投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
いつの記憶かは忘れた。
いつしか追悔することも、なくなった。
あれだけ愛した人だったはずなのに、今ではその姿すら追憶の彼方に忘れてきてしまったようだ。
一度命を失い、その時心のかけらをも失ってしまったのかもしれない。
愛しく思う者たちはいるが、無我夢中で求めるような・・・想い人の幸せのために己を殺して見守る側に徹するような・・・・そんな情熱は既に――――――。
「ふ・・・・・この島国の四季には心乱される」
人界にはいくつかの気に入った場所があり、ここもその一つだった。
降っていた雨は長くは続かず既にやんでいる。
紅葉した葉がひらりと枝を離れ、落ちていく前にアウスレーゼは手中にそれを収めた。
曳曳とした黒髪をそのままに美丈夫は朱塗りの欄干から、受け止めた葉を透きとおった水へ落とし、その舟を見送る。
体を寄せた橋は新しい。
川が増すたび流されていたここの橋は、これで四度目のもの。ついに人柱を立てたと耳にして人間の無知に眉をひそめた。
――――――知らぬということは恐ろしいものだ。
怖さを知らぬが故、無茶をして命をおとす。
ものを知らぬが故、無意味な「贄」を差し出す。
庶民が深く学ぶ場所がない時代。神や仏にすがるのは道理と言えば道理なのかも知れないが・・・・・。
「守天殿の苦労も絶えぬはずだ・・・」
苦笑したアウスレーゼの顔が次の瞬間はじかれたように天を仰いだ。
「―――――――今度は何があった、アシュレイ」
先ほどまでの憂い顔が失せ、楽しそうな笑みが浮んだと同時にその姿は橋の上から瞬時に消え去った。
そこに、今の今まで男が立っていたことすら夢だったかのように。
残されたのは時雨に濡れそぼった石畳と、紅葉の掌ばかり――――――。
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