投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
この手に、見えない糸が絡みついている。
強くなった風が肌を突くように吹きぬけている。
まだ雪は降らない。だが、遠く澄み渡った空の鋭さは、それが間近だと語っていた。
雲の流れが早い。その流れのままにどこかへ行ければいい。
冬目前のモンゴルの草原で、空を眺めてそう呟く。
幸せだった頃には考えられなかったことだ。
こうしてまた人間界で空を見上げることなど。
肌を刺す風に身を晒して、終るべきだった命を痛切に感じるなど。
すぐにも思い出せる、まだ遠くないあの日々が、自分の意思で選べた最後の日々だった。
あの頃、あの場所にいたのは、愛していたからだ。愛されていると信じたからあの場所にいた。それがそこにいる全ての理由だった。
「あなたの『絶対』になる」、そう約束した。
そのために、できる限りのことをした。強くなろうとした。そのために、どんな傷でも耐えられると思った。それらは確かに真実だった。
でも、もしあの時、本当に強かったなら。
言えたはずだ。もう十分だと。
愛している。
それは弱さではないと、本当にわかっていたなら、どんな口惜しさも切なさも忘れて、ただ愛していたというわけで、全てを終らせることができただろうに。
終らない空の命を、こんな狂おしい執着で続けることなど、選ばなかっただろうに。
この身体も、命も、自分のものではもうない。存在すること、それすら自分のものではない。終りにできない。あの昏い地下以外、どこにも戻るところはない。
存在すべきでない自分と、存在させるべきではなかった恋人の抜け殻。そして、その恋人の魂と肉体のほとんどを現した生きている命。
両腕に重い鎖を引きずるように、揺れる想いに引き裂かれる。
見上げる空は、もう飛ぶことのできない聖域。吹きつける風は、命を持たないこの体を冷やすだけのもの。それがこの身のいまのあり方、いまの姿。
それでもたったひとつの真実だけ、いまも変わらない。
ただひとりとの出会いから、自分の存在理由はそのためだけにある。
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