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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.252 (2009/03/20 20:10) title:Addicted
Name:美和 (ntszok158139.szok.nt.ftth4.ppp.infoweb.ne.jp)

穏やかで優しい心地で意識が覚醒し始めた。今までの人生でこんな最高の目覚めはなかったが、最近こんな気持ちで朝を迎えることが多い。
理由は分かっている。世界一美しい宝石よりも美しくて価値のある恋人が隣で眠っている…は、ず?
眠りに落ちる前、確かに腕の中にあったぬくもりが消えている。
 そう気がついたと同時にどこかで小さなノイズが聞こえた。急速にはっきりしていく意識がぼんやりとした断片だった音をすばやくかき集めていくと、それは恋人の声として形を成した。
 寝室のドアが細く開いている。
ベッドを抜け出した恋人が部屋の外で電話をしているようだ。
「うん…、うん…。大丈夫だよ、任せておいて。上手くやるから」
恋人は昨晩着ていたシャツをひっかけただけという、この時間帯としては何とも目の毒な格好でソファに座って携帯で話しをしていた。
カーテンの隙間から差し込む薄金色の光の中で優しい表情を浮かべている姿は、その色っぽい格好にも関わらず清冽で、ふと天使を連想した。
が、正直そんな感慨に浸っている気分ではなかった。

音もなく恋人の背後に立ったのと、彼が電話を切ったのは同時だった。

「柢王、起きていたんですか?」
桂花は肩の上にのっけられた不機嫌丸出しの顔を少し驚いた顔で見た。
「誰だよ」
ブスリとした、端的な質問に
「李々です」
随分あっさりと答えてくれるじゃないか。それが一体どういうことなのか分かっているのか?
今、まさに恋人が恋敵と楽しげに語らっているのを目撃して、心穏やかでいられる男が存在すると思うのか。
しかし悲しいことに桂花が、李々を恋人の恋敵と認識しているかどうかというのはまた別の話であるのだ。
桂花の中で李々と恋人は根本的に同じ土俵の上に乗っていない。
だから恋敵という言葉はそもそも当てはまらないのだ。
別にどっちが上でどっちが下という区別はつけていない。どちらも桂花にとって大事な存在である。ただそのカテゴリーが若干違うだけだ。
と、いうことは理解はしている。桂花が大事にしているものは尊重したい気持ちもある。が、一方で桂花を独り占めしたいと常々思っている身からすれば上か下かの問題ではなく、そもそも恋人である自分以外が存在する場所も隙間も、桂花の中に作ってほしくないというのが偽らざる真情なのだ。
本音で言えば、自分以外の多くの人間に関わる彼の仕事だって不満と言えば不満だが、それこそ言い出せばキリがない。
「何だよ、こんな朝っぱらから」
「そんな早い時間じゃないでしょう?」
確かに時計の針は、世間がすでに活動を始めていることをお節介にも知らせていた。
「何の用だよ?」
「仕事の確認です。結構大きな仕事を頼まれたものですから」
「お前はいつだって完璧な仕事をするじゃないか」
「確認も上司にとって大切でしょう?それに李々はこれから仕事で明日まで忙しいものだから」
よりによって至福の時間をぶち壊すことはないじゃないか。
偶然か?偶然なんだろうな?
際限なく疑心暗鬼に傾いていきそうだ。このままでは明日の仕事にも支障をきたしそうなので、ここはカンフル剤を処方してもらうことにした。
「何ですか、柢王!」
突然抱きあげられた桂花は抗議の声を上げたが、柢王は無視してそのまま寝室へズンズンと入って行った。
「こんな朝っぱらから、は、あなたの方でしょう!?って、ちょっと!」
ベッドの上へ軽く放り投げられ、スプリングで1度跳ね上がったところで桂花は素早く起きようとしたが、のしかかられてそれは叶わなかった。
「これから朝ご飯を作るんですけど!」
「お前を喰うからいい」
首筋に埋められた頭を叩いて言ったが、くぐもった声はあっさり却下した。
「このままじゃ、明日の仕事に支障が出る」
「だから今日はゆっくり休むんでしょ!?」
「無茶言うな」
「どっちがですか!?」

