投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「後朝の別れを覗く趣味はないけど、桂花の安全のためだから」
とティアは遠見鏡で桂花の居場所を探した。見えた、正門にいる。
桂花は門の内側にいる、柢王が門の外で少し浮き上がり(行け)という様に手を振っていた。
桂花は深く一礼をして 建物の中へ入っていく。
それを見届けた柢王は一気に高度を上げ、南の空へ消えていった。
(なんで南?東領とか蒼穹の門ではないの)考えているとドアがノックされた。
「桂花です。」
「入って。」遠見鏡を消すと 椅子に座りなおした。
「柢王は帰ったようだね。もっとゆっくりしていけばいいのに。」
「蒼穹の門で部下と待ち合わせしているとかで、出立つしました。」
それでは桂花は、柢王が向かった先を知らないのか。どこへ行くつもりなのか。ティアの考えなど知る術のない桂花は話を続ける。
「今朝は謁見の申し出が二件あります。その間に吾は昨夜途中にしてしまった仕事を終わらせます。午後には仕立て屋が参ります。」
「わかった。」ティアはすっきりした顔をした秘書を見上げる。
いつもの様に有能な秘書を演じているけれど、顔色もいいし 纏っている空気も艶めかしい。
(後朝の別れを充分に惜しんだらしい)クスリと笑みをうかべた。
順調に午前の予定を終えた頃には、柢王の行き先など頭になかった。
「色々な紫があるね。桂花どれがいい?」
仕立て屋が持ち込んだ色見本を広げながら ティアが聞いた。
「二藍ですか。」
「二藍というんだ。」
「はい よくご存じですね。人間界では 紅と藍の二色で染めることから二藍と呼ばれています。
紅の濃さや藍の加減で この様に赤紫から灰青色まで染めることが可能です。桂花様の肌に似合う色目が探せますかと。」
別に紫にこだわらなくてもいいが、鮮やかすぎない 落ち着いた色目は好きだと桂花も見本を肩にあててみる。
「昨日の生絹は桂花にぴったりだった。あまり飾りとかがないほうが 桂花の姿が際立つ様に思う。」
「そうでございますか、それならば生絹だけで長衣をお作りしましょう。肌の色が透けて見えてさぞおきれいでしょう。」
「そんな服あるんだ。フーン」ティアがつぶやく。
なにを想像しているのだ、こんなスケスケ服 吾に着せようとでも と桂花がねめつける。
「南領で今年 流行しています。下に胸覆いと腰布をつけて、透ける長衣をはおり 幅広のリボンを蝶結びにし止めます。」
厭だ 限りなく嫌だ、と桂花は目で訴える。
「南領は暑いからいいけど ここではどうかな。それよりこの布で浮織りできる。胸と背中 二の腕に 唐草模様を浮き上がらせられる」
桂花が肩にかけていた布地を取り上げる。
「はい 可能です」
「模様は地色より濃いめの紫で それと赤紫で花の模様も入れてみてくれる。」
「それでしたら 花の糸に加工をしまして花の香をつけてはいかがでしょう。東領のご婦人方に人気でして、挨拶なさる親密度によって香が違うというものです。」
なんなんだ、それは。袖に一輪 襟に多くなのか。桂花は頭を抱える。
「いい考えだ。桂花には甘すぎない さわやかな香りがいいな。百合とか鈴蘭とかでお願いしよう。」
それも嫌だ。柢王には見せられない。スケスケより意味ありげなのがいやらしい。絶対に柢王には見せられない。
その時 バルコニーに人影が立った。
「アシュレイ 来てくれたの。」ティアが声を上げた。
「なにやってんだよ。また変態ドレスの相談か。変態守天はよ。」
「違う、ほら園遊会とかあるし士官服以外の礼装の必要だなと思って。君の服も作ろうよ、どんなのにしようか。」
助かった。桂花は胸をなでおろした。ティアの関心がそれた。サルに感謝する日がこようとは思わなかった。
ティアがアシュレイにまとわりついている内にと サクサク片付けてしまった。
(kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)
東領に季変わりの風がふく。木の葉を揺らせ、草を倒すその風は冷たく人恋しさを募らせる。
