投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
執務室で桂花はティアに言われてお茶を淹れた。
お茶と言われたらお茶のみだ。人間界からとんできた柢王の腹など知らない。
昼食は済ませたのかとか、夕食まで間があるとか綺麗にスルーした。
帰ると知らせない方が悪い。ほんの少し外出しただけのように落着き払ってお茶など飲んで。何を考えている。この男は。
ティアが執務室に戻れば書類が追いかけてくる、イライラを隠して仕事に戻る。
ドアのノックを受けてあける。そこで書類を受け取ることもあるが、おじぎをして文官を通すこともある。
受け取った書類は机の上に置くまでに読んでしまう。机に置かれた書類も目を通し違う場所に置く。
ティアとの間で書類の置く位置に決まり事があるらしい。僅かな言葉を交わしながら仕事が進む。
ティアの署名された書類は宛先別にして別室に運ばれる。流れるような一連の作業。滞りも停滞もない
見事な連携だ。
引きも切らず訪れる文官の中で、ひときわ尊大に入ってきた者がいた。桂花に目もくれない。つかつかとティアの前に進む。
「急ぎ ご署名を。」と書類の束を置く。
桂花は恭しく礼をして送り出すと、書類を取り上げる。
「使えません。特に急ぎませんから 後程吾が調べます。」
「悪いね。」
「いつものことですから」書類は要塞調査となり桂花の手元に残った。
次の文官は桂花に書類を見せた。書式はこれで、添付資料がなんでと話込み始めた。
「いつもこんな感じか?」柢王がティアに聞いた。
「そうだ。桂花は使える。ここに来た次の日には文官2百人の名前を覚えた。七つの書類の山も一週間でかたずけられた。
いまでは自由になる時間もできてうれしいよ。」
「だからといってな〜。桂花は俺のだ。勝手にいろんな事刷り込むな。」
「洋箏の事?遊びだよ、アシュレイもお前も付き合ってくれないし。桂花の知識欲満たしてあげようかなと。」
「問題はそこじゃあない。あいつが新しいもん好きなのも器用なのも知ってる。
俺の知らない所で着飾って使い女やら文官の前で演奏していたことだ。」
桂花は見せもんじゃあない。心のなかで付け加えた。
「なんだ 妬いている?いいじゃない サービスだ。使い女は桂花に好意的だから」
彼女たちが日に何度も桂花様と呼んで指示をあおぐので、文官もあの魔族と言わなくなった。
名前を呼んでもらう これが最初の一歩
「桂花は俺の 俺んだ」
わめきだした男の頭に書類が打ち下ろされた。
「邪魔です。」桂花の瞳が氷の様だ。
「ごめん」謝る柢王にさっと書類が渡される。
「これに見覚えがありますね。」
「俺の書いた人間界の報告書だろ。」
「これは何かの暗号ですか。字というのは読めるように書くもんです。
読めない物書いてどうするのですか。清書してください。邪魔するぐらいなら仕事してください。」
「お前よめるだろ、書いてくれ〜」
何甘ったれてるのだと睨みつけ 沈黙を返した。
柢王はフンと書類を投げ出した。桂花がやってくれる、やってくれるはず。
子供みたいなまねしてと桂花の怒りが燃え上がる。
「吾は傍にいないのですよ。わかっていますか」
「桂花 手伝ってやれば、君の方が内容もまとまるし、字もきれいだ。私の名前で各国に送る。君の仕事だ。」
ティアがそういえばやるしかなく、書類を風で取り寄せる。
吾はあなたの何?基本的な疑問を抱いて柢王の筆跡をまねて報告書を作成していく桂花だった。
(2011/09/20 15:55) (kd113151204178.ppp-bb.dion.ne.jp)
