投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「はあああああああ」
今日も美貌の守護主天様の溜息が執務室いっぱいに広がっている。
「なんとか、アシュレイを天主塔に呼べないかなあ…。ねえ、桂花。良い方法ないかなあ」
こちらも美貌の秘書殿が、やはり溜息混じりに答える。
「守天殿。現実逃避も程々に…。何度か申し上げましたが、吾は仕事が溜まるのが一番がまんできません」
「だって…」
泣きそうな守護主天様に、秘書殿は再度溜息をつく。
「何かサル…いえ、南の方のプライドを擽る様な催しなどはないのですか?」
「催し?あ!武術催!!今年は部門優勝者同士で更に闘って、総合優勝者には、天主塔晩餐会にご招待とか?普段は公開しない場所にもご案内、私守護主天自らがフルケアします!なんてどうだろう?!あいつは賞品なんか興味ないだろうけど、最強を決めるって言ったら、絶対に飛びついてくる!」
「…サルが総合優勝するとでも?柢王がいるのに。北の王とて、サル如きに負けてはいないでしょう」
恋人である柢王を馬鹿にするなと言わんばかりに、既に南領元帥アシュレイに対する敬語は微塵も無い。
「柢王は結果を重視する男だよ?必要と有らば細かいことには拘らないよ。ね、後は君の腕次第…」
「…柢王に八百長をやれと?」
「うん。後、眠くなる薬とか、力の抜ける薬とかあ…。アシュレイの相手だけに風を使うなんて、君なら簡単だよね?」
毎日溜息ばかりで、なかなか仕事の進まない守護主天様に、そろそろ限界を感じていた桂花は不承不承手伝う気にはなっていた。
守護主天様は、天界の最高権力者だが、それを笠に着るようなことはなく、常に穏やかで皆に慕われている。責任感が強く、判断も早くて的確。真面目だが融通が利かないわけではない。尊敬するに値する上司だ。
だが、ティアランディアは違う。問題なのは、ティアランディアが守護主天様より強いということ。ことサルに関してだけは。
とりあえず、桂花は一旦人間界から返って来た柢王に相談した。
「八百長なんてばれたら、それこそアシュレイは一生ティアを許さないんじゃないか?それが判らなくなるほど、ティアもきちまってるってことか」
柢王も溜息をつく。
「なんとかしてやりたいのは山々だが…」
「見返りはヴィンテージものの聖水10本だそうです」
「解った。アシュレイに絶対ばれないようにすりゃあいいんだろ?」
「柢王?!」
そんなに聖水は魅力的なものなのか?桂花は呆れた様に柢王を見返す。柢王にしてみれば、理由も聞かれずヴィンテージものの聖水が大量に手に入るなんて、願ってもないチャンスな訳で。
何にしろ、守護主天様が仕事に向き合う気力を取り戻してくれれば自分の憂鬱も解消される。後はどうでも良いかと、秘書殿は当日の段取りを考え始めた。
「えええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!! アシュレイが不参加―?!」
開催前日になってのことであるが、秘書殿は淡々と報告だけを述べてゆく。
「はい、何か南の王を怒らせたらしく、当面謹慎とのこと。キャンセルというわけにもいかないだろうと、炎王自らがご参加だそうです」
「…有り得ないだろう、それは….(絶句)」
「なお、柢王も魔族の卵に異常が見られるとのことで、こちらも参加できない、わりい。と、先ほど使い羽が」
守護主天様は哀れなほどに狼狽していた。
「さ、山凍殿に…」
「北の王からも、先王が倒れた為、不参加の連絡が来ております。なお、命に別状はないとのこと」
残る優勝候補といえば、割れ顎トロイゼンを筆頭とする、守護主天様にしてみれば、お願い〜♪へ♫近寄らないで〜♬ と言いたくなるようなムサイ猛者ばかり。
「け、桂花…?」
そーっと、仰ぎ見ると、秘書殿は冷たい目で
「無理です。私は姿隠術も壁抜けもできませんから。今宵は自業自得という言葉の意味を、よく吟味されては?」
と、言うと、守護主天様が浮かれた勢いでほぼ全て終わらせた、大量の書類を満足そうに抱えて出て行ってしまった。呆然と佇む守護主天様を残して。
翌日―
予想通り、各国のゴツイマッチョ達が部門優勝を果たし、残るは今年から設定された総合戦のみ。
