なおった」
唇を尖らせてつぶやく体を、ティアはそっと抱きしめた。
「あいつに噛みついてやったんだってね、よくやったよ」
何で知ってるんだ・・・どこまで知って・・・?身構えるアシュレイの髪を細い指が通る。こんな風にやさしく抱きしめられるのは嫌いじゃない。髪を梳く手も好きだ。でも、いつまでもこんな状態ではいけないと思う。
(そうだ、これがダメなんだ。この居心地の良さについ甘えるから、ティアに期待を持たせるんだ。ちゃんと言わなきゃ)
「ティア・・・・ごめん」
切り出した言葉に、ティアの体が大げさなほど反応する。
「な、なにが?」
「俺・・・・・やっぱり、お前のこと恋愛対象には見られな―――」
最後まで言えないうちに、体が倒されて、ベッドに仰向け状態となったアシュレイは、ティアの顔を見て息を呑んだ。
「君はさ・・・・私なら何でも許してくれるって思ってるだろう」
「ティ・・」
「私はね、本気になったら肩を噛みつかれようが喰いちぎられようが―――離してやらない」
体を起こそうとしたが、ベッドに縫いつけられたかのようにびくともしない。
「やだ、ティア!」
下には姉もいるのに。アシュレイは、必死に体をよじろうとするが、無駄だった。
「このまま君を傷つけて、一生責任をとらせてもらいたい」
怖くなって、ぎゅっと目を閉じたアシュレイの顔に、水が落ちてくる。
「・・・・?」
「どうしても?どうしてもダメなのアシュレイ。待たせてもくれない?待っても無駄?」
こぼれ落ちる涙を拭おうともせずにティアはそのままアシュレイの上から退くと、ドアの向こうへ消えてしまった。
「ティア・・・・・・・」
「傷つけたい」 「離さない」 と言っておいて、あっけなく退いたティア。
(俺のほうがよっぽどお前を傷つけてる・・・・・・・・)
アシュレイは窓の下に見えた姿を、ぼんやりと見送った。
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