柢王は蒼穹の門で部下と別れると全速で走りだした。
目指すは天主塔 桂花
無事なのは判っている 手紙も貰った。ティアを信頼してもいる。
それでも心配なのだ。普段の生活を見てみたい。
そう 今日は柢王元帥の査察なのだ。
気合入れて飛んだおかげで、ほどなく天主塔についた。
正面から入るのは面倒だと判断して、バルコニーに降りた。
「あれ ティア 桂花?」
いつも書類で埋もれている机はきれいに片ずき 主の姿は見えない。
「仕事終わったんか珍しい」
柢王は廊下にでてみた。兵士も使い女もいない。
なんとなくざわついている方に進んでみる。音楽室だ。
部屋の前に人だかりができている。
「ティアが演奏しているのか」
使い女に混じって文官や兵士も部屋の中を覗きこんでいる。
体を割り込ませて 驚いた。
桂花が洋箏の前に座っている。
ティアが傍らで弦器をかまえていた。
「桂花 もう一度最初から」
「はい」
ティアのだした出の合図に桂花が応じる。
紫微色の長く優美な指が鍵盤の上をすべる。
うつむいている桂花は柢王に気づかない。
「け い か」つぶやきが漏れる。
桂花の前髪は後ろで束ねられているので顔がよくみえる。
真剣だけれど 穏やかだ。
窓からの微風にさらさらと髪がゆれる。
着ている服も柢王の見覚えのない物。
身頃も袖もたっぷりとドレープのある白の生絹 下には紫を使っている。
二枚の絹が陰影をつけて 最奥の刺青はいかにと想像させる。
得に凝ったつくりではない 飾り物もない。
だからこそ 色香がおさえられ 一幅の綺麗な絵画のように見せている。
(ティアのやつ)
柢王はティアに目をやる
ティアは柢王に気が付いていた。
(どう?)というように口元がほころんでいる。
柢王はガシガシと頭を掻いた。
俺は知らない洋箏を弾く桂花など こんな風に飾りたてられているのも知らない。
短い練習曲はすぐに終わった。
感嘆の溜息がもれる。
「桂花 完璧だ 今日は終わりにしよう。柢王おかえり。」
「えっ 柢王」
桂花が振り返り 出された足が止まる。
回りには使い女や文官がいる。「お帰りなさい」と礼をするのにとどめた。
本当は放置された文句の一つも言いたい。
それより抱きしめて会いたかったといいたい。
吾に一番に元気な顔を見せてほしかった。最初にお帰りと言いたかった。
それなのにこんな所に姿を出して。俯いてしまった桂花の背をティアが押す。
「執務室に行こう。柢王も」
映画を観たあと、小腹がすいたアシュレイがコンビニでパンを買っているあいだ、ティアは雑誌を立ち読みしていた。
(二人で温泉・・・は、まだちょっとアレだよね・・・。プールとかなら喜びそうだな)
そう考えた瞬間、嫌な顔を思い出し眉を寄せる。
(まったくアシュイったら。私に言ってくれれば手取り足取り泳ぎくらい教えたのにさ。よりによってあんな男に・・・)
腹が立って、顔を上げたティアの前を 「あんな男」 が通る。
すぐにアシュレイのほうに視線をやり、彼がヤツに気づいたかどうかを伺ったティアは、舌打ちをした。
アシュレイはレジに並びながらその姿を目で追っていた。気づいてしまったようだ。
この後、支払いを済ませたアシュレイが彼に声をかけるのは目に見えている。
(せっかくのデートなのに!)
アシュレイに聞かれたら「デートだとぉ?」と怒られるだろうが、ティアにとってはデート以外のなにものでもないのだ。
手にしていた雑誌を戻し、どうやって阻止しようかと考えていると、アシュレイがそのまま自分のほうへやって来た。
(あれ?)