どのように闘えばよいのかと詰め寄られ、守護主天様はだらだら冷や汗を流しながら、つい焦って結界を張ってしまった。
※ここでは結界が見えると言う前提で…(汗)
「わ、私の結界を破った方を、総合優勝者に…」
とっさに口をついた言葉だったが、そこにいた全員が「詐欺か?!」という目で守護主天様を睨んだ。無敵の守護結界。天界人に破ることが出来ないのは、誰もが知っていること。
その時、ふらふらと飛んでる影があった。
「アシュレイ?!」
当然、最初に守護主天様が気付き、はっと桂花を見ると、ついと目を逸らされた。
「桂花…」
何か策を講じてくれたのだろう。感謝で、守護主天様の目がうるうると潤む。
「クソ…オヤジっ…!俺…にも…闘わせ…ろ…」
体の中に入れられなかったのか、斬妖槍を手に持ち、霊力の乏しいまま南領から飛んできたのであろう、アシュレイがふらつきながら着地した。
そのままよろよろと守護主天様の方によろめいたアシュレイの持つ斬妖槍が、結界壁にぶつかりそうになったタイミングと、慌てて守護主天様が結界を解いたタイミングはほぼ同時。
「勝者、南領アシュレイ殿!」
桂花の声が高らかに響く。
百万歩譲ったら、アシュレイの斬妖槍が結界壁を破ったように見えなくもなくも無いかもしれないが….。
守護主天様は意識朦朧のアシュレイを抱き抱えながら。心の中で桂花に跪き、最高礼をとっていた。
さて、武術催総合優勝者へのご褒美は実現したのか否か。実現したなら春の風が吹いたのか、血の雨が降ったのか。こちらは余人の知るところではない。但し、総合戦は廃止になったとのことらしい。
また、風の噂では、守護主天様が秘書殿にお礼として、大量の服を贈ったとか贈らなかったとか…。
なお、秘書殿の憂鬱は、本日も赤毛のサルに左右されてるようである。
★「年の差…」…のつもりです…
西領の王太子カルミアは、憤慨していた。
憧れの守天様の、ティアランディア様の恋人が、あの野蛮人だなんて、ありえない!
しかも、あの兄様が、嫌がる野蛮人を無理矢理、あんなこともこんなことも言いながら、組み伏せるなんて、きっと柢王殿の側近の魔族に、性格が変わるような薬を作らせて、野蛮人はそれを使ったに違いない、と。
ティア兄様に相応しいのは、決して乱暴者などではなく、美、知、品が揃った相手じゃないと。そう、自分のような。
兄様の目を覚ます事ができるのは、自分しかいないと言う結論に辿り着いたカルミアは、守天と会える機会を得て、張り切っていた。
今回も野蛮人が一緒だが、何とか撒いて二人きりになれる時間を作り、兄様に彼と別れるよう、説得するのだ。
しばらく、ヤキモキと待っていたが、ついにそのチャンスが訪れる。
「ティア兄様、二人きりでお話をしたいことがあります」
カルミアは守天を物影へ連れ込んだ。
「僕にはどうしても、アシュレイ殿が兄様を幸せにできると思えないのです。とても強い武将と聞いておりますが、彼の振る舞いは余りにも粗暴で、兄様にも暴力をふるってるそうではないですか!」
カルミアの脳裡には、ちゃぶ台(天界にあるのか?)をひっくり返すアシュレイと、よよと泣き崩れるティアの姿が映っていた。
「暴力だなんて」
ティアが艶っぽく微笑む。
「アシュレイの場合、照れ隠しでつい手がでてしまうだけなんだよ。彼の愛情表現なんだ」
カルミアの脳裡は、「こ〜いつう〜♪」と言いながら、指でちょんとティアの頭を突くアシュレイと「テヘ♪」と舌をちょっと見せるティアの姿に変わっていた。そして、海辺(天界にあるのか?)で、ウフフ、アハハと追いかけっこする二人に。
一瞬、ホンワカとしてしまった自分にカツを入れ、カルミアは、守天の説得を続ける。
「僕では駄目なのですか?僕とて、兄様を想う気持ちは負けておりません」
「カルミア、ごめんね。私はアシュレイが好きなんだ。君のことは弟のようにとても可愛いと思うけど」
「それは!僕が幼いから、兄様と十も年が離れてるからですか?!」
「年の差なんて関係ないよ。私はアシュレイの魂を好きになったのだから。彼が一歳でも百歳でも構わない」
と、言いつつ、うーん、一歳児の魂を好きになるってどうかなあ、百歳ってのも。とか冷静に考えてるティアであった。
が、
(魂を好きになる!)