人が家路に恋人の元へと足を向けたくなるような風の季節。
その東領の端にぽつんと建った小屋一つ。
小屋の前で小首をかしげる龍鳥一羽。
人の気配のない小屋の前で考えるのはここの住人の、パパとママの事。
パパはママと暮らすため、材木を運んで自分の手でこれを建てた。
ママはそんなパパとラブラブで暮らしていたのに、パパの出張で二人ともいなくなっちゃた。冰玉はそれが悲しい さびしい。
遊び友達は森にいるけれど、遊び疲れたボクを迎えにきてくれるママがいない。
ママは雨の中でも遊んでいる、ボクを迎えに来て、濡れた羽を丁寧に乾かしてくれる。
そのあとで飲まされる薬は苦いけど、熱があったら添い寝してくれる。
ママの髪はやわらかくて いい匂いがする もぐって寝るのは気持ちいいんだ。また風邪ひいてもいいなと思うくらいだよ。
パパがママにくっついて寝る訳がよくわかる。
ボクも恋人が欲しいな。そしたら気持ちよくあったかく、寝られるはず。
だってパパとママは 寝台で体操して汗かいているし 柔軟体操し過ぎたママは翌朝起きてこない。
うん恋人を作ろう。口説き方はパパの真似すればいい。
まず家を作ろう。二人で暮らす基本だ。
でもママと離れるのは嫌。
そうだイイ事考えた あそこに作ろう。
それから冰玉はセッセと木の枝をはこびます。ママの部屋との通路も確保しました。
が その通路は世間一般には煙突と呼ばれるものです。
冰玉が屋根で夢のお家を作っている時に桂花が帰ってきました。
小屋の中に変わりはないか、見回っていると 暖炉の中に木の枝が散らばっているのを 発見しました。
掃除はしたから、風で飛んできたものだろうか、詰まっていると困ると 箒の柄で煙突の中を突っついてみました。
そしたら 落ちる 落ちる。
木の枝が 屋根の材木が 鳥が
「冰玉!」
かろうじて間にあった桂花の手の中で冰玉は目を回していたとか。
「なんで 勝手に増築しようとするかな。だいだいあそこには俺の結界が張ってあるんだぞ。
おまえの恋人だろうが 茶飲み友達がろうが 入れる訳ないじゃんか。」
冰玉が気がついたら天守塔でした。パパもママもいる。あれ〜ママのドレスなんか変。胸に切れ込みが。
「冰玉を叱らないでください。もとはといえば吾たちが留守にして 淋しい思いをさせたのが悪いんですから。
冰玉 おいで今晩は一緒に寝よう。あなたは長椅子でお休みください。」
冰玉は喜んで桂花の腕に飛んだ。やっぱりこのドレス変と胸元を引っ張ってみる。
布が足りなかったのかな 作り途中なのかな。
ヒラメイタ こうするモノだ。
冰玉は桂花の胸にモグリこんで 切れ込みから顔だけ出した。
う〜ん ママに抱っこされるのは気持ちいい ドレスも肌触りいいし やっぱママが最高。
「なんか エグイような羨ましいような事して。
まったく恋人作ろうって男がママの添い寝かよ。桂花も髪に羽つくぞ。」
「羽がついたらあなたが梳いてくれるでしょう。
ドレスがダメになったらあなたが誂えてくれるでしょう。」
とあざやかに あでやかに微笑んだママは世界一きれいだったよ。
パパもそう思ったかな わかんないけど。
だってお休みって言われてパパの上着を掛けられちゃたから見てないんだ。
ティアとも氷暉とも連絡を取らずに日は過ぎていき、夏休みも残りわずかとなっていた。
自業自得とは言えつまらない夏休みだった。
(っつーか、ティアとは休み明けになっても、こんな状態になんのかな)
そう考えると、鬱々とした気分になる。それもこれも自分が言い出したことだから仕方がないけれど。
もしこの夏休み中に、ティアに彼女とかできてて、休み明けにベタベタされたりしたら、やだな・・・・・なんていうことも思ってはいけないのだ。そんな権利はないのだから。
「ちょっと、出かけてくる」
例年、ティアが面倒を見てくれていたので、今の時期には全て宿題は片付いていたのだが、今年は甘えられない。自力でレポートを仕上げるべく、図書館へ向かう。
「ティアはとっくに終わってんだろうな」
一人ごちて前を見ると、氷暉が女子と歩いているのに気づいた。
(なんだよあいつ!俺にあんなことしといて、彼女か!?)