「これ、ここの店にしか売ってない奴。お前も食う?」
にっと笑った笑顔が、ぎこちない。
明らかに気づいていたはず。なのに、どうして追いかけないのだろう?いや、それはとてもよい事なのだけど・・・・。
外に出て、さっそくパンにかぶりつくアシュレイを横目で見ながらティアは言ってみる。
「さっき・・・あいつが通ったの、見てたよね」
「・・・・・あいつ?」
もぐもぐと口を動かしながら、アシュレイは白を切っている。
「なんか、おかしいね」
「なにが」
「君、あいつとなにかあった?」
「・・・・・・」
鋭い。なんで、いつもこうなんだ。
小さい頃からそうだった。この幼馴染は自分のちょっとした態度の変化を見逃さない。
「あったんだね」
「別に・・」
目を合わせずに答えるアシュレイを、ティアはじっと見つめている。まるで、そうすることで心の中を読み取ろうとしているかのように。
アシュレイは、気まずくなって、食べかけていたパンをすべて口に放り込むと、先に帰るといって逃げるように駅へ向かった。
「・・・・・・なんだ、なにがあった?」
とつぜん、あり得ないことをされ、呆然としている自分に向かって彼は言った。
『お前をあいつから奪う』
その意味を理解できずに座り込んでいると、続けて彼は言った。
「なにか、勘違いしているようだが、俺は引っ越すといってもここからすぐ近くのアパートに越すだけだぞ?親と妹は田舎に行くが、俺は一人暮らしをはじめるだけだ」
「!?」
「ソファーと、このベッドを持って行くくらいで、荷物は少ないからな。大げさなものじゃない」
わなわな唇を震わせるアシュレイに、ニヤリと笑みを向ける氷暉。
「ま、まぎわらしい態度しやがってっ!」
「涙が出るほど俺と離れるのがイヤだったんだな。かわいい奴。お前の泣き顔見たら、たまらなくなった」
「お、おま・・」
「もう一度してやろうか」
「ふざけんなっ!」
怒鳴りながら、部屋から出ようと立ち上がったアシュレイの腰を、氷暉が容易く引きよせる。
「ふざけるほどの余裕はないな。俺はあの男からお前を奪い取ると決めた」
「奪い取・・俺は誰のものでもない!」
「なら、好都合。これから俺のものにするだけだ」
「誰がなるか!離せバカ!!」
ガブッと思い切り氷暉の肩に喰らいつき、彼が怯んだ隙にその体を突き飛ばすと、アシュレイは一目散で悪の住処から脱出した。
(ティアの言うとおりだった、ティアの言うとおり・・・)
酷くショックを受けた。 信頼していた友人に裏切られた気分。走りながら、アシュレイは何度も唇をぬぐった。
(なんだって、二人して俺をそんな風に見やがるんだ。友達じゃダメなのか)
―――――ダメなんだろうな。
ティアなんて、本気も本気。超本気なのだ。本気すぎてこっちが逃げ腰になるのも仕方がないくらい。
その点、氷暉は? 氷暉は余裕があるように思う。ティアに比べてぜんぜん。
余裕があるということは、本気度も低いんじゃないだろうか。でも・・・・氷暉が冗談でああいうことをするとは思えない。
駅のトイレで、鏡の中の自分が口の周りにパンくずをつけているのに気づき、アシュレイは顔を洗った。
氷暉の姿を見ただけで、この有様だ、おちつけ自分。
「あ゛〜っ!ヤダヤダヤダッ!!もうヤダーッ」
恋愛なんてややこしくて、苦手だ。なのに、相手が野郎だなんてよけいにややこしい。
ティアも氷暉も好きだけど、だからといって恋愛対象になるというわけではない。
『私がアシュレイ以外の人に、こんなことしているところを見たらどう思う?君は何ともないの?』
以前、問われた言葉を思い出し、アシュレイはそれを氷暉に当てはめてみる。
(驚くだけだな・・・)
だが、ティアの場合は違う。あれだけ自分を好きだと言っておきながら、他のヤツといちゃつくなんて不潔だと思う。腹が立つ。
もし、氷暉がこれからも自分を好きだと言いつづけ、それでいて他のヤツにべたべたしていたらやはり面白くない気がする。
(でも、そーいうのって・・なんか、自分だけを見てろっていう感じで変だな。俺が毅然とした態度で断ればいいのか。そしたら、俺だって、断った手前、あいつらが誰とべたつこうが怒る権利もなくなるしな)
自分は、まだ本気で誰かを好いたことがないから、自分の気持ちを相手に告白する勇気は尊敬する。