カルミアは、感動で胸が熱くなっていた。
(兄様は、肉体を離れ、精神世界の中で彼の魂と出会ってしまわれたのですね?その出会いは時を越えて永遠になってしまったのですね?)←意味不明
どう考えても思い切り俗世間の現場を目撃したはずのカルミアだか、すっかり守天に洗脳されている。(守天としては、洗脳したつもりは毛頭ない)
同じセリフをアシュレイが言ったら、また、子供みたいなことを。幸せな方ですね、的な皮肉の一つや二つ、五つや六つも返してるところだろうが。
「カルミア、君に恋人が出来たら、この気持ちが解るようになるよ。私のことは、それこそ兄として慕ってくれてるだけなのだから」
と、ティアはにっこりと微笑む。
「ティア兄様…」
カルミアは、目をうるうるさせながら、兄様が本当に幸せなら、と二人の仲を認める気になっていた、その時。
「こんなところにいやがったのか!」
と、アシュレイ登場。
「心配して探してくれたの?」
ティアが嬉しそうに駆け寄り、アシュレイにベタ〜ッと抱きつく。
「バッ、馬鹿!ベタベタするなって言ってんだろ!」
アシュレイは、顔を赤らめながらも、怒った声でティアの頭をはたいた。
それこそ、「テヘ」と言う声が聞こえそうなティアの顔が見えてないカルミアの脳内映像は、ちゃぶ台返しバージョンにすばやく置き換わった。
(やっぱり暴力を!!アシュレイ殿は危険です!僕、必ず兄様をお救いいたしますからね!)
カルミアは、再び打倒(?)アシュレイに燃え始める。
そして、カルミアの想いは冒頭に戻る…。頑張れ、カルミア!
朝から、桂花風紀委員長とアシュレイ生徒会長の冷戦を止めた柢王先生は、ふとアシュレイの手から血がでている事に気がついた。
「アシュレイ、どうしたんだ、そのけがは?」
「な、なんでもない!」
わたわたと手を後ろに隠しながら、アシュレイは、痛っと顔をしかめた。
「保健室に行くか?」
保健室と言う言葉に、クラスメイト達は一斉に目をそらし、聞こえなかったふりをした…
「嫌だ!!」
「気持ちは、わからなくもないが、仕方ないだろう」
治療は確かなのだが、柢王先生だって、あまり近づきたくはない場所なので、強く勧められずにいると、桂花が言った。
「そのままでしたら、ばい菌が入って、手が腐ってしまうかもしれませんよ?それでもよろしいのですか、生徒会長?」
「ふん!余計なお世話だ」
威勢のいい言葉とは裏腹に、アシュレイの目は泳いでいる。手が腐ったらどうしようと不安になったに違いない。柢王先生は、その機会を逃さなかった。
「こいつを保健室に連れてくから、桂花、後は頼む。連絡事項は、特になしだ」
嫌だと言うアシュレイの声と、仕方ありませんねと言う桂花の声が重なった。
柢王先生に、怪我をしていない方の手を掴まれて、アシュレイが連れて行かれるのを、クラスメイトは御愁傷様ですなどと、両手を合わせて見送っていた。
逃げ出そうとするアシュレイを捕まえている、柢王先生の足取りも重い。
「なんで、保健室に行きたくないんだ?」
無事には戻れない保健室と言われているけれど…
「…ティアが行くなって言ったから」
「ティア先生だろ。そっか、あいつが…う〜ん…後で、文句を言われそうだから、あいつの部屋にすっか。どうせ、救急箱おいてあるんだろ?」
「知らない!行きたくない!!」
「どうしたんだ?取りあえず、手当だけしないとな。それとも、保健室に行くか?」
それは、絶対に嫌だと思ったのか、大人しくなったアシュレイを連れて柢王先生は、ティア先生の個室、英語準備室へと行き先を変えた。
英語準備室の、ドアを開けると、ティア先生は怪訝な顔をした。
「柢王先生とアシュレイ君、どうし…」
アシュレイは、ティアが、「アシュレイ君」と呼ぶのを聞いたとたん、胸が重たく、息苦しくなったような気がして、英語準備室から飛び出していた。