ムッとして、気づかれないように尾行をはじめるアシュレイ。
「だから、なんでこんな遅いのかって訊いてるの。氷暉、まさかこないつもりじゃないでしょうね!」
「もう少し待て、俺にだって挨拶しておきたいヤツがいるんだ」
「それって、まさか女?!」
「いや」
「ならいーけどっ」
氷暉の手を強引に自分の手に絡め、ぴったりと体を寄せる少女は、うれしそうに彼を見上げている。
「お前、大丈夫なのか?なんで来たんだ、無茶しやがって」
「大丈夫、ここのところ天気良いし調子もいいから。それに、氷暉だけ数日遅れて来るって言っといて、全然来る気配がないんだもん。転校するのが嫌になったのかと思って・・・。私のせいで学校変わることになっちゃって・・・ごめん」
「なに言ってる。俺はどこの学校だろうが構わない。そんなこと心配してる暇あったら大人しくして発作を出さないようにしろ」
「うん」
無邪気に笑う少女と裏腹に、アシュレイの表情が曇っていく。
(転校・・・・・?)
足を止め、先日の会話をリピートしている間に、兄妹はどんどん遠ざかっていく。
(近くに越すだけだって言った・・・うそだったのか?なんで・・・)
あの日の氷暉はいつもと様子が少し違っていた。だからこそ、自分は家までついていった。
(やっぱり引っ越すのか・・・遠くに)
アシュレイは、二人を見失わないうちに再び追いかける。
「じゃあね、すぐ来てよね」
「分かった、気をつけて帰れ。途中ちょっとでも具合が悪くなったらすぐ連絡しろ」
改札口で別れた少女の姿を見えなくなるまで見送った氷暉が振り返ると、目の前にアシュレイが立っていた。
「なんだ、偶然だな。これからお前の所に行こうと思ってたところだ」
からかうような表情で顔を覗きこんだ氷暉を、アシュレイはじっと見つめる。逃げ出すようすもない。
「どうした、あの男になにかされたのか!?」
自分のことは棚に上げ、心配する氷暉。
アシュレイが、逆上したティアランディアに襲われないように、わざと何もなかったことを強調して話したというのに、失敗だったか?
眉間にしわを寄せ、アシュレイに手を伸ばすが、払いのけられてしまう。
「なんでだよ・・・なんで嘘ついた」
「うそ?」
「お前、本当に引っ越すんだろ?転校するんだろ?」
「・・・・・・・」
「なのに、なんで近くに越すだけだなんて―――」
「お前が泣くから・・」
「え?」
「お前、ビビッてただろう」
氷暉は嘆息して、歩き出す。
「お前を奪うといったのはうそじゃない。たとえ遠く離れても、数年過ぎても、お前を俺のものにする」
「・・・・・・ティアにも言ったけど、俺はお前らと付き合う気持ちはない」
「そうか?グラグラ揺れているのが手に取るようにわかるがな」
「うそだ!」
「うそ?本当は気づいてるだろ」
「違う、そんなことない!」
逃げるように走り出したが、コンパスの違いのせいか、俊足のアシュレイでもすぐに捕まってしまった。
手を掴まれたまま背を向けていると、やさしく頭を撫でられる。
「ちょうどいいから時間をやる。だから自分の気持ちをよく見つめなおしてみろ。同性だからとか、そんなことで気持ちをごまかさないでくれ」
答えずにいると、氷暉は続ける。
「俺は明日ここを発つ。卒業したら必ず戻ってくる。その間もお前に会いに来る。俺は、学校なんていつ辞めてもよかったんだ。でもお前に会ってから考え方が変わった。お前が俺を変えたんだ」
「・・・・俺が、何したって言うんだ。お前を変えるようなこと、なにもしてない」
「お前は自分の価値を分かってないだけだ」
「価値なんか・・」
「いっしょに泳いでる時間が俺には大切だった。お前に会えて、よかった。」
「・・・・・・・」