あの二人は告白よりも先に行動をおこすので、こちらとしても混乱するし困惑してしまうが・・・そう、あと、強引過ぎるところも困憊してしまうが。
ティアは、最後の最後では自分の気持ちを優先して、止まってくれそうな気がするが、氷暉はもしかしたら違うかもしれない。このままあのペースで迫られたら、逃げ切れるかどうか・・・。
(氷暉が、こわい・・・・)
純情だからこそ、恋愛に潔癖なアシュレイ。彼はティアがその後、氷暉の後を追ったことなど、知る由もなかった。
夏休みに入る前日、ティアは親戚の法事だと言って学校を休んだ。
一人帰宅するアシュレイは、夏休み中に行われる学校の補強工事のため強制的に持ち帰らされる荷物を抱えていた。
ろくに前が見えていない状態で歩く姿は、危なっかしくてしかたない。
「電柱にぶつかるぞ」
覚えのある声に立ち止まると、ふいに両手が軽くなる。
「氷暉」
声をかけたが、荷物の大半を引き受けた長身は目もくれず、先を行ってしまう。
腰の位置が高いよな・・・・と、羨望のまなざしを送っていたアシュレイは我に返りあわてて後を追った。
「女じゃあるまいし、なんだよ。返せ、自分で持つ」
「計画的に持ち帰らないからこういうことになる」
「持ち帰る気なんてなかった!」
教室外の場所に荷物を隠していたことが、担任にバレたため、仕方なく持ち帰ることになったのだと偉そうに説明するアシュレイにあきれた顔を返す氷暉。
「お前のそういうところは直りそうもないな」
苦笑しながらアシュレイを見下ろす氷暉は、なんだかいつもと様子が違う。
「お前、なんかあったのか?なんかイマイチって感じじゃねーか?」
指摘を受けて薄く笑った氷暉は、ちょっと自分の家によって行かないか?とアシュレイを誘う。
「こんな大荷物があるのに寄り道してられるかよ」
即答するアシュレイに、氷暉はすこし困ったような笑みを浮かべて、そのくせ 「 そうか 」 と簡単に引き下がった。
しかし、その 「 困ったような笑み 」 がひっかかり、アシュレイは、数歩あるいた後「やっぱ行く」と答えていた。
「引越し?」
氷が融けてグラスが音をたてるのと同時に、アシュレイが振り向いた。
「一時期良くなっていた妹の喘息が、またひどくなってきたから、田舎に引っ越すことになった」
どうりで、やけにがらんとした家だと思った。氷暉の部屋に入る前、リビングの横を通ったときソファーがちらりと見えただけで、他の家具らしきものが見えなかったのだ。
「・・・いつ」
「この夏休み中」
あまりにも急すぎて、なにも言葉が出てこない。
せっかく、仲良くなれたのに。
無駄なことは言わず、的確な言葉をくれるこの男が気に入っていたのに。
たまに見せてくれる笑顔が、嬉しかったのに。
もう、泳ぎを教わることもできなくなるのか。「 上手くなったな 」と褒められることもなくなるのか。
「なんだよ・・・」
仕方のないことだとわかっていても、文句が出てしまいそうでアシュレイは唇を噛みしめた。
ところが、せっかく言葉を呑みこんだというのに、予想外に瞳の淵から思いがこぼれてしまう。
慌ててそれを拭うと、アシュレイ以上に驚いた顔の氷暉が、長い手を伸ばしてきた。
強引に抱き寄せられた細い体は「なにするんだ」と抵抗したが、情けない顔を見られるのもいやで、結局そのまま胸に顔を埋めてしまう。
「なんだよお前・・急に・・引っ越すって・・」
突然の別れに、どうにも悔しくて泣けてくる。そして、やっぱり言葉は見つからない。
「泣くな」
「泣いてねぇ」
鼻をすすりながら、再び抵抗を始めた手を掴んで、氷暉はすばやくアシュレイを壁際に導いた。
「アシュレイ、泣くな」
左手はアシュレイの手を掴んだまま、右手で濡れたほほを拭うと、氷暉がさっきと同じ困ったような顔でアシュレイを見た。
涙にぬれてさらに赤く染まった瞳が氷暉を射る。
「アシュレイ」
両手を頭上で押さえつけられたのと同時に長身が屈んでアシュレイの顔に影を落とす。
「!!」
体を硬直させ、目を見開いたアシュレイをより深く求め、氷暉は息をつくことすら許さない。
慣れない行為に意識が朦朧として、ひざが折れたところで、ようやく両手を解かれて腰を落とした。
肩で息をしているアシュレイを見つめていた氷暉がおもむろに口を開く。
「お前をあいつから奪う」
ひぐらしの輪唱が、遠くで聴こえる。
=============================
ガンバレ、ライダー!