噛み合わない口喧嘩は、桂花には訳が分からないまま、結局柢王によって流される羽目になった。

 テレビ局に入ると、まだ時間があったので桂花は1階にある喫茶コーナーに入った。テーブルで手帳を捲っていると、背後からの若い女性の声がふと耳に入った。
「そー、で、待ちがめちゃ長くなっちゃったから、スタジオの外に出たの…」
さり気なく体を傾けて背後を伺うと、最近バラエティ番組のアシスタントやCMでちょっとテレビに出始めているタレントがアイスティをストローでかき混ぜながら携帯電話で話していた。どこかにひっかけたら、大変なんじゃないかと思うくらい装飾過剰な爪だった。
「そしたらさー、誰に会ったと思う?…柢王よ!何と!柢王にバッタリ会っちゃったのー!」
注文したコーヒーが運ばれてきた。桂花は再び視線を手帳に落としてカップに口をつけた。
「私、超テンション上がっちゃってー。思わず追いかけて握手してもらっちゃった。超素人っぽいけどさー、…でしょ?気持ち分かるでしょー?」
手帳には来年の予定まで埋まっている。その中には数日留守にしなければならないものもいくつかある。柢王はそのことを知るたびに拗ねる。ゴネる。メイクする相手が男性だと知るとそいつを降ろせと騒ぐ。自分だって仕事で1ヵ月以上留守にすることだってざらにあるくせに。
「そのままちょっと話したんだけど、何かいい感じに盛り上がっちゃってー。でね、彼の部屋から見える高層マンションのペントハウスの照明がすごく凝ってて綺麗なんだって。その家の人、夜遅くにしか帰ってこないらしくて、照明が点くのも11時以降なんだけど。毎晩微妙に違ってて楽しいんだって。フフっ、可愛いよねー。そしたらさ、柢王の方で時間切れになっちゃってー、それ以上話が聞けなかったの。でもね、そのマンション、私の部屋からも見えるんだよ。そんな部屋、全然気が付かなかったけど。ちょっと運命っぽくない!?しかもさ、メアド交換できちゃったの!すごくない!?…どうやってって…何かノリで?みたいな。だからさ、今晩その部屋の電気が点いたらメールしようと思って。私も見てますって。離れたところから同じものを見るってちょっとドラマみたいじゃない!?」
あのドラマ以降、今のところ柢王と仕事する予定は入っていない。柢王はそのことについてよく不満を漏らしている。それについては桂花としても残念だ。一緒に仕事ができたら1回くらい髪の毛むしってやるのに。
「ちょっと地方にロケ行ってたから見れなかったんだけど、今日、やっと時間空いたから。今からの収録は夕方には終わるし、今日は速攻帰る!絶対見るから。そう、夜の11時以降!」
 時間がきたので桂花は喫茶コーナーを出て、エレベーターへ向かった。今日の仕事は夕方過ぎには終わる予定だ。いつもより早く帰ることができる。
エレベーターのドアが開いて乗り込むと、女性が一緒に乗ってきた。先ほど後ろの席にいたタレントだった。ドアが閉まるとタレントは「あの」と声をかけてきた。
「あ、あの、桂花さんですよね!?ヘアメイクさんの」
「えぇ」
短く肯定すると
「きゃー、いつか一緒にお仕事したいなと思っていたんです。握手して下さい!」
頬を紅潮させて手を差し出してきた彼女に「芸能人ではないのだが」と苦笑しながらも手を握り返した。タレントは桂花が握った手を嬉しそうに握り締めて桂花を見上げた。
「桂花さんって、本当に綺麗ですよねー。男の人に対して変かもしれないんですけど、私もそんな風に綺麗になりたいって思っているんです。何か美容の秘訣ってあるんですか?」
「そうですね、まぁ、基本的なことができていることが一番大切ですね」
「基本的なこと?」
「そう、早寝早起きと食生活に気をつけること。特に早く寝ることは大切ですね。ベストは夜の10時には寝ていることです」
「10時…ですか」
「吾も多くの美しい女優さん達とお仕事をさせてもらいましたが、やはりそういうことに気をつけていらっしゃる方はさらに美しくしたいと腕が鳴ります」
「そうなんですか…」
「あなたも充分にその素養があるのですから、磨かれないともったいないと思いますよ」
「そんな…、そんなことありません」
タレントは真っ赤な顔をして呟いた。
エレベーターはチンと軽やかな音をたてて、降りる階に来たことを告げた。
桂花は彼女にそっと顔を近づけて耳元で囁いた。
「今度是非、一緒にお仕事をしましょう。それまでにお肌のコンディションを整えておいて下さいね」
そしてダメ押しのウィンク。
タレントは失神寸前の表情だ。
 本当に気絶したかもしれない。後ろも見ずにエレベーターを降りてしまったので分からないが。あれではこの後の仕事に支障が出るかもしれないなと、桂花は少し同情する振りをしてみた。
しかし、芸能人は肌が大事だ。さっき言ったことだって嘘じゃないし。これで夜更かしを控えて努力をすればきっと良いタレントになるだろう。

良いことをしたものだ。

桂花は軽やかな足取りで仕事場へ向かった。

「桂花、あの部屋の照明、点いたぜ!」
柢王がベランダから顔を出して桂花を呼んだ。ベランダへ出る前に、ソファの上に放り出してあった柢王の携帯にチラリと視線を投げたが、携帯は沈黙している。ベランダの柢王は「おー、今夜はゴージャス路線だなぁ」と歓声を上げている。
少し遅れてベランダへ出てきた桂花の手の中を見て柢王は目を丸くした。
「珍しいじゃん、お前から酒を持ち出してくるなんて」
「えぇ。たまにはいいかなと思って。少しくらい遅くなっても平気でしょう?」


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