「こら、泣くな。こんな所で襲われたくないだろ」
「・・・・・・ばかやろ・・・うぅ・・・、っ・・」
「お前が好きだ。俺は諦めない」
「し、つこいっ・・んだよ・・」
決して振り返らないアシュレイの頭に唇を寄せ、氷暉は 「髪、短くするなよ」 と言って、離れていった。
さよならだ。
人ごみの中残されたアシュレイは、男性トイレに入って顔を洗う。なんだか最近、トイレで顔洗ってばかりだな・・・なんて思いながらハンカチがないことに舌打ちすると、横からそれが差し出される。
顔を上げるとティアが視線を合わせずにハンカチを手にしていた。
「なんで・・・」
アシュレイの問いかけに応えず、ハンカチを押しつけると、ティアはトイレから出て行ってしまう。
「ティア?」
その背に声をかけるが、無視。
自分がさんざん逃げていたくせに、いざ相手に逃げられると追いかけたくなるから不思議だ。
「待てよティア」
手を引くと、ティアは背中を向けたまま立ち止まった。
「・・・・・・・ごめんねっ!あれから毎日 君が出てこないか見てたんだ!気持ち悪いよねっ!!でも、やっぱり君を諦めるなんて、私にはできない!!」
逆切れして、早歩きしはじめたティアに、アシュレイは呆気にとられたまま。
(あれから毎日?俺が外に出てこないか待ってた・・・?)
百夜通いのようなことをするティアに、思わず笑ってしまったアシュレイ。
普通、ストーカーじみた事をされたら不愉快だし気味が悪く恐ろしく感じるだろう。しかし、ティアが本当に本当に一途に、自分を想ってくれているのだとアシュレイは感じた。
そしてそんなティアが、かわいく思えた。
「なぁ、ティア・・・・・氷暉、引っ越すんだって。転校するって」
「え!?」
くるっとふり返って、アシュレイに歩み寄るティアは、心なしか笑っているように見える。
「それホント?うそじゃなくて?」
「あぁ。残念ながら、マジネタだ」
「残念?なに言ってるの君!そうと分かったら祝杯をあげ――――」
ハタと正気に返りティアの口が止まる。
「胴上げもするか?」
「・・・・フラれたことも忘れて、ライバルがいなくなったのを喜んでる私って・・・ウザイよね」
「氷暉は諦めないんだと。卒業したら戻ってくるってさ」
「な、なにバカなこと言ってるんだ、あの男は!その間に私が――!」
口を押さえて、自分を見たティアに、思わず笑い出すアシュレイ。
やっぱり、ティアは怖くない。たまに怖いときもあるけど、いつだってこうしてフォローをしてくれる甘い男だ。
それは、大切にされている証拠。そのくらい、アシュレイにだって分かる。
「もういいや。知らねぇ、勝手にしろ」
「え?・・・・・それって、好きでいてもいいってこと?」
「勝手にしろって言ってるじゃん。でも、たぶんこれからも俺はお前らのこと友達以上には見られないと思うぞ。時間が無駄になっても知らないからな」
「いいよ!勝手にさせてもらうよ!だってアシュレイを好きな時間が、無駄になるわけない。これまでだって、一度も好きになって損したなんて思ったことないもの」
一気に元気を取り戻したティアは、アシュレイの腰に手をまわして、エスコートするように歩き出す。
「あと何回、好きって言ったらこの思いが通じるかな」
「知るか」
「そのほっぺ、今ここで啄ばみたいくらい君が好き」
「やったら殴る」
「暴力は愛を生まないよ。ね、今からうちに来て」
「やだ」
「なんで即答?!」
「だって、お前、俺のこと襲うもん」
「・・・・」
「認めんのかよっ」
ゴツッと頭をゲンコツで叩かれたけど、ティアは笑顔だった。