負けるな、ライダー!
天界世界を、マゾから守って!!
・・・そんな幾千幾万の声に支えられて・・・
・・彼らは戦い続けているのです・・
『天界世界の平和は、ボランティアによって守られています』
(喫茶『天主塔』のボランティア募集ポスターより)
=============================
********* act.1 喫茶『天主塔』 *********
「中央公園にマジョッカーだ!」
そろそろ日も暮れようかという頃。
遊んでいた子供達も友達に別れを告げ帰途に着こうとする矢先だった。
それまで沈黙を保っていた遠見鏡の闇色の画面がきらりと光り、突如として出現した怪しい泥人間達が遊具や砂場で遊ぶ子供達に襲いかかる光景を映し出した。逃げ惑い泣き叫ぶ子供達の姿に、喫茶『天主塔』のマスター・ティアランディアが厳しい声を上げた。
「柢王、出動だ!」
「任せとけ!」
マスターの指令が飛ぶや否や、柢王はスツールから腰を上げ指笛で相棒の名を呼ぶ。
「……――――冰玉!」
「クェーーーーーー!!」
柢王がドアから飛び出るのとほとんど同時に、『天主塔』を覆うくらいの巨大な龍鳥が上空から主の下へと急降下してくる。
「柢王、気をつけてっ」
「ああ」
窓から顔を出してティアが声をかける。
上司兼親友の声に頷くと、柢王は冰玉の背に飛び乗り急ぎ現場へと向かった。
「君の出番もそのうちあるから」
出動した親友を見送り店内に目を戻すと、カウンター席のアシュレイがうつむいてテーブルの一点を睨みつけるようにして黙っていた。
「…んなこと言って、いっつもアイツじゃねーか」
「だって、君んとこのギリは使用許可がまだおりないし」
「…くしょーーーーー!! あの頑固親父ーーーーー!!」
テーブルに両拳を打ちつけ悔しがるその背中が小刻みに震えて悔しさを押し殺す。
喫茶『天主塔』とは仮の姿(?)。
実は悪の組織『マジョッカー』から天界世界を守るために組織された正義のボランティア集団『ライダーズ』の天界中央本部で、マスター・ティアランディアこそ、ライダーズの司令官なのだ。
ボランティア集団であるがゆえ、ライダー要員は主に自己申告による。
自己申告とは、ライダーの必須条件が理由だ。
ライダーの条件とは、ただひとつ、戦闘獣を所持していること。
もちろんライダー自身が強いことは言わずもがなの大前提で、あえて条件としては明記されていない。なんと言っても悪と戦う、正義に命をかけたライダーなのだ。代々の司令官の特技である「手光」(変な宗教ではなく、本当に手かざしで傷が治る)があるとは言え、腕に自信がなければ命がけのボランティアに立候補はできない。
そして現在のエース的存在が、柢王だった。
偶然、冰玉とともに喫茶『天主塔』のバイト募集に応募してきた柢王をティアがライダーにスカウトし、今に至る。
元服と同時に家を出、「さすらいの柢王」の異名を持つ彼は、あちらこちらで武勇伝をたて、それまでひとつところに1週間いた試しがなかったそうだが(by:風の噂)、なぜかティアと気が合い、アシュレイとも意気投合し、『天主塔』で住み込みのバイトをしながらボランティアに参加している。
アシュレイも、ギリという戦闘獣を所持してはいるが、アシュレイの家にしてみればギリはただのペットではない存在らしい。天地がひっくり返っても、父から許しが出ることはないだろう。…とティアは既に諦めている。
********* act.2 公園 *********
公園に着いた柢王と冰玉は絶賛戦闘中だった。
「柢王パーンチ!」
「柢王チョーーップ!」
「冰玉、羽根針だっ!」