アシュレイにとって、ティアと、柢王は、昔からよく遊んでいた近所のお兄さんが、先生になった、ただ、それだけなのに。
教師と生徒と言う関係になった途端に、何かが変わってしまって、ティアに「アシュレイ君」と呼ばれるたびに、遠くなった距離を感じて、泣き出しそうになる自分が腹立たしかった。
前も見ずに廊下を走っていたアシュレイは、誰かにぶつかってしまった。
「さぼりか?今は、朝のホームルームの時間だろうが?誰も歩いていないからと言って、廊下は走るなよ」
アシュレイが見上げなければならない身長で、思いっきりぶつかったにも関わらず、よろけもせず受け止めたのは、社会の城堂先生だった。
一見怖そうだが、教え方が上手く、時には、授業をさぼる生徒の話し相手になったりして、密かな人気がある先生だ。
アシュレイは謝って、さらに走り出そうとしたが、城堂先生に腕を掴まれてできなかった。もがくアシュレイを捕まえたまま、城堂先生は、アシュレイが走って来た方をちらっと見て、なるほどと微かにうなづいた。
「なんだ?泣いているのか?」
「泣いてなんかねぇよ!」
そうか?と、城堂先生言いながら、さりげなく、アシュレイのほほに指を滑らせる。アシュレイに、その指を捕まえられて、たたき落とされ、くくっと、城堂先生が笑うのと、猛ダッシュで、やって来たティア先生が、城堂先生からアシュレイを奪って抱きしめるのが同時だった。
「城堂先生!何をしているのですか?」
「ん?泣いてんじゃねぇかと思ってな…ま、後は、任せるぜ」
威嚇するティア先生の肩を軽く叩いてから、俺は泣かせてねぇからなと、城堂先生は歩き出した。
悠然と歩く城堂先生を見送ってから、呆然としていたアシュレイは、未だ抱きしめているティアを押しのけようとした。
「待って、アシュレイ君」
「君って呼ぶんじゃねぇ!!!」
「…アシュレイ…とにかく、私の部屋に戻ろう」
アシュレイは、立ち止まったまま動こうとはしなかったが、ティアが手を引くとゆっくりとついて来た。
繋いだ手の暖かさは、昔と何もかわらない。だから、アシュレイは、その手を振り払う事ができなかった。
ティアは、一度しかいわねぇからなと、柢王に言われた言葉を、ずっと考えていた。
生徒との関係。生徒との距離感。
「人によって、心地よい距離は違うんだから、無理矢理一緒にする必要があんのか?アシュレイの将来を考えて悩んでんのは知ってるけど、本当にそれは、アシュレイの為なのか?アシュレイの意見は?子供だからって、自分の意志くらいあるだろう」
教師と言う立場と、理想の教師像と、自分とアシュレイの関係と…
考えた結果で、その事でアシュレイが傷ついても、見守る事しかできないとわかっていたけれど…見守るだけしかできないもどかしさを感じていたところに、アシュレイの涙。アシュレイは、泣いてないと全力で否定するだろうけれど、泣き顔を自分以外の者が見て、慰めて?覚悟はしていたけれど、実際にその現場を見てしまうと、覚悟などできるはずもないと気づかされた。
英語準備室に戻り、誰にも邪魔されないように、鍵をかけ、無言のまま、アシュレイの手を取り、怪我の手当てをする。
「ねぇ?どうして逃げたの?」
ティアの問いかけに、消毒がしみたのか涙目のアシュレイは、唇を噛み締めて、ティアをにらみつける。その様子に、少しだけ泣きそうな微笑を浮かべたティアは、アシュレイを腕の中に抱きしめた。
弱くもがくアシュレイを抱きしめながら、耳元で何度も同じ言葉を繰り返す。
「ごめん、アシュレイ…ごめん…」
「なんで、謝るんだよ!他に言う事はないのか」
「ごめん…君が、好きだよ」
「な、な、何、言ってんだよ。俺が、子供だから付き合いきれないと、思ったんだろ?」