大丈夫。邪魔者は一時期だろうといなくなった。このチャンスを逃すほど枯れてはいないし、落ちぶれてもいない。明日とは言わず、今日、たった今から今まで以上にベタベタに甘やかしてアタックしてやる。邪魔者が入る隙なんてないくらいに。
アシュレイの腰にまわしていた手にぐっと力を入れたティアは、「いつまでやってんだ」 とアシュレイに手を思いきりつねられた。
いつもの定位置にティアがいる。それが、こんなに嬉しいなんて。
ムリに離れることは、不自然だと分かったから。今は、この状況に甘えてしまおう。それでも良いと許してくれるのだから。
もし、これから・・・・・自分の気持ちに変化が見えたとしたら・・・そのときは氷暉の言うように、誤魔化すことだけはやめよう。真摯な態度で打ち明けてくれた二人には、きちんと向き合うべきだから。
アシュレイは、なにか吹っ切れたような清々しさで、空を仰いだ。
木々の間から夏の終わりを告げる声がした。
人通りの少ない、古書店や質屋が並ぶ路地まできて、ようやく目的の人物を見つけたティアは、切れる息を整えることなく、声をあげた。
それに気づいた長身の背中が、いちど足を止め、一寸の間をおいてゆっくりと振り返る。
「なにか用か」
表情を変えずに低い声で問う男は、決して機嫌が良いとは思えなかったが、怯まずティアは切り出した。
「単刀直入に聞きます。あなた、アシュレイになにかしました?」
キツイ眼差しを向けてくるティアに、長身の男、氷暉はほんのわずかだが口角を上げた。
「あいつから何か聞いたのか」
「いえ」
「それなのに、あんたに分かるほど、様子がおかしいって事か」
フッと鼻で笑う氷暉にティアの瞳が細くなる。
「なにか・・・・したのか」
「さぁな」
「したんだな!」
カッとなって掴みかかってきたティアの腕をたやすく避けた氷暉は、逆にその白い手を掴み返した。
「っ!」
「王子様が。俺に勝てると思ってるのか」
その手を振り落とすと、ティアはバランスを崩してビルの壁のほうへよろめいてしまう。
すぐに体制を整えた彼の頬を手のひらで包んで、氷暉は耳元でささやいた。
「こうして壁際に追い詰めて・・・・ここを味わっただけだ」
つつ・・・と親指でティアの唇をなぞる氷暉。
「っ!」
頭突きでも何でもしてやろうと、氷暉の肩を乱暴につかんだとき、Tシャツがはだけてその痣が目に入った。
どす黒く色が変わった痣は、歯型のように見える。
ティアの視線がそこにとまっていると、苦笑しながら氷暉は自分をつかんでいる手をゆっくり引き剥がした。
「熱くなるなよ。これが真相だ、安心したか」
「え?」
「あいつが、そう簡単に襲われるようなヤツか?唇どころか歯形を見舞われて、このザマだ」
「それじゃあ・・」
「安心したか、じゃあな」
「・・・・・・・」
腑に落ちない。
いや、未遂だったと分かったのだから喜んで良いのだろうけど・・・・。
初めて自分が理性をなくしかけ、アシュレイに襲いかかった(;)時は、返り討ちにあったとはいえ、あんな風に噛みつかれはしなかった。
その後だって、アシュレイは叩きはしても痣になるほどのことは自分にしていない。
(やっぱり、私ならいいけど、あいつが相手じゃ嫌だったのか・・・それとも、奴が私を超える迫り方をしたのか・・・・)
前者なら小躍りしてしまうくらい嬉しい。しかし、後者だったら、五寸釘であの男に呪いをかけ仕留める必要があるだろう。
ここは、やはり被害者に事の真相を聞き出さねばならないようだ。
「アシュレイ・・・・何もされてないよね?」
希望を口にし、その恋しい相手の家へとティアは足をふみ出した。
「調子が悪くて寝てる?」
アシュレイの家の玄関先で、彼の姉、グラインダーズに予想外の事を言われたティアは、すぐにそれがウソだと気づいたが、だからと言って彼女の手前、ズカズカ家に上がるわけにもいかず、引き下がるしかなかった。