「うきー♪」
「うきー♪」
「うきー♪」
まずは速攻で拉致られた子供を奪い返し逃げるように指示する。そうして心置きなく敵に向かっていったのだが……攻撃を決めるたび、どこからともなくわらわら湧いて出てくる泥人形のような下っ端どもは、倒れるどころか歓喜の叫びを上げまくる。
(いつものことだが、これほどやりがいのない攻撃もねぇな……)
『柢王、凄くやりがいがなくてむなしいだろうけど、ドロンズたちも一応それなりにダメージは受けてるはずだから。どんなに喜ばれても、諦めないでやっつけて!』
ティアの声が心に直接響いてくる。
確かに今までの戦闘経験から、そんなことは柢王だって分かっているのだ。
ドロンズ(泥人間)は一撃ニ撃程度では倒れない。
蹴ったり殴ったり雷攻撃したり(主に柢王)、羽根針で突き刺したり風圧で飛ばしたり足で掴んでグニャリとしたりたまにくちばしで租借してみたり(主に冰玉)。そんなふうに、柢王と冰玉は多勢に無勢であろうとも一人一人に対して腐らず懇切丁寧に戦っている。だがそんな一生懸命な自分達に失礼ではなかろうかと思うほど、敵はなかなか倒れない。倒れないどころか嬉しくてついつい声が出ちゃったみたいに「うきー♪」と鳴く。こちらを戦意喪失させる意図があるのかと最初こそ疑ったものだが、真実彼らはいたぶられるのが好きみたいなのだ。ただ、好きだがダメージはあるようでそれが蓄積されると突然ドロッ…とその形を崩して融ける。なので、やる気を失わず、地道に戦うしかない。
分かってはいるが、なんとなく、全てが気持ちが悪い……。
「柢王雷光パーンチ!」
「柢王スペシャルチョーーップ!」
「冰玉、百文キックだっ!」
「うきー♪」
「うきー♪」
「うきー♪」
ドロッ…
ドロッ…
ドロッ…
「…やっとあと二人か。今日は多かったなー」
泥だらけになりながら、ようやくゴールの見えてきた本日のボランティア活動に柢王もホッとする。
そこへ、
「…マゾっ気のあるドロンズを泥に戻るまでいたぶるとは。ただのボランティアと侮っていたが、ライダー、おまえ相当のドSのようだな」
「誰がドSだっっっ!」
どこからともなく嫌悪を含んだ声がした。
吐き気を抑えて頑張った戦闘を、まるでSM仲間の馴れ合いみたいに言われて、ただでさえ気持ち悪かった戦いが、なんだか底抜けに気持ち悪くなってきて、思わず柢王は口元を手でおさえる。
「…フン。根気強いのは認めるが、精神的に弱いようだな」
そんな柢王に、声は無情に言い放つ。
「…ンだとぉ。てめぇっ、どこの誰だかしらねぇが、俺を誰だと、」
「状況判断も苦手なようだな。吾はおまえ達が『マジョッカー』と呼ぶ敵だ」
「…って、じょ、じょおう…さま?」
「は?」
いつのまにか眼前に迫った声の主が、柢王のボケた問いに怪訝な顔で聞き返す。
色素の抜けた白い髪にひとすじ赤褐色の尾髪。紫微色の肌に露出過多な黒ラメのハイレグコスチューム。黒ラメの長手袋、黒ラメのロングブーツ、加えて右手に鞭という姿は、マニア受け間違いなしな女王様ルックにしか見えない。
「…おまえが……『マジョッカー』…か?」
声の主に、柢王は目を見開いて問うた。
「正確には吾は『マジョッカー』様ではない。おまえ達が呼ぶ『マジョッカー』とは、敬愛すべき我らが総司令であり組織の名称だ。吾はマジョッカー様の手であり足であり、」
「あんたもマゾなのかっ!?」
「………………は?」
「いや、俺は別にSとかMとかには興味はないんだが、な。あんたがいじめられるのが好きってんなら俺は努力を惜しむつもりはねぇぜ。…んー、こっからだと一番近いのは『ホテル・パラダイス』だな。あんた、時間ある? つか、あんた名前は…ぐぇっ…っ!!」