「違う。そう思わせたのは、僕だけど、この気持ちを、君にも、誰にも、知られてはいけないと思ったから。でも、僕が、間違ってた。ごめん」
「噓だ!俺が、守られるしかできない子供だから…」
「噓じゃないよ。アシュレイが信じてくれるまで、何度だって言うよ。君が…」
「わ、わかったから、何度も言うな!」
「本当に?」
こくりと頷いた、アシュレイの赤い耳に、ティアは、可愛すぎる…私は、いつまで耐えられるだろうかと思いながら、アシュレイの頭に口づけた。そうして、アシュレイが、真っ赤な顔で、「俺もティアが好きだから!!」と言うまで、「好きだ」と囁き続けるのだった。
「あのね、アシュレイ、私と君の関係は、今は、隠さなければいけない事なんだ。誰にも、恥じる事のない気持ちだけれど、それは、私と君が知っていればいい事だよね?だから、ティアって呼ぶのも、アシュレイって呼ぶのも、二人だけの秘密だよ」
「ああ!俺が、お前を守れるようになるまでな」
「うん。じゃあ、ティア先生って、呼んでみて?」
「今は、いいだろ?」
「今しか呼んでもらえないんだから、ね?お願い!練習だよ」
昨日までとこの態度の違いは何なのだと、アシュレイは戸惑いながら、それでも満面の笑顔は隠しきれなかった。
「しょーがねぇなっ…てぃあ…先生…」
「可愛い!ね?こういう事は?」
恥ずかしげに呼ぶアシュレイの真っ赤な顔に、ティアは顔を近づける。
「卒業してからに、決まってるだろ!」
ティアの顔を押しのけて、アシュレイは叫ぶ。
しょぼーんと、音がしそうな程落ち込んだ様子で、背中を向けたティアに、実は、卒業したら何をしようか、うきうき考えているのだが、焦ったアシュレイは、ティアを元気づけるように、その背中に抱きついた。
この日から、アシュレイのネクタイは、毎朝、完璧に美しく結ばれていて、桂花風紀院長の注意が無くなり、朝の名物が一つ減った事を残念に思う者たちの間で、生徒会長のネクタイは代々の生徒会長の幽霊が結んでいるのではないかと、「学校の怪談」になったとか…つまり、今日も、学園は、平和なのだ。
三界学園の名物の1つは、朝の風紀委員長による、風紀チェックである。
クールビューティーな風紀委員長にチェックされたいが為に、わざと違反して、罰則を淡々と言い渡され、泣いたものは数知れず…
「桂花風紀委員長、おはようございます!」
「おはようございます…空也さん、ネクタイをしていませんね。もう何度目ですか?罰として、学校中のトイレそうじを1週間、一人でなさい」
にこりともせず、冷たい口調で淡々と言い渡されて、空也は、地面にガクリと膝をついた。
薄い微笑付きで、罰を言い渡される事を、夢みているのに、今まで、一度も見られたことがないのだ。
桂花が風紀委員になった、最初の頃は、たくさんいた、そんな生徒達も、今は、空也一人となっている。
とぼとぼと教室に向かう空也の背中を見ながら、桂花は、懲りない人ですねと、ため息を押し殺し、腕時計で時間を確認した。
もうすぐ予鈴の鳴る時間だ。
そこへ、焦った様子もなく、のんびりと登校するものがいた。
担任で、体育の先生だ。授業は鬼だが、ざっくばらんで、生徒の人気も高いのだが…
「柢王先生、おはようございます…なぜ、生徒と同じ時間に登校するのですか?しかもぎりぎりに…ジャージを着て登校するのは、如何なものでしょうか」
先生の風紀チェックまでする必要はないと思うのだが…当の柢王先生は、ふぁぁ〜と、大あくびしている。
「おはよう。それは、前から言ってるが、桂花の風紀チェックを受ける為だろ」
「何度も言ってますが、風紀委員が、風紀チェックするのは、生徒だけです」
「残念すぎる…俺も学生になろっかなー」
こんな先生に、付き合っていられないと、桂花は、ゆるく頭を振って、足早に教室へ向かう。予鈴まで、校門にいる風紀委員は、本鈴までに、教室に向かわなければ遅刻になってしまうのだ。
