投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
注意! この小説は、遊郭を舞台にしたパロディです。
桂花は散茶女郎(中級の遊女)、柢王はそのお客です。
この設定がお気に召さない方は、すみませんがお読みにならないでください。
開け放した窓に切り取られた夜の向こうから、白い薄片が舞い込んできた。
「散り時か」
低い呟きに、思いがけず声が返る。
「咲いた端から散っていきますからね。お武家さまが潔いと尊ぶ所以でしょう」
緋襦袢を肩に引っかけただけの婀娜っぽい姿で、白い髪の散茶が長煙管に手を伸ばしていた。
火鉢にかざして吸い口を唇に含み、火がついたのを確かめてから、すいと情人に差し出す。
受け取った柢王は桂花がしたように煙管をくわえ、煙を吸い込んで満足そうに吐き出した。
「散ったら困るんじゃないのか? おまえたちは、さ」
「お生憎。お客を呼び込む手筈に、なか(吉原)が抜かりのあろうはずがありんせんえ?」
柢王が嫌う花魁言葉で、桂花はむき出しの両腕を柢王の肩に回した。
後ろから頬をすりよせるように体重を預けてくる敵娼(あいかた)の、手練手管では説明しきれない心安い仕草に、柢王は頬で笑う。
桜の名所は数あれど、ことに普段は桜のない遊郭吉原の、盛りの時期だけの花は、大門をくぐる口実を男たちに与えてくれる。遊里と言えば柳、とは大陸の影響だが、不夜城吉原を一層にぎやかす大役は、そのためにこの時期だけ余所から持って来られる桜にとっても、決して不足ではあるまいと柢王は思う。
いや――他の地であれば主役になれようものを、大門の中にあっては引き立て役に甘んじなければならないのだから、桜にとってはやはり役不足だろうか。
「月に叢雲、花に風・・・」
ひらひらと、桜の花びらが風に舞っている。強い風に淡い色の塊が崩され、散っていくのが目に見えるような気がした。
「どうしたんです? 今日はずいぶんと風流ですね」
桂花が耳元で笑う。
「あなたでも、花が散るのは悲しいと思うんですか?」
「俺でも、散らないでほしいと思う花はあるさ」
耳を掠める唇を己のそれで掠めると、それは酒の味がした。
「こら、手酌で飲むなよ」
杯を差し出せば、丁寧な所作でそれが満たされる。徳利を奪って桂花の杯も満たしてやり、ついでのように柢王は、掌に落ちた花弁を滑らせた。
「桜の酒ですか」
いただきます、と桂花は両手に持った杯を一息に空ける。
「お、いい飲みっぷりだな。もう一杯」
紫水晶の眼差しが、再び満たされた杯に、次いで窓の外に向かって動いた。
「あなたの分の桜が飛び込んできてくれませんね」
「いいさ。俺が酔ってくれないのが判ってるんだろ」
柢王は手を伸ばして窓を閉めた。むき出しの肌を打っていた風がやむ。
「俺は花では酔えない」
それ以上の言葉を言う前に、唇がふさがれた。
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