「桂花だ。…ドロンズもやられてしまったし、今日のところは引き下がろう。だが次は、おまえの首をもらう」
紫水晶の瞳が冷たく言い放つ。
「俺もあんたの全てをいただくぜ」
桂花の強烈な左アッパーを食らい真っ赤に晴れ上がった顎をさすりながらの柢王に、桂花はジト目で数秒目をやっただけで二人のドロンズを連れて消え去った。
「…すっげぇ、鞭の似合う美人だったな〜」
「クェーーーーー!!」
「お、なんだ、おまえもそう思うか、冰玉」
桂花の残り香(いい匂いとは言いがたい)を思いっきり吸い込みながらそう呟くと、柢王は同意を表した冰玉が摺り寄せてきた首を思いっきり撫でてやった。
********* act.3 再び、喫茶『天主塔』 *********
そんな柢王の全てをティアは遠見鏡で見ていた。 そして思った。
確かに美人だったけど、ドロンズのマゾっ気は感染するんだろうか、と。
だったら、万一アシュレイの父上が折れても絶対アシュレイを出動させるわけにはいかないな、と。
……でも、
「…いじめて」
って言うアシュレイも見てみたいかも……
と思ったところで、ティアもアシュレイに頭をはたかれた。
「痛いよアシュレイ…。いきなりひどいな」
「おまえ、なんか今すっげースケベそうなツラしてたぞっ」
ああ気持ち悪っっ!!と言いながら寒そうに自分で自分を抱きしめて真剣にティアを気持ち悪がる。
「……悪かったね、スケベそうな顔で」
「にしても柢王の奴、なに考えてんだっ。マジョッカーの女にたぶらかされやがって! あんな奴にライダーを任せちゃおけねーっっ! そう思うだろっ、なっ、ティア! よーし、明日っからこの俺がライダーだっ!!」
アシュレイに言われるまでもなく、柢王がマジョッカーの手先に本気で本気なのかは問いたださなくてはならない。
但し、それでいきなりアシュレイがライダーにはなりえない。
アシュレイ父の問題もあるが、柢王はあれで責任感の強い男だとティアは知っている。
たぶん、なにか考えがあるはず。
(…というか、あってほしい)
『任務完了。今から帰還!』
そんなティアの心を知ってか知らずか、突然遠見鏡から柢王の声が聞こえた。
「柢王…」
「なにが任務完了だっっ、敵の女にいいようにやられやがって!」
(ご苦労様。待ってるよ。…聞きたいこともあるしね)
テンション上昇維持中のアシュレイを横に、ティアは心話で直接柢王に話しかける。
と、遠見鏡を通して敬礼の真似をした柢王がウインクしたのが見えた。
「なにふざけてんだ、アイツはっ!」
柢王の様子にアシュレイは怒鳴り返したが、ティアは少しほっとしていた。
「いつもの柢王じゃないか。…大丈夫だよ、アシュレイ」
そう言って綺麗に微笑むティアに、「パ…バッカじゃねーのっ!」とどもりながらストロベリーブロンドの髪が飛ぶように店から飛び出して行く。
「いまアシュレイがすんげー勢いで飛んでったけど。声かけたんだけどなぁ…。なんかしたのか、おまえ。アイツ真っ赤んなってたぜ〜?」
入れ違いで帰ってきた柢王が、ニヤニヤ笑いながら言った。
「別になにも。ところで柢王、」
「へいへい」
言われる前に柢王が「閉店しました」の札を入り口にかけに行く。
……今日の反省と今後の対策(他)を話し合うために。
こうして喫茶『天主塔』の一日が終わり、ライダーズ天界中央本部として、『天主塔』の真の一日が始まるのだった。
(おわり)
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