「おはよう。いつも美人だね」
教室につくと、隣の席の一樹が、机に頬杖をついたまま、ふんわりと笑って言った。
「…おはようございます。シャツを第3ボタンまで開けて着るのは、何度も、風紀違反だと言ってますが?」
「似合ってるから、いいんじゃないかな」
そう言う問題ではないのだが、ふわっと、笑うこの人に罰則を与えても、代わりに罰を受けたい生徒達が列を成してもめるので、桂花は、注意するだけにしていた。
本鈴が鳴るのと同時に、ガラッと乱暴に教室のドアを開け、アシュレイが「間に合った〜」と、教室中に聞こえる声で言った。
桂花は、なぜそのような事をわざわざ宣言するのだろうかと、いつも疑問に思う。だから、注意せざるをえないのだ。
「生徒の見本となる、生徒会長が、ぎりぎりの時間に登校するなど、生徒会長の自覚が足りませんね」
「ちっ…風紀委員長だからって、でかい面しやがって」
「しかも、ネクタイは、きちんと結ぶように、毎日言ってますが、いつになったら風紀を守ってくださるのですか?」
「うるさいっ」
「はいはい、そこまでにしておけよ」
校門で、桂花に会った後、急いで職員室に立ち寄ってから来た、柢王先生が、風紀委員長と生徒会長をとめる。
それが、この学園の毎朝の名物である。
幼い頃から、気がつけば、いつもティアの目は彼のことを追っていた。
幼なじみで親友のアシュレイ。
今日もティアは体術の授業を見学し、思う存分、想い人の姿を眺めている。
級友達と走り回っている姿は誰よりも光輝いていて、その眩しさに彼以外の存在など霞んで見えないくらいだ。
「よだれが出てるぞ、ティア」
横から声をかけられ、ティアは慌てて袖で口元を拭う。
「バーカ、冗談に決まってるだろ。全くなんて目で見つめてるんだ。こっちが恥ずかしくなる」
もう一人の幼なじみ兼親友の柢王。2年前に塾は卒業したものの、今日は塾の手伝いに来てるのだろう。勘の良い彼には、ティアの想いなどとうに見透かされており、こうやって時々からかわれている。
「いい加減、どうにかしろ。もうすぐ卒業だろ?卒業しちまったら、こうやってしょっちゅう会えないんだぞ?」
できるものならとっくにやっている。
だが、ティアは怖いのだ。
-男同士なのに。気持ち悪い-
そんな風に返されるのを。
恋愛に関して幼すぎる彼に今告白したところで、上手く行くわけが無い。今の関係すら壊れてしまうほうがもっと辛い。
ハッパをかけて去って行く、この要領の良い男なら、きっとなんなくこなしてしまうのだろうが、ことアシュレイに関してだけはティアは臆病になってしまう。
最初は憧れだった。
アシュレイが暴れたり壊したり感情のままに行動をおこすのを見ると、自分の代わりに動いてくれてるようで、気持ちが良かった。
正義感が強くて、悪い事をした者には、ストレートに糾弾する。ごまかすことも、逃げることも許されない。自分がぐずぐずかどがたたないよう考えている間に解決しているのも胸がすく。
そのくせ、本当はとっても優しくて、自分が禁忌のかかった身と知ると、不器用に気を使い、いつしかティアにとって特別な存在なった。
なによりも、乱暴者と言われる粗野な言動で気付かれてないが、元々顔立ちは整っている上、仕種と表情が可愛い。媚びなんて高度な事ができる子じゃない。全てが自然体なのにあの可愛いさは魔性のようだとティアは思う。
憧れは恋に変わっていた。
徹夜明けで疲れた日には、いけないと思いつつ、つい起きぬけのアシュレイを、遠見鏡で覗いてしまう。
頭は布団に突っ込んだまま、なんとか起きようと、お尻をモゾモゾさせて猫のポーズをとるのも可愛い。
着乱れて肩が開けてるのも可愛い。
寝ぼけ眼なのも可愛い。
大きなあくびも可愛い。
もう一度ぱたっとベッドに倒れ込んでしまうのも可愛い!