(私に会いたくない・・・ってことは、やはり・・・)
嫌な妄想がグルグルまわり、ティアは道端で座り込んでしまう。気がおかしくなりそうだ、もう限界だ。こんなに好きなのに・・・。
ティアの気持ちはわかってる―――なんて言っているが、そんなのどこまで分かっているんだか。
きつく抱きしめて、あんなことやこんなことをして、朝まで離さず愛したいのに。彼を愛し、愛される資格が自分にだけあればいいのに。
アシュレイを問いただした所で、きっと口を割ることはないだろう。それでも、自分には彼のウソがわかってしまうだろう。
だからこそ・・・彼は仮病を使ってまで自分を避けるのだ。
「いい加減つかれたよ、アシュレイ・・・」
ふらつきながらも、ティアはなんとか立ち上がった。
次の日、電話をかけてみたのだが、拒否されて話すことはかなわなかった。そして更に次の日、ティアはわざとらしく花を買い見舞いだといって堂々とアシュレイの家を訪れた。もちろんグラインダーズは快く招きいれる。一昨日は弟を心配していたが、昨日にはアシュレイが仮病を使っていると気づいたからだ。
「具合はどう?」
あわててベッドに隠れた赤い髪に向かって嫌味を言うと、観念したのかアシュレイは顔を出しベッドの上であぐらをかいた。パジャマではなく普段着だ。
「いいみたいだね」
「・・・・なおった」
唇を尖らせてつぶやく体を、ティアはそっと抱きしめた。
「あいつに噛みついてやったんだってね、よくやったよ」
何で知ってるんだ・・・どこまで知って・・・?身構えるアシュレイの髪を細い指が通る。こんな風にやさしく抱きしめられるのは嫌いじゃない。髪を梳く手も好きだ。でも、いつまでもこんな状態ではいけないと思う。
(そうだ、これがダメなんだ。この居心地の良さについ甘えるから、ティアに期待を持たせるんだ。ちゃんと言わなきゃ)
「ティア・・・・ごめん」
切り出した言葉に、ティアの体が大げさなほど反応する。
「な、なにが?」
「俺・・・・・やっぱり、お前のこと恋愛対象には見られな―――」
最後まで言えないうちに、体が倒されて、ベッドに仰向け状態となったアシュレイは、ティアの顔を見て息を呑んだ。
「君はさ・・・・私なら何でも許してくれるって思ってるだろう」
「ティ・・」
「私はね、本気になったら肩を噛みつかれようが喰いちぎられようが―――離してやらない」
体を起こそうとしたが、ベッドに縫いつけられたかのようにびくともしない。
「やだ、ティア!」
下には姉もいるのに。アシュレイは、必死に体をよじろうとするが、無駄だった。
「このまま君を傷つけて、一生責任をとらせてもらいたい」
怖くなって、ぎゅっと目を閉じたアシュレイの顔に、水が落ちてくる。
「・・・・?」
「どうしても?どうしてもダメなのアシュレイ。待たせてもくれない?待っても無駄?」
こぼれ落ちる涙を拭おうともせずにティアはそのままアシュレイの上から退くと、ドアの向こうへ消えてしまった。
「ティア・・・・・・・」
「傷つけたい」 「離さない」 と言っておいて、あっけなく退いたティア。
(俺のほうがよっぽどお前を傷つけてる・・・・・・・・)
アシュレイは窓の下に見えた姿を、ぼんやりと見送った。
桂花を執務室で捕まえた。
「桂花はさがらせるからな。」
「なにするんです、仕事の途中です。」柢王の手を振りほどこうとするが。できない。
「いいよ。桂花 今日ぐらいゆっくりして 夜もおきて来なくていいからね。」ティアは手をパタパタふって退室をうながした。
柢王はそのまま桂花の部屋に飛ぶ。
