投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
「本気なら疲れない、疲れてもさわやかだそうですよ」
鷲尾の家のソファーに座った絹一が、有名な書家の言葉を引用するのに、エプロン姿で立つ鷲尾はちょっと眉をあげた。
「それで?」
「…」
説得に失敗したと絹一は顔に書いて、他の言い訳を考えているようだ。
「だからと言って、食事をしなくても大丈夫だなんて、言ってないよな?」
夏の間、何度か繰り返された攻防。残業続きで夏バテをして食欲のない絹一と、ちゃんとした食事をさせようとする鷲尾。
今日もギルバート命令で早く帰らされた絹一に、夕食は何が食べたいかと聞いたのだが。
「…サラダそうめん」
「却下」
「な、なんでですか?」
「昨日と同じだからだ。食欲がないんだな?何か、胃に優しい物を作ってやる」
キッチンへ向かう鷲尾の耳に「鷲尾さんが食べたい物を聞いたのにね」と、小さな声が聞こえた。
振り返ると、絹一が隣に寝ていたミルクのやわらかい体に、頬を寄せながら、愚痴を聞かせている。ミルクのふわふわした尻尾が絹一の頭を撫でて、まるで慰めているようで、鷲尾の表情が思わずやわらいだ。
苦笑して、食欲がなくても食べられるメニューを考える。
ふと、「娘が夏バテで食べないの」と、言っていた人を思い出した。「けれど、水炊きだけは食べるのよ。つわりがひどい時に、水炊きなら私も食べられたからかしら」と。親子の不思議だと思ったものである。
レベッカは何を食べていたのだろうか?と考えたところで、想像できないなと、鷲尾は苦笑の色を濃くして、頭を振った。
料理は盛り付けをするだけとなったが、絹一が静かだと鷲尾は思った。先程まで、猫達を寝室に連れて行ったり、食器を出したり、料理をする鷲尾に話しかけたりしていたのに。
もしやと思いながらリビングに行くと、絹一はソファーの上ですやすやと寝息を立てていた。
疲れているのだろう、鷲尾が近づいても目を覚まさなかった。横を向いて眠る絹一の顔にかかった髪をよけ、また細くなったなと顎を優しくなぞる。その鷲尾の手に、絹一は夢うつつに顔をすりよせてきた。
この大きな猫を起こして食事をさせようか、ベッドまで運ぼうか。
際限なく、甘やかしたくなる自分に鷲尾は声を立てずに笑った。
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