ああもう、「好き」が止まらない…
この大切なたからものがいる天界を守る為と思えば、徹夜とて辛くないと、ティアは遠見鏡にかじりつく。
だが、遠見鏡では彼の温もりも匂いも感じる事がてきない。
塾を卒業してしまったら、昼休みに寝込みを襲うこともできないし、レポートを書く為にアシュレイが天主塔に泊まり込むことも無くなる。彼が軍に配属されてしまったら、一ヶ月以上会えないなんてことも有り得るだろう。
その前に、今の関係を壊さないまま、もう少し二人の関係を進展させておきたかった。一ヶ月ぶりに会ったりしたら、抱きしめるくらいで済む訳がない、と自分でもわかっているから。
気持ち悪いと言われないとしても、俺は女じゃねえとか、一筋縄で行かないことははっきりしている。
でも、親友の自分が「お願い」すれば、優しい彼に絶対の拒絶はないはず。
柢王は自分がアシュレイに告白しやすいよう、暫く距離をとるつもりなのをティアは気付いていた。
アシュレイに他に親密な相手などできないよう、手はうってきた。そうすれば淋しがり屋のアシュレイは、口ではなんと言ってても、柢王がいなければ自分のところに来るしかないのだから。全てを平等に愛する守護主天にあるまじき行為。アシュレイが知ったら軽蔑するだろう。
それでも、このたった一つのたからものを諦めることも、我慢することも自分にはできないと、とりあえず、唇で触れる事だけでも受け入れられるよう、策を練っている。
・元服後、守護主天の仕事は今までと比較にならない程大変になり、霊力の消費が著しくなること
・王族の上質な霊力を少量提供して欲しいこと
・柢王よりアシュレイの霊力の方が上質であること
・守護主天は、口から霊力を吹き込むことが出来ると共に、逆に吸い取る事も出来ること
・守天として、霊力を提供してもらわなければならないのは、余りみっともいい話ではないので、他言しないで欲しいこと
柢王なら腹をよじって笑い転げるであろう、とって付けたような「お願い」でも、アシュレイなら真剣に協力してくれるだろう。これに慣れたら、次の段階に進む策も考えてある。
(嘘じゃないもの。本当に元気になれるし、君が傍に居てくれたらいくらでも強くなれる)
騙してる訳じゃないと、ティアは自分を納得させる。
アシュレイは、責任感が強く、絶対に浮気なんか出来ない子だから、彼が王家の義務として結婚するまでの短い間になるけれど、彼の恋人としていられる時間が存在すれば、その想い出を胸に生きていけるとティアは思っている。
彼の子供もきっと愛することが出来るだろう。彼の伴侶を愛する自信はないが….。(考えただけで、嫉妬で頭がくらくらする)
少しでも、その時間を延ばすためにも、卒業したらすぐに実行に移す予定だ。
卒業式の日。
「アシュレイ、これからはなかなか会えなくなるね」
「俺、今までみたいに天主塔へ行くぞ。いいだろ?」
「大歓迎だよ。でも、元服まではお互い忙しいだろう?元服が終わったら、少し時間をもらえない?…聞いて欲しい「お願い」があるんだ。私にとってとても大事な話で…これは他の人じゃ駄目で、あ、柢王にも言わないで欲しいのだけど(先に内容ばらされたら困るし)」
「柢王にも?それは、守護主天の仕事に絡む事か?」
「え?まあ、直接はないけど(仕事が手につかない)影響は大きいかな」
アシュレイの頬が朱に染まる。
(何の話か気付いてる?!これは正直に話した方がいいのか?)
ティアはドキドキしながら続ける。
「私…」
「皆まで言うな!特命ってヤツだな!」
「そう、恋人に…は?特命?!」
顔を上気させ、目はキラキラ、鼻を膨らませて興奮してるアシュレイの顔が余りにも可愛くて、つい見とれてしまい、ティアは誤解を解く機を逸してしまった。
「任せとけ!俺、絶対おまえの…守護主天の役にたってみせるから!」
「待って、アシュレイ、これは…」
「じゃあ、元服式の後でな!」
焦るティアを置き去りに、光りの速さでアシュレイは帰ってしまう。
「アシュレイ、暫く会えないのに、名残惜しいとか無いの〜?!」
ティアの叫びは当人に届きはしなかった…。
(どうしよう…。あんなに張り切ってるのに、今更、あんなつまらない「お願い」なんて言えない…。内緒のお願いが、内密の指令と思い込むなんて。確かにアシュレイは、元服をとっても楽しみにしてたけど…。特命は守護主天の恋人になること。なんて言ったら、アシュレイ怒るだろうなー。なんか無理矢理特命を作るしかないだろうか)
ティアは必死で特命を考えていたが、元服を迎えた後、それどころの話ではなくなり、二年後に「特命」ではなく「なしくずし」という形で、想いは成就することとなる。
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