「強引すぎます。」声を張り上げるが元気がない。
桂王の手から逃れて、扉に鍵をかけ 窓の幕布を引く。
怒りは収まった 柢王になんといえばいいのだろうか。わからない。
<お帰りなさい>は伝えた。
<吾がいなくても 大丈夫でしたか>だろうか、元気なのは見ればわかる。
吾がいなくとも やっていけるのを確認するのは気が重い。
<寂しかったです。>は すぐに人間界にもどる柢王の心残りを作るようで気がひける。
<行かないでほしい>とは口がさけてもいえる訳がなく
<浮気していませんか>とは意地でもいいたくない。
あなたの隣にいたいのに いなくてはいけないのに吾は‥
考えれば考える程わからなくなってしまう。
柢王に歩みよれば 顔が俯いてしまう。
柢王は余裕の笑みで桂花を見つめている。桂花のまとっていた心の鎧がはがれる。
秘書としての有能さ 人あたりの良さ ポロポロこぼれて残ったのは柢王だけの桂花。
いじらしく自分だけをしたってくれている。まいごの桂花つかまえた。
柢王は桂花を胸に引き寄せた。
「ただいま 桂花」
「おかえり柢王 また少し背がのびた。」俯いたまま柢王に引き寄せられれば額が柢王の肩だ。
以前は吾より背が低かったのに、引き寄せた腕も長く逞しくなった気がする。なんだかみじめだ。
「さびしかったか 元気にしていたか 人気あるみたいだけど浮気していないよな 気になって人間界にいけないぞ」
言いたかったことをすべていわれてしまった。桂花は苦笑した。
「あなたじゃあありません、そんな事しません、」
「ティアとはずいぶん親しくなったんだな、この服もティアのデザインか」
柢王は髪をまとめていた紐をほどいてしまう。白い髪はクセもつかずサラリと流れる。
「夜もおきて仕事か。」
「使い羽が夜中のもくるのです。夜勤の文官が処理するのですが、手際わるくて」
「そんな事してっから痩ちまったじゃあないか。」
「気のせいです。」
柢王は問答無用で抱き上げると「軽くなった」といって寝台に倒れこんだ。
乱暴なのいう抗議の声はおしつけられた唇に阻まれる。
「おまえがここでティアに目をくばってくれているから俺は安心して人間界にいけるんだ。
でもおまえは俺の副官でティアの文官じゃあない。俺のいない所で無理すんな。」
「そう吾はここの文官ではありません、あなたの副官でもありません。
吾はあなたの側近です ただの従者です。今は守天殿の秘書です、個人的なね。」
皮肉な口調に柢王はため息で答えた。
「役職名とか地位とか必要か、俺の副官で参謀はおまえだ。おまえがいないと報告書一つかけない。
執務室にドアマンやお茶汲みが入ったところでティアの処理能力が上がるなんて思っちゃいない。」
「でも」なお言いつのろうとする桂花を柢王は思いっきりだきしめた。
言い争いがしたいわけではない。この恋人はダダをいいたいのだ。
置いていかれたさびしさと放っておかれたせつなさが艶をおびた紫水晶の瞳に宿っている。
「おまえが必要なんだ桂花 おまえは俺のだ」
その夜柢王は人声で目をさました。
廊下を走る音 ティアを呼ぶ声 なにかあったのか。
起きようとしたが手が動かない。見ると桂花が抱くようにして眠っている。
大事な者はここにいるからと 外の騒音も桂花の眠りを妨げない。
柢王の目じりが下がる。小ぶりな頭を優しくもちあげ 自分の肩にのせる。
汗の引いた桂花の肌が冷たい。毛布を引き寄せ しっかりとくるむ。
今夜はおまえの温石にでも抱き枕にでもなってやっから ゆっくり眠れ
囁く声に応えたのは 満足そうなため息1つ
終わり
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