投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
夏休みに入る前日、ティアは親戚の法事だと言って学校を休んだ。
一人帰宅するアシュレイは、夏休み中に行われる学校の補強工事のため強制的に持ち帰らされる荷物を抱えていた。
ろくに前が見えていない状態で歩く姿は、危なっかしくてしかたない。
「電柱にぶつかるぞ」
覚えのある声に立ち止まると、ふいに両手が軽くなる。
「氷暉」
声をかけたが、荷物の大半を引き受けた長身は目もくれず、先を行ってしまう。
腰の位置が高いよな・・・・と、羨望のまなざしを送っていたアシュレイは我に返りあわてて後を追った。
「女じゃあるまいし、なんだよ。返せ、自分で持つ」
「計画的に持ち帰らないからこういうことになる」
「持ち帰る気なんてなかった!」
教室外の場所に荷物を隠していたことが、担任にバレたため、仕方なく持ち帰ることになったのだと偉そうに説明するアシュレイにあきれた顔を返す氷暉。
「お前のそういうところは直りそうもないな」
苦笑しながらアシュレイを見下ろす氷暉は、なんだかいつもと様子が違う。
「お前、なんかあったのか?なんかイマイチって感じじゃねーか?」
指摘を受けて薄く笑った氷暉は、ちょっと自分の家によって行かないか?とアシュレイを誘う。
「こんな大荷物があるのに寄り道してられるかよ」
即答するアシュレイに、氷暉はすこし困ったような笑みを浮かべて、そのくせ 「 そうか 」 と簡単に引き下がった。
しかし、その 「 困ったような笑み 」 がひっかかり、アシュレイは、数歩あるいた後「やっぱ行く」と答えていた。
「引越し?」
氷が融けてグラスが音をたてるのと同時に、アシュレイが振り向いた。
「一時期良くなっていた妹の喘息が、またひどくなってきたから、田舎に引っ越すことになった」
どうりで、やけにがらんとした家だと思った。氷暉の部屋に入る前、リビングの横を通ったときソファーがちらりと見えただけで、他の家具らしきものが見えなかったのだ。
「・・・いつ」
「この夏休み中」
あまりにも急すぎて、なにも言葉が出てこない。
せっかく、仲良くなれたのに。
無駄なことは言わず、的確な言葉をくれるこの男が気に入っていたのに。
たまに見せてくれる笑顔が、嬉しかったのに。
もう、泳ぎを教わることもできなくなるのか。「 上手くなったな 」と褒められることもなくなるのか。
「なんだよ・・・」
仕方のないことだとわかっていても、文句が出てしまいそうでアシュレイは唇を噛みしめた。
ところが、せっかく言葉を呑みこんだというのに、予想外に瞳の淵から思いがこぼれてしまう。
慌ててそれを拭うと、アシュレイ以上に驚いた顔の氷暉が、長い手を伸ばしてきた。
強引に抱き寄せられた細い体は「なにするんだ」と抵抗したが、情けない顔を見られるのもいやで、結局そのまま胸に顔を埋めてしまう。
「なんだよお前・・急に・・引っ越すって・・」
突然の別れに、どうにも悔しくて泣けてくる。そして、やっぱり言葉は見つからない。
「泣くな」
「泣いてねぇ」
鼻をすすりながら、再び抵抗を始めた手を掴んで、氷暉はすばやくアシュレイを壁際に導いた。
「アシュレイ、泣くな」
左手はアシュレイの手を掴んだまま、右手で濡れたほほを拭うと、氷暉がさっきと同じ困ったような顔でアシュレイを見た。
涙にぬれてさらに赤く染まった瞳が氷暉を射る。
「アシュレイ」
両手を頭上で押さえつけられたのと同時に長身が屈んでアシュレイの顔に影を落とす。
「!!」
体を硬直させ、目を見開いたアシュレイをより深く求め、氷暉は息をつくことすら許さない。
慣れない行為に意識が朦朧として、ひざが折れたところで、ようやく両手を解かれて腰を落とした。
肩で息をしているアシュレイを見つめていた氷暉がおもむろに口を開く。
「お前をあいつから奪う」
ひぐらしの輪唱が、遠くで聴